アルバムレビュー - Emeralds『Allegory of Allergies』
主にシンセサイザーを用いるJohn ElliottとSteve Hauschildt、そしてギタリストのMark McGuireによって2006年にオハイオ州クリーブランドを拠点に結成されたエレクトロニックミュージック・ユニットEmeraldsはゼロ年代後半~2010年代初頭にかけてアンビエントやインディペンデントなエレクトニック・ミュージックの領域では目立った存在でした。
特にインディペンデントなエレクトロニック・ミュージックという枠組みにおいてはこの時期リリースメディアとしてカセットテープに再度注目する動きが出てきており、Emeraldsはその文脈でOneohtrix Point Nerverなどと並べてよく紹介されていました。(OPNと並べてではないですが、『裏アンビエント・ミュージック 1960-2010』において『Emeralds』『Solar Bridges』『What Happened』『Does It Look I'm Here?』の4作とMark McGuire『Tidings/Amethyst Waves』が紹介されていたのも印象的でした)
2007年リリースの本作もオリジナルはカセットリリースで、Discogsで調べた限りではこれが彼らにとって初の単独でのカセットリリースであったようです(ちなみにOneohtrix Point Nerverの初アルバム『Betrayed In The Octagon』も同じく2007年にカセットでリリースされています)。規模の小さなレーベル、もしくは個人といったインディペンデントなスタンスで(アンビエントに限らず)エレクトニック・ミュージックをリリースする際にカセットというメディアは2020年現在はアーティストにとっては必要性があればそれを選択するといった程度のもので、奇抜さや新規性を纏わないベーシックな選択肢の一つとして落ち着いた感がありますが、このリリース形態と、そしてそこにアンビエント的な音楽を収める場合の音楽的方向性についてEmeralds『Allegory of Allergies』やOneohtrix Point Nerver『Betrayed In The Octagon』は非常に重要な雛形であったように思います。
『Allegory of Allergies』の音楽性はハード機材(シンセサイザーとギター、そしてエフェクター類)によって演奏されるドローンを基調としたアンビエントといった感じで、本作のリリース時点で考えても決して技術的先鋭性があったようには思えないのですが、ハード機材をメインとしている点とそれによって形作られる音楽があまり細かな編集がなされた形跡がなく不可逆な演奏行為の様子をそのまま収めたような大味な構成を持っている点において、ラップトップ上で編集ベースで作られる電子音響~アンビエントの流れへのカウンター的な側面はあったのかなと思います(本人たちが意識していたかは不明ですが)。そしてこのような音楽的特徴は以降のインディー/カセットシーンから出てくるアンビエントアクトに多く見られる傾向となっています。またここで述べたような音楽性はOneohtrix Point Nerver『Betrayed In The Octagon』にもそのまま当てはまるといっていいものですが、一方でラップトップでの編集を用いてアンビエント的な音楽を制作する音楽家として私がすぐに思い浮かぶうちの一人がTim Heckerで、この二者が後年共演作をリリースするのも興味深いです。
Emeraldsの存在がより広く認知されるのは2009年のアルバム『Emeralds』でジャーマンロック化を推し進め、その音楽性をより強固なかたちで収めた2010年作『Does It Look Like I'm Here?』がEditions Megoからリリースされた段階だったと記憶しますが(私もこのタイミングで知りました)、それ以前のエレクトロニック・ドローン然とした作風も非常に素晴らしく、結成から1年ほどの今作において(良くも悪くも)既にスタイルが完成されている印象です(故に後に音楽性の変化があったのかもしれません)。前述したような大味な構成や、おそらく事後的な編集をあまり行っていないためか“曲”というよりも“演奏の記録”という段階に留まっているように思えるある種の音楽的な粗さも、今作ではむしろプラスに働いているように思います(この“粗さ”はカセットメディアに収録される必然性としても機能しています)。特に曲中で音の厚みに大きな変化が起こらず扁平な持続感が印象に残る③、④、⑤や、ある程度の厚みを持ってフェードインし徐々に膨張した後ぶつ切りになる⑥などは始まりと終わりといった認識を単純には機能させてくれない(収められている音源の前と後もあったように感じられる)という特徴が、アンビエント的な聴き心地を増長(ぶつ切りのポイントにおいては逆説的にその効き目を認識させるように機能)しているように感じられます。
本作は2007年にオリジナルのカセットがリリース、2009年にLPで再発されているものの、長年入手が難しく私も聴きたくなった時はYouTubeで……といった感じだったのですが、最近(おそらく今月初めあたり?)bandcampでデジタルアルバムがリリースされ、サブスクでも配信が開始されました。ゼロ年代後半からのカセットリリースの再興を捉えるだけでなく、単純にシンセ・アンビエントとして聴いても素晴らしい完成度の一作なので、この機会に是非聴いてみてください。
ここからは余談ですが、Emeraldsのドローン~ジャーマンロックへといった音楽性の変化のジャーマンロックの部分をアルペジエーターの多様という風に解釈すると近年のCaterina Barbieriの音楽性の変遷に重ねることができるように思います。また両者はその変化を強く印象付けることとなった作品(Emeraldsは『Does It Look Like I'm Here?』、Caterina Barbieriは『Ecstatic Computation』)をEditions Megoからリリースしたという点でも通じます。期せずしてこの2作は2010年代の初めと終わりの年にリリースされており、この期間のエレクトロニック・ミュージックの変遷に思いを馳せながら両者の作品を聴き比べるのも面白いかもしれません