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三 タイムマシーン

「どうすればいいの?」
 当時、まだ十歳だった僕は隣に正座する母の耳元でそう尋ねた。小声で言ったつもりだったが、その声は部屋の中を必要以上に一周した。前列に座る父が後を振り返った。いつもは賑やかな応接間も、今は読経と木魚の音だけしかない。しんと静まり返っている。壁には白と黒の幕。テレビは別の部屋に退かされ、代わりに祭壇が作られた。そしてその真ん中には僕のよく知っている人の合成写真。母の母。縁取られた黒いリボン。僕は場違いな自分の声に、少し恥ずかしくなった。
「拝むのよ」
 母は少し間をおいてから、柔らかな口調でそう言った。母はもう泣いていなかった。
「何を?」
 僕は今度は気を付けて言った。
「おばあちゃんが安らかに眠れるように」
 僕は頷き、紫の房のついた数珠を握りなおした。既に足の先は痺れ始めていた。
 母はまた僕の方を向き、諭すように小さな声で言った。
「おばあちゃんとの楽しかった思い出を思い出すのよ。いっぱい、あるでしょう?」
 僕はこくりと頷いた。
 母は続ける。
「出来るだけ、いっぱい思い出しなさい。おばあちゃんはそれを見ているから。みんながいっぱい思い出せば、おばあちゃんは安心して眠れるの」
「いつ、起きるの?」
 母は首を振った。
「天国に行くから、もう起きないの。こことは違う世界に行くのよ。だから、思い出してあげなさい」
 僕は頷いた。背筋を伸ばし、座り直し、皆がしているように軽く手を合わせ、母の言う通りにした。

 僕が最初に死というものに遭遇したのは祖母の死だった。僕は十歳で、九九だけでは太刀打ちできない算数の領域に掛かる頃だった。幸か、不幸か、それまでの僕の周辺には死の欠けらさえなく、平凡な生活リズムを、十歳の僕なりのやり方で繰り返していた。
 天国、それは何処? どんなところ? 何故、そこに行かなくちゃならないの?僕もそこに行くの? いつ、いつになったら行くの? 
 誰も説明してくれない。
 死という不確定な観念の出現は、僕にちっぽけな混乱を起こさせた。算数には明快な解があるだけ救いがあった。答えから解法を導くことが出来る。死にはそれがなかった。公理や便利な公式はなく、解にむかう筋道さえあやふやだった。
 混乱は時が曖昧に解決してくれた。大人が知らないことは子供が知らなくていい。その頃の僕はまだ大人は完璧であるという神話を信じていたのだ。大きな誤解だった。それも二、三年後には崩れたわけだが、今だに死や死人に対する印象は十歳のファーストコンタクトの影響を色濃く残している。パブロフの犬のように目先に死をぶら下げられると、母の言葉と泣き声が浮かぶのだ。

 思い出しなさい。

 観測史上、稀にみる暑い夏で、それは夜の電話のベルで始まった。取ったのは母だった。母は空ろな蒸し暑い熱帯夜にむかい、幾つかの神妙な短い言葉をもらしていたが、しばらくすると受話器を持ったまま突然、泣きだした。
 その一瞬、母を取り囲み、守っていた外殻は粉々になり、消え去った。羞恥心、体裁、世間体、エトセトラ。体内時計の針は遡り、中枢は簡略、母は情感神経のみの生物と化した。それはただの泣くという泣き方ではなかった。人類最古の雄叫びに近かった。
 僕と父は和やかな夕食後のひとときから、一気にツンドラに飛ばされた。音もなく姿も見えないブリザード。テレビのうすっぺらい笑い声だけが空虚なツンドラ地帯を支えていた。母がそんなふうに泣くのを見るのは初めてだった。少し恐かった。
 僕が未だに深夜の電話を本能的なレベルで嫌ってしまうのは、これが原因だろう。それはひとり暮しを初めてからも変わらない。部屋の電気を消し眠りかけた頃、電話のベルが鳴ると体が硬直し受話器を取るのを一瞬ためらってしまう。例え、母が傍にいなくとも、あの日の母の号泣が耳元で鮮やかに再現され、自己防衛反応がひとりでに働くのだ。

