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能力は生まれた瞬間には決まらないが生まれてすぐに決まる~遺伝vs環境の裏話~

よさまつです。YouTubeチャンネル

では大衆が喜ぶ情報を発信することも多いですが、今日は人に言えば非難され飲み会でいえば空気を悪くする「言ってはいけない」残酷な真実をお届けしましょう。

先日東大生の仲間たちと飲み会にいってきましたが、彼らは会話のテンポがやっぱり全然違います。そして彼らのほとんどは...小中学生の時にはすでに頭が良い。計算ドリルを解かせれば必ずクラスで上位にランクインしてくるわけです。

橘玲氏の名著「言ってはいけない 残酷すぎる真実」では行動遺伝学が示す残酷すぎる真実が記されています。例えば知能の8割が遺伝で決まるといったような言説です。きわめて興味深いお話だと思いますので皆様もご一読されるとよいと思います。

行動遺伝学という双子を使った研究をメインに統計的な解析を行う学問によっていかに遺伝子が人間の能力に作用しているのかが明らかになってきました。その結末は能力の大部分は遺伝的な影響によって説明されるというものです。

行動遺伝学者やそれを引用するライターの多くが「努力でなんとかなる」を否定しています。

しかし心配はいりません。あなたの能力は埋まった瞬間に大部分が決まっているなんていうのは疑似科学のお話です。

僕にいわせれば行動遺伝学とそこから派生する努力無意味論は視聴者数を稼ぎたいメディアと科学者がグルになって作った疑似科学です。

人間の能力はあなたが生まれた瞬間に決まったりしません。

代わりに人間の能力は人生はあなたが生まれてすぐに大部分が決まります。

脳内の基盤回路は幼少期に完成し生涯にわたって利用される

人間を神の創造物であり人類の最初の先祖が木の実を食べたことによって股間を隠すことを覚えたと考えている20億の人たちを除いて、人間の頭が単なる論理回路でしかないことに疑いの余地はないと思います。

論理回路は最も基本的なand, or, not回路から構成されます。たったそれだけの基本回路の組み合わせからx-or回路などの回路が生まれまたそれらを組み合わせて電卓のような計算機...それらを組み合わせた果ては画像処理のような複雑な計算が可能になるわけです。

想像もつかないでしょうがあなたが見ているこのディスプレイは複雑な計算回路を組み合わせた出力結果なのです。

組み合わせの複雑さでいうなら

and, or, not < x-or < 電卓 < 画像処理

という具合に複雑さが増していきます。大事なことは複雑な回路はより単純な回路を組み合わせて作られるということで当然単純な回路の性能は複雑な回路の性能に直結します

当たり前の話なのですが人間の脳も時間とともに少しずつボトムアップに作られていきます。基本的な構造から構築されそれらを基盤に複雑な回路が形成されます。つまり子供の脳構造の発達は生涯の脳の学習機能の基盤となってしまうのです。

(ってハーバード大学が言ってるのです!)

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能力は資本主義だ

動画でも話したことがありますが能力は資本主義のように劇的に格差を生み出す性質を持っています。

グラグラの基盤の上に高度な建造物を建築することができないように人間の能力も基盤が肝要です。

良い基盤をもっていればあとから新しいことを学ぶのもうまい。

言い換えれば能力の高い人ほどさらに能力を伸ばすことができるというわけです。

僕が何を言いたいかわかりますか。

人生は序盤が死ぬほど大事ってことです

体感としてわかっていたはずです。自分より高校数学ができた友達は大学にいっても自分より早く大学数学を飲み込むはずです。

能力が高い人ほど新しい能力を取り込むのも早いなんてディズニーランドで手を振っているマスコットの中身が実は普通の顔した大学生っていう事実くらいわかりきっていたことです。

同じ努力をしているだけでは能力の差はうまるどころか開いていくのです。

なぜ生物は非力な状態で生まれてくるのか

どれだけ反例を示そうとも行動遺伝学を引用するメディアの影響か人生の大部分が遺伝子で決定されてしまうという論調は絶えません。

特に同じだけ努力をしていても能力の差が開いていくのを目の当たりにするとその責任を遺伝子に明け渡す癖が人間にはあるようです。

でも遺伝でほとんどの性質が決まってしまうだなんてナンセンスです。

無神論者のよさまつは神が人間を設計しただなんて思いませんが人間は生まれた瞬間に能力が決まってしまうほど愚鈍な作りにはできていません。もっと美しく設計されています。

