『夏 の前に』
『夏 の前に』
今年の桜は短かった。
去年も一昨年も、その前も、誰かがそう言ってた。
そういう時に大抵、雨 が悪者扱いされる。
桜は人間のために咲いてるんじゃないのに、沢山の人々に残念がられる。可哀想だと言われる。
桜が散ったら、世の中は夏モード。
この世界の春は終わったことになる。
まだ、苺の可愛い花も、ギャルみたいに鮮やかなツツジも、他にもたくさん、花はこれから満開の時期を迎えるというのに、
人間は花から興味を一気に失う。
いや、1ヶ月経った頃には商業的な色々に乗せられてカーネーションの赤色に街が数日染まり、
また、もう1ヶ月経った頃、雨の中紫陽花が咲いて、そういえばそんな花があったなぁなんて、世の中は思い出す。
その2ヶ月間、大抵の人間は、年度という区切りで新しくなった環境や人間関係やらに振り回されて、そもそも、道端を見る余裕がない。
しかし、以前咲いていた、今ではもうすっかり緑色の桜並木領域を警備している、毎朝会うクマンバチを見ると、人間の決めた社会の決め事のあれこれも、蜂の一年の生活サイクル同様、この地球の自然の一部分に過ぎないと、ふと、そう強く感じた。
今年も、夏がじりじりとこちらへ近づいている。
夏の前に、まだやりたい事がたくさんある。入道雲が出来るより前。街の人達がすっかり半袖になる前に。梅雨が来る前にも。
なんかやり残した事がある気がする。
そう考えるのは、
いつも何かやり残しているから。
それが浮き彫りになって感じられるのは、桜の美しさに見惚れていた、あの春の陽気から正気に戻った、その反動。
ああ、やりたい事が、、やりたい事は、、、やりたい事とは、、、
と考えが止まらなくなる頃に梅雨に入り、低気圧に苛まれ、考えることをやめ、そうこうしているうちに、本格的な夏の暑さで物事を迅速に考えられなくなり、秋になれば開放感から考えることを放棄し、冬になれば寒さに耐え忍ぶことで精一杯になり、そして、また春が来て、行事や環境の変化に慌ただしく動いたのち、…
再び、春と夏の狭間に入って、少し落ち着いた状況でやはり考え始めるが、
それは去年も同じように考えようとして、そのままにしていた事であった、、、
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というような何とも残念なサイクルに、
私は陥っている。