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アルバムレビュー - Joshua Sabin『Sutarti』

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スコットランドのエディンバラを拠点とするサウンドアーティストJoshua Sabinの作品。リトアニア音楽アカデミーが所蔵する民族音楽のアーカイブを研究し、その音楽形式の一つであるスタルティネスの影響や、民族楽器(Skudučiaiやフィドル)を含む録音、そしてリトアニアの森林でのフィールドレコーディングを取り入れて制作されています。

彼は研究の中でスタルティネスの “複数の声が意図的に衝突して、非常に正確な不協和音と聴覚的な 「鼓動」 現象を作り出す” 部分に共鳴を感じたそうで、本作では音程のベンディングなども巧みに用いることで音がこすれ合うような和音を生み出す場面が多く表れます。また 「鼓動」 に関しても、打楽器的なサウンドでそれを強く印象付けるような場面だけでなく、持続的な音が表れる/消える際の強弱のニュアンスや、そのゆったりとした抜き差しからも(自分の言葉にするなら)呼吸感のような感触でそれが伝わります。そのような要素が結実してか、全体的に冷たさや不穏さを感じさせる音使いが多くインダストリーと表現していいような歪んだサウンドも表れる作品でありながら、そこからは音響的なスタティックさや工業的な世界観は感じられず、抽象化された様々な音響が薄暗い森の重たい空気や動物の鳴き声や呼吸音の反響みたいなイメージをまとって響いてきます。

電子的な音の生成、操作によって形作られている音楽ですが、音の強弱のニュアンスにアコースティック楽器や声からの影響を如実に感じさせる豊かさが感じられるという点は近年のジム・オルークの電子音楽作品に通じるものがあると思いますし、また階段状の音程の積み重ねだけでなくそのグリッドを横切ったりフローティングするような音(例えばベンドする音)の存在によって、冷たい音使いの中にもある種のオーガニックさや “生き物” 感を忍ばせる手つきはJóhann Jóhannssonが担当した『Arrival (邦題: メッセージ)』のサウンドトラックにも近しいものを感じました。私はこれらの例に挙げた作品どれもが自分が近年強く惹かれた作品であるので、当然ながら本作もめちゃくちゃ気に入りました。アンビエント・ミュージックと分類されてもおかしくはない作風ですが、音量の上下や音色の変容から大きい存在(それこそ大地とか)が深く呼吸をしているような雄大さが感じられて、そのダイナミックさにこそ魅力の芯がある作品だと感じます。映画館みたいな環境でデカい音で聴いてみたい。

また、このアルバム自体は電子音楽としての様相が濃い作品だと思いますが、民族音楽/フォークミュージックを抽象化した現代の音楽という意味ではECMレーベルの出す音楽と非常に近い雰囲気もあるように感じます。なのでそういった聴取傾向の方にも是非届いてほしい一作です。


スタルティネスの参考音源


ジム・オルークの電子音の強弱ニュアンスの豊かさが味わえる作品


ヨハン・ヨハンソンによる『Arrival』のサントラ




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