進化論的に説明するなら、そんな愚かな作りをしているのであれば現代まで生き残れてはいないでしょう。

”全能なる存在があらゆる生物を統治する存在として人間を創った”論的に説明するなら、僕でももっとましな生き物の設計を思いつくのに偉大なる存在がそんなお粗末な設計をしたりしないでしょう。

だっておかしいじゃないですか。

生物が環境に応じて変化する必要がないなら、生まれた瞬間から生き物を非常に弱い赤ん坊の状態で生み出したりはしません(危険に応じて高速で移動する運動能力と知性が備わっていたら天然のいくらの価格は10倍はしたでしょうね!)。最初から完成された知能をもった大人という状態で生み出します。

それでも何も知らない無知で非力な状態で生まれてくるのは生まれた環境に応じて脳や身体の構造を変化させる必要があるからでしょう?

だから純白無知でなんでも吸収できる性質を持った赤ん坊としてこの世に生まれてくるのでしょう?

生まれた瞬間に人間の能力が決定してしまうなんてバカげています。

妥当な推論はこうです。

生命は生まれた瞬間に性能が決定していてはとても生きていけない。

数万年という年月を経てゆっくりと進化することしかできない遺伝子の進化スピードでは環境の変化に対応しきれないから。

だから生命は最初ほとんどの能力が未定な幼体という存在として生まれ身の回りの環境で生きていくのに最も適応した方向に能力を変化させていくのです。

生まれた瞬間に能力が決まってしまう生命と能力が逐次環境に適応していく生命...どちらが優れた設計かなんてわかりきっています。

進化論にしても神が生命を作ったという説明にしても遺伝子が単独で性能のほとんどを決定しまうなどというアイデアはバカげているのです。

必要なスキルセットが数十年単位でひっくり返る現代において遺伝的性質が大部分を決定するなんて欠陥品もいいところ。

代わりに用意された残酷ながらも様々な分野で着々と固められてきている推論とは、環境に急速に適応しようとする幼少期に能力が大幅に決定されてしまうという考え方なのです。

生まれた瞬間に大幅に自分の性能を変化させ人生の後半にはほとんど変化しないというのは人工知能研究でも成果を挙げており、人間の脳でも確認されている真実です。生涯変化し続ける可塑性を持った人間の脳でさえもその変化のスピードの急降下は顕著です。

故に人生は出だしの環境が非常に大事なのです。

スキル振りを自由に修正できないRPGの感覚に似ていますね。

僕はこれをAI研究の慣例に倣って学習率の低下と呼んでいます。

結局努力に価値はないのか

「オーケー。なんにして生後数年なんてとっくにすぎた俺たちに努力の意味なんてないんですね?本当にありがとうございました。」

そう思うかもしれない。結局東大生は小さい頃から頭が良いわけだし。

...それでも僕の答えはNoです。

もちろん生まれて間もない時期ほどの努力の価値は年を取ってしまった現在にはないことは認めざるをえない。統計をみても脳科学をみてもAI研究をみても覆すことは不可能でしょう。

しかし新しいものを取り込む力”学習率”は生涯を通じて降下していくばかりではありません。よくできたAIは身の回りの環境に応じて学習率を向上させることがあるのです。そのシンプルな改善によってAIが性能を向上させているのです。

前にも書いたようにAI研究で通用する能力は人間の脳にはだいたい装備されています。

実際人間の脳細胞やシナプスの生成は人間の生活環境によって増えることが報告されています。日常的に運動したりセックスしたりすると脳細胞が増えるというのは代表的な例ですね。

年齢を重ねても後天的な努力によって自分の学習率を変化させることは可能なのです。

それでも百歩譲って学習性能があがっていくことは金輪際ないとしましょう。

ならばこそあなたの努力には何にも代えがたい価値があります。

今より学習性能が大幅に高い時期というのは今後の人生には見込めないからです。

生まれた瞬間の学習に比べて今の学習の価値がゴミだいうなら、未来の学習の価値はゴミ以下です。

あなたが金輪際何も学ばないというのでない限り学習にはあとから取り返すことのできない価値があるのです。

まとめ

人生は残酷にできています。生まれた瞬間にゲームが決まっていないとはいえ、生まれてすぐにかなりの性能が決まってしまうことでしょう。

それでもあなたの明日の頑張りはとても尊いのです!

ということで今日は3000字も読んでいただいてありがとうございました。スキ!ボタンを押すとおみくじがひけるのでおしてみてね。バイバイ!

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大吉( *´艸`)
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