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渋いマスターの珈琲屋での学び

朝昼ガオー!夜くまです🌙

ぼんやり悩みながら散歩していたら、素敵なコーヒー屋さんを見つけました。

おじいちゃん、格好いい。

こんな大人になりたいと憧れます。

🐻「自分迷子」になってしまった


つい最近までの私はすっかり「自分迷子」になっていた。

自分が何をしたいのか分からない。

漠然と間違えている気がする。

何をするにも、いちいち迷って、誰かに「正解」を教えて貰えないと前に進めない。

自分1人じゃ何も決められない。

自分の選択に自信が持てない

そんな日々。

🐻🐻🐻

ぽっかりと空いた毎日に、

はて?

私の人生、もしや、退屈なのでは??

と思い始めたら、

居てもたってもいられなくなった。

24歳の春。

何者でもない自分に気づいて、

ざわざわとした不安に襲われた。

ベッドで唸って、天井をにらんで週末が終わってしまう。

こいつはやばい、という直感。

🐻🐻🐻

そういや最近、電車の中を見回すと、自分より若い子が増えてきたなと感じる。

飲食店に入って、接客スタッフが若い子だなと思った時、

それはニアリーイコールで自分より年下の場合が多かった。

おかしいな。

私は気持ちはちゃんとしたオトナになり切れていないのに、

どうやら世間的には、もうとっくにコドモではなくなっていたらしい

この年になって、今さら気づいているアンポンタンである。

🐻「オトナ」の定義

私の中の「オトナ」の定義のひとつに、「自分の機嫌を自分でとれる」というのがある。

まぁ、それを言ってしまうと、

携帯ショップで店員さんに怒鳴り散らしてるオッちゃんとかはどうなんだ?

となるけど、とにかく私の中で、

「精神的に自立している」のが素敵なオトナなんじゃないかと思っている。

1人で凛として、豊かに暮らしている人というか。

🐻🐻🐻

じゃあ、お前はどうなんだよ、と言うと、

これがまあ、本当にお子さまなのである。

とにかく、すぐに落ち込んでしまう

傷ついてしまう。

なんともヤワな仕上がりになっている。

他人の感情や意見にブンブン振り回されるし、

外側からの評価や見え方にいつもビクビクと気を配っている。

🐻🐻🐻

最近、「繊細」という表現が巷で出回っている。

当てはまる人に向けた書籍も山ほど出ている。

ちぐはぐな印象を受けるのは、

生きづらいと感じるこの痛みが、

「よくある流行りのひとつ」へ、

いとも簡単に整理整頓されてしまうことに違和感を感じるからだろう。

🐻🐻🐻

私は就活の自己分析ツールや何かを受けると

強みに「内省」とやらがよく指摘されるのだけど、

なんとかこの弱肉強食な社会に適応しようと、

不格好な自己と向き合って、

深く深く、アイデンティティーの海の底を潜り続けた結果が、

「あるあるだよね」で片づけられてしまったら、

なんだか拍子抜けなのだ。

🐻特別でも異端でもない自分


自分が特別でも異端でもない、平々凡々な存在だとうっすら気づき始めて、

おや?自分はどんな人間だったっけか。

これからどうやって生きていきたいんだっけか??

