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子どもたち - 20th Endless Boys -

1999年、7の月、ぼくは世界が滅亡すると信じていた。誰に命令されたわけでもない。ゆっくりと信じていた。小学生のころから指折り数えていたのを覚えている。あと、何年と何ヶ月か、なんて。

ぼくに、悲壮感はなかった。ワクワクしていた。世界の終わりが見られる世代なんて限られている。選ばれた世代だと思っていた。誰に?なのかは分からない。ぼくは1999年を迎えた日から散文を書き始めた。どのような終わりを迎えるのかは謎だけど、後世に残るものを置いておこうと思っていた。ひとつずつは、とても短い文章だ。

1999年1月1日
これは日記ではなく、ぼくの物語である。

1月14日
物語の内容は決まった。フィクションでもノンフィクションでもない、ぼくの物語。

1月25日
スケジュールを逆算した。2月からスタートして5月には終わる。6月は、いろいろと準備をしたい。どんな準備が必要なのかは分からないけれど。

2月1日
睡眠導入剤を規定より多く口に含んで、そのまま飲み込んだ。うまくいけば眠りがやってくる。眠りと現実の境界が好きだ。ほんのわずかだけれど、ほんの一瞬だけど、不可思議な風景が見られる。

2月10日
今夜は眠りと現実の境界の景色を覚えていた。火星のような砂漠だった。息は吸える。動くものは何もない。無風。ぼくの視線は地面を這うように動いていた。

2月21日
もう一度、同じ場所に行きたいと頑張っている。あまり、無理をすると、眠れなくなるので加減が難しい。まだ、10日に書いた風景には辿りつけない。

3月7日
コツを覚えた。薬を飲む前がポイントだった。先に、その風景に行く道を想像すればいい。想像?創造?違うな。妄想かもしれない。

3月10日
完璧だ。方法は、ロケットに乗る。ロケットは初期の型。これで宇宙には行けないよ、と誰もが思うような旧式のロケットらしいロケット。たぶん、幼いころに読んだSF小説の挿絵に出てくるやつだ。

3月13日
ロケットに乗り込むと、ヘルメットをかぶる。管制塔との通信とか、細かい部分は省かれていた。乗組員も、ぼく、ひとりだ。イスに座ると、そのまま高速を超えた速さで星へと飛んでいく。

3月19日
すぐに星へと着地する。そこで薬を飲めば、かなりの確率で未知なる星の大地を進むことができるようになった。でも、なぜか、視点が地面に近くなってしまうのは変わらない。たぶん、立てないからだ。重力のせいかもしれない。それだけはどうしても変えることができないもどかしさがあった。

4月20日
訓練は順調だ。ぼくは決心していた。世界の終わりが来る直前に、その星へと逃げればいいと。確率を上げることに熱中した。子どものころ、遊びに集中しすぎて時間を忘れてしまう、そんな記憶が蘇った。

5月1日
不安になる。当たり前の感情だと気づいた。ここは現実だ。たぶん、そうに違いない。ただ、眠りとの境界に見える風景は非現実である、ということを。遊びって、むじゃきな数秒間は自分の脳ではない脳に動かされているような気がする。

5月9日
不安が増した。一度、こびりついた感情は離れてくれない。時間が迫っている。ぼくは、その風景を現実だと強く思うことにした。願いが本物ならば、必ず、叶うはずだ。そして、あの風景の大地で、ぼくは立ち上がる。そう決めた。

5月16日
だいじょうぶ。星へ行く確率は8割を超えた。けれど、視線を上げることは叶わない。別のコツが必要なんだろう。完璧でなくてもいい。とりあえずの目標は達成できそうだ。ぼくは世界が終わる前に脱出する。

5月27日
やれることは全てやった。世界の終わりを迎えるために、準備しておくリスト化しようと思った。でも、何もない。あらためて、持っていくものなんてないことを知る。持ち物は、ぼくだけで充分だった。

6月15日
ぼくは、待っている。

7月1日
ドキドキしていた。

7月5日
少し、心の限界がきた。緊張感は続かない。さすがに眠くなってきた。

7月9日
一度、眠ることにした。諦めたわけではない。

7月13日
3日に1回は睡眠を、と決めた。その間に、世界が滅びるならば仕方がない。運が悪かった。そう、ぼくは思うようにした。

7月30日
何も起こらない。もしかしたら、睡眠中に世界が終わっていて、この現実がすでに非現実かもしれないとも疑った。有り得ない話ではない。よくあるパターンのB級SF映画みたいだ。

8月1日
ぼくは待つだけの人。

9月1日
何もしていない。

10月1日
何も食べていないことに気づく。

11月1日
何も。

11月2日
動け。

ここで、ぼくは、物語のぼくを救いに行った。ぎりぎりの線だった。本当は1999年が終わるまで待っていたほうが良かったのかもしれない。それが、物語のぼくにとっては幸せだったように感じる。物語のぼくは、すでに自分の世界を失っていた。現実も非現実もない。空虚だ。

1999年、地球は滅亡しなかった。

けれど、物語のぼくの世界は滅亡した。物語のぼくは境界に挟まれたままだ。どちらにも行けない。生もなければ、死もない、もしかしたら、それが願望の行く末だったのかもしれない。屍にもならず、そっと、ひっそりと、放置しておいてあげるのが適切な処置なんだろう。

ぼくは、ノストラダムスの子どもたちは、21世紀を迎えた。世界は生き残っている。みたいだ。みんながそう言っている。最低に冷め切った空気は寡黙だ。この惑星の停滞冷却した地表付近は凍っている。人間のエゴが沈殿した永久凍土だ。ぼくの膝から下は半分ほどが絶対零度の沼みたいな地面に埋まっていた。

ぼくは立ち上がろうとして、少しだけ暖かな空気を肺に入れようとする。


BGM: Sonic Youth - Silver Rocket

※縦書きはこちらで読めます




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文章と音楽。灰色の脳細胞です。京都生まれの京都育ち。自己紹介&ポートフォリオ(ライター) https://note.mu/yosh_kyoto_ash/n/n04bcedab00cf はこちら。連絡先 yoshikawa.ash@gmail.com

コメント1件

1999年に、一人で滅亡を迎えるのがさみしいから結婚した私には、身につまされる素晴らしいお話でした♪
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