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 買い物。そう、始まりは買い物に出かけたこと。近くに探し物がなかったので、隣の一番大きなスニペセに続く地下道を歩いていたんだ。人が多く行き交う大通りなので、ふだんつかうことなんてない場所だから新鮮な感じだったんだけど。あちらこちらから聞こえてくる通り過ぎていく人達の会話が耳にやたらと入ってきて気になった。

「さっきのニュース、見たか?」
「電波ジャック?」
「何、それ?」
「古い言葉だって」
「文字が流れてたんだよ」
「よく意味が分からないんだけど」
「みたいだな」
「集まるとか書いてたよ」
「どこ?」
「知らない」
「中央の広場だろ?」
「そんなこと書いてたっけ?」
「いや、噂で聞いた」
「だれに聞いた?」
「さっき、隣に立ってるやつが言ってた」
「なんて?」
「集まれって出てたけど広場に、だよなって」
「行く?」
「行ってみる?」
「おもしろそうかな?」
「さあ……」
「ほら、あれ」
「もう、向かってるよ」

 ホントだ。バラバラに動いてるように思えた人混みも中央スニペセに近づくと、全員が広場に向かって流れてた。気がつくと、自分もその中のひとりになっていた。
 広場には大勢の人が集まっていた。数百人、数千人?
 元は地下に通る乗り物の駅だったらしい広場。来るのは初めてだった。急な何かが起きたときに非難する場所。という知識だけ。急な何かなんて、これまであったこともない。思ったより天が高い。半透明のドームの向こうに太陽が見える。人々の声がごちゃごちゃに混ざって反射してた。みんな、やけに小声だったけれど。

「なにがはじまるんだ?」
「ショー?」
「マジック?」
「音楽?」
「ステージあるけど小さいぜ」
「だから、なに?」
「ただの階段だろ、あれ?」
「何人か、準備してるな」
「あれ、上まで続いてるのか?」
「見えないのか?」
「ぜんぶで……」
「十七段」
「中途半端だな」
「たしかに」
「もちろん上までは届かないよな」
「当たり前だろ」
「階段だけしかないもんな」
「だから、なにがはじまるの?」
「階段をのぼる競争?」
「階段から落ちる競争?」
「すぐ壊れそうな階段だな」
「何でできてるの?」
「なにがはじまる?」
「なにかはじまる?」
「なんで、集まってるの?」
「知らない」

 広場の奥に幅広い階段があって、ひとりの女がのぼっていった。左手に紙を一枚持ってる。どうやら、なにかがあるみたいだ。

「集まってくれて、ありがとう」
 階段の途中、ちょうど真ん中あたりで、女はそう言った。まばらな拍手。前の方だけかな?
 女の声は、どういう仕組みになってるのか分からないが、広場全体に大きく響いた。
「ありがとう」
 女は応えるようにそう言うと、両手で紙を持ち直した。そして、ゆっくりとした口調で、はっきりとした口調で切り出した。
「これは世界に散らばるスニペセで同時に行われてる。ほぼ全てのスニペセに集まっているのだ。同じ意志をもった者が集まっているのだ」
 周囲が少しざわついた。何を言ってるのか、よく分からないのだろ。同じく分からない。

「革命だ」
 女はそう叫んだ。

「それでは宣言を読む。今から読む文章もまた、あらゆる言語に置き換えられて、ほぼ全てのスニペセで同時進行で読まれている。だから……」
 女は続けた。
「……聞いて欲しい」
 そう言って、頭を下げた。
「革命とは現状を打破する手段だ。現状を変えるために革命を起こす。革命とは現状を変えようと思う意志のことだ。強く、揺るぎない、意志のことだ。閉塞を感じたことはないか?」
 女が何を言ってるのか全く理解できない。何か喋ってる。
「……」
 周囲もそんな感じだった。
「自分が言いようのない壁に囲まれていて苦しいと思ったことはないか?」
 長い話みたいな匂いがする。
「この都市が歪んでいることに気付かないか?」
 周囲もそんな気配を感じてる。
「自分が、自分自身が置かれている位置に疑問を持ったことはないか?」
 飽きてきた。話は続いてる。全く耳には入らない。
「……、……」
 まだまだ続きそうだ。周囲も飽きてきたって顔。
「……、……、……」
 もう完全に飽きた。
「少しでも、この現実に違和感を覚えたものは動いてもらいたい。決して……結果は恐れていない。結果はその後の、そう、未来の始まりだ。まずは現状を壊す」
 そう言った瞬間、女の頭が消えた。数秒遅れて、耳が壊れるような鈍い音。女の、首から上がなかった。階段に血と肉片が飛び散ってるようだった。それでも、女は立っていた。壊れたのは女だった。
 悲鳴すら聞こえなかった。そこにいる人々、全員があまりに突然のことで、脳が言葉を伝え忘れてるようだった。ただ立っていた人、座って靴ひもを結んでいた人、隣とお喋りをしていた人、広場から立ち去ろうと歩いていた人、すべてが固まっていた。
 女の身体が階段から転がり落ちるのと同時に、別の、次はひとりの男が女のいた場所に上がっていった。
「驚かないで欲しい」
 まるで女の生まれ変わりのように似た口調だった。
「これはあらかじめ決められたシナリオだ。これもまた、同時に行われている。革命への第一宣言なのだ」
 男の足がふらついた。たぶん、階段が女の血でぬれているのだろう。
「第一宣言。それは我らが肉体と精神の生物であるということだ。ただ、現状は精神が優位になっている。肉体であること、肉体の固まりにすぎないことを実践してみた。どのような言葉で言っても、おそらく固定された精神に宿るリミッターは外れない。だから、実際に目の前で見せ、全員が持っている閉ざされてる何かを……壊す」
 そう言って、頭の上に小さな箱をのせた。
 また、爆発音。男は根性がないのか、ばらばらの肉片になって散らばった。
 真っ赤な階段。
 今度は数名の男女がのぼっていく。
「もう、何も言わない。ただ、壊して。壊して。壊して。革命だ」
 一際、大きな音が何発か。続いて、集まった人々のなかからも同じ音が、また何発か。爆発物を投げ込んだか、それとも、人々のなかに爆発物をもった人が混ざっていたか。それのどちらか。全てが一瞬の出来事で何が本当なのか、起きた順番さえ分からない。
 さすがに広場全体がうごめく。
 まるでひとつの生き物みたい。
 足元に金属の棒が転がっていた。あらかじめ用意されたもの?
 導かれるように、周囲の人々がそれを手に取るのが見えた。
 頭が痛い。足の力が抜け、ひざまずく。おそらく誰かに殴られたようだ。頭蓋骨がガンガンする。視界に星が飛んでる。床に落ちていた金属の棒を取り上げ、思いっきり振り回した。鈍い感触。立ち上がると、今度は、明らかに、人を狙って棒を打ち付けた。見知らぬ人だらけだ。
 同じように殴られていたが、不思議と痛くなかった。痛くない。もう痛みはない。怒号が響く広場の音。きっと、そいつのせいだ。耳鳴りよりも、そちらのほうが気持ちいい。うん、気持ちいい。けものになったようだ。むかし、図鑑で見たことのある。肉食の。もっと、やろうぜ。耳で誰かがそう叫んだ。たぶん、誰かの声じゃない。内側にある何かの声だ。細胞の声。こんなに愉しいとは知らなかったよ、革命。

 あれ?
 何の買い物だったっけ?
 探し物って?


BGM: Throbbing Gristle - What A Day

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文章と音楽。灰色の脳細胞です。京都生まれの京都育ち。自己紹介&ポートフォリオ(ライター) https://note.mu/yosh_kyoto_ash/n/n04bcedab00cf はこちら。連絡先 yoshikawa.ash@gmail.com
コメント (1)
人類の進歩のための革命が生物の本能につかさどられているとは達観ですね!そしてそれに向かう心理描写が秀逸です♪
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