とハテナが沢山、浮かんでしまった。

🐻🐻🐻

そんな風に、曖昧で抽象的なざっくりとした悩みを抱えて悶々としていた時、

希望の光というか、今の自分に対するヒントのようなものをいくつか得た。

それは言葉にすると、味気ない、さして特別な話ではないのだけど、

それでも私にとっては曇り空に差した一筋の晴れ間だったから、書いてみたい。

🐻楽しければ、それでヨシ


それは「自分が楽しければ、それでいいじゃない」ということ。

つまり、夢見がちな素人趣味で結構、

下手の横好きでええやろがい、てな話である。

これは通りすがりの見知らぬインターネット民に言われた言葉だ。

マネタイズだの

セルフブランディングだの

SNS運用だの、

何だのかんだの、

その尺度を自分の根幹に関わる創作趣味に持ち込んだら、

すっかり意気消沈してしまった。

「役立たず=即、無益」というか。

いいねの数がそのまま、

自分の作品や自分の存在そのものの点数のような気がして、滅入っていた


🐻🐻🐻

SNSワールドにおけるコンテンツは、賞味期限がとても短い。

投稿直後がピークで、いいねの波は1日で静まる。

それはひどく刹那的で、儚くて、脆いものに思える。

何だかとても急かされているように感じてしまうのは私だけではないんじゃないか。

🐻「すぐに役に立つことは…」


名言オタクの私が好きな言葉のひとつに、

「すぐ役にたつことは、すぐに役に立たなくなります」
というのがある。

いいね稼ぎに傾きすぎると、手軽で効率よく、継続してウケるコンテンツを!みたいな発想になってくる。

すると、ふとした時に、

「あれ?これツマラナイな?面白くないな?」

と気づいてしまう。

自分が自分の1番のファンだと胸を張れなくなったら、

創作意欲なんて、遥か遠くに飛んで行ってしまう。

誰に言わずとも、自分大好き、自惚れナルシストくらいが丁度いい

そんなこんなで、

最近は何でもかんでも創作作品に繋げると逃げ場がなくなったり、

スタートの敷居が高くなってしまうから、

それとは別に「自分が純粋に楽しむだけの趣味」を始めた。

🐻🐻🐻

名前も知らないインターネット民の教えを受けて、

新たに始めたのは「ピアノとダンス」である。

その民曰く、

趣味というのは無理して作るものではなく、自然にやっているもの

レベルが低かろうが、しょーもなかろうが、

散歩でも、お風呂でも、昼寝でも、それは立派な趣味だ」

と言ってくれた。

🐻🐻🐻

ピアノは知人のお下がりを貸してもらえた。

小学生の頃、習っていた分、楽譜は少しだけ読める。

10年のブランクは大きいが、そこで諦めずに、

メロディーを奏でる主旋律ではなく、

和音でずしーんずしーんと弾くだけの簡単なコード進行のサイトを見つけて、弾いてみた。

難しいクラシックではなく、懐メロや流行りのJpop。

音が出る喜び。

鼻歌も合わせて、とても楽しい。

発表会に参加する予定はない

それで良いのだ。

🐻🐻🐻

曲を弾いて、鼻歌を口ずさんでいると、

身体がムズムズしてくる。

私はダンスが好きで、

バレエやらヒップホップやら、

あとは演劇やらと

色んな身体表現をつまみ食いしては来たけど、

運動音痴でどれもこれも芽が伸びなかった。

でも、社会人になって、

体重も増えて、

でっぷりと肥満体を持て余している今、

もはやジャンルは何でもいい。

体を動かして、汗ばむ機会が出来るだけでウキウキする。

サブスクでお気に入りの曲を部屋で流して、

気の向くまま、

てんで自由に手足を動かす、

腰を揺らす。

耳に入ってきた歌詞を表現したり、

アイドルっぽくポーズを決めたり、

セクシーに揺れて見たり。

ビデオに撮って、YouTubeに載せるなんてことはせず、

ただただ自己満足、ノリノリである。

🐻自分が楽しくなきゃ、嘘だ

そんなこんなで、このnoteも始めてみた。

イラスト描くの好きだけど、

上手くないし、

長続きするか分からないし、、、

とか、

Twitterに投稿した時、

URLから別サイトに飛ぶのは、

いいねが減るんじゃないかな、

とか考えて、

今までずっと二の足を踏んでいた。

でも、絵を描いている時、

楽しそうな顔をするね」と言われる。

動画や音声SNSのご時世だろうが、

私は文章を書くのが好きだ。

だから、描いて、書いて、

自分のために始めてみた。

応援してくれる人は、どんな形でも見守ってくれるはずだから。

🐻コーヒー屋のマスターに学ぶ

今日は春らしい良い天気だったから、

隣町の公園まで散歩してみた。

すると、良さげなコーヒー屋さんを見つけたから、ぶらりと立ち寄ってみた。

そこには、

なんとも渋くて格好良い、おじいちゃんマスターがいた。

チェックの蝶ネクタイがお似合いだ。

説明を聞きながら、浅煎りのコーヒーをテイクアウトした。

「そこの公園で飲もうと思って」と伝えると、

それは良いオープンテラスですね
とほほ笑んでくれた。

🐻🐻🐻

待ち時間の間に店内を見回すと、カウンターに写真が飾ってあった。

それは私の好きなアイドルとマスターのツーショット。

「コーヒーの達人」として、バラエティー番組にゲスト出演したそうだ。

公園で飲んだコーヒーはすっきりと爽やかで、

普段なら苦手な私でも美味しく飲めた。

素敵だなと思った。

あのおじいちゃんみたいな生き方をしてみたいと思った。

だって、格好良いじゃないか。

けっして派手ではないけど、自分の仕事や生き方を楽しんでいる。

充実している。淡々と、その道○年。

堅実な実力派。

きっと熱心なファンがいるんだろう。

あのお店を、

コーヒーを、

マスターの人柄を、

愛して応援している人たちがいるに違いない。

「自分迷子」の末に見つけた道しるべ。

私はこんなオトナになりたい。

せっかくならさ、楽しく生きたいよね。

幸せに、穏やかに。

世界の見え方は、きっと自分次第で角度が変えられる。

ささやかな、新しい景色を見つめたい。

以上、夜くまでした。ガオガオ!


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