 翌朝、僕はひとりで学校にいく準備をした。父と母は朝早く、僕が起きるずっと前に家を出ていた。朝食はテーブルの上に載せてあった。片面だけバターの塗られた冷えた食パン。底に果物の粒が沈澱したミックスジュース。誰も開いていない新品の朝刊。赤いリボンで結ばれた家の鍵。
 通夜は大人達だけのものらしく、僕達、子供は家でおとなしく待たされた。
 夕方、母は一度帰ってきた。目の下が赤く腫れ、脱力感に満ち満ちていた。母は僕の分だけの夕食を作り、食べ終わるのを見届けると、洗い物を無機的に済ませ、すぐに戻っていった。その間、母は一言も喋らなかった。僕も何も聞かなかった。
 それから僕は宿題をし、テレビを見た。時間が恐ろしく長く感じられた。帰ってくるのを待つつもりだったのに、睡魔が先に訪れた。一日何もしなかったから、疲れたのだ。いつのまにか、僕はソファで眠っていた。眠りに落ちる前に、夕食に何を食べたのか思い出そうとしたが、全く思い出せなかった。さっき見た夢が思い出せない朝の目覚めのように。それは随分、昔のような気がした。
 父と母は夜遅く帰ってきた。そして僕を部屋に連れていってくれた。その時は夢だと思っていたが、朝、目覚めて自分の蒲団の中なのに気付き、夢でなかったことに安心した。
 本葬は祖母の家で行なわれた。やはりとても暑い日だった。

 僕は祖母のことを<タイムマシーン>と呼んでいた。面と向かって、そう呼んでいたのではない。普通におばあちゃんと呼んでいた。<タイムマシーン>は僕の心の中で交わされる会話において、祖母を指す疑似代名詞であった。
 H・G・ウエルズに影響を受けた亜流のSF作家のジュブナイルを読んだのが原因だった。僕は卑しくてちっぽけで、様々なものに行動の規範の素を授かっている。僕のソフトウエアは殆どが無駄で構成されているようなものだ。 
 祖母の家は比較的近く、電車で一時間程の場所にあった。だから僕は夏休みや春休みだけでなく、月に一度の日曜日は祖母の家に出かけた。祖母の家は古き良き木造建築で、僕には持て余す広さだった。祖母はそこにひとりで住んでいた。
 泊まる時は、いつも一階の仏間で祖母と一緒に寝た。二組の蒲団は、枕を仏壇に向け並べられた。祖母は、まるでそれが大切な決まりであるかのようにそうした。想像上の生物のような天井の木目と母方のご先祖様の視線を感じながら、僕はいつも床に付かなければならなかった。
 祖母は眠る前に話をしてくれた。それは絵本や物語ではなく、祖母自身の昔話だった。
 蒲団が引き上げられ、肩はすっぽり隠れる。よく膨らんだ重い蒲団。僕の体にのしかかる。祖母はまじないのように二、三度僕の胸辺りを軽くぽんと叩く。立ち上がり蛍光灯の線を二回引っ張る。豆電球だけにされた部屋。祖母の力なく漏れる咳払い。 
 いつも、そうやって物語は始まった。
 蒲団を首までかけられた僕の額に祖母は嗄れた冷たい手をのせ、何度も同じ話を繰り返した。僕は何度も同じ話を聞かされた。
 南の島で戦死した息子のこと(僕の叔父)。戦争中の大変だったこと。僕が生まれる前に死んだ祖父のこと。 祖母の口調は優しく、僕の神経によくホイップされた生クリームをのせるように喋りかけた。ひとつ、ひとつの言葉は丁寧に選ばれ、文章と文章の間には僕の想像を掻き立てるだけの充分な時間が保たれた。
 祖母のタイムマシーンに僕も乗る。
 祖母が運転手。僕は助手席。
 めくるめく時間の逆行。
 時間旅行は僕が眠るまで続けられた。だから、物語の終わりはいつもフェイドアウトで締め括られた。
 朝、僕はいつも、祖母が仏壇に朝のお供えをする物音で、目が覚めた。残響の長い鐘の響きが僕を起こすのだ。祖母はまるでずっと起きていたかのように働いていた。仏壇に手を合わせる祖母の背中は猫のように丸かった。僕はそんな祖母の背中と線香の匂いの中で、朝だ、と思うのだ。

 祖母は七十五歳で亡くなった。
 その日、僕は初めて祖母の寝顔を見た。


※こちらは下に貼った中編の第3章にあたる部分です。全文、読めます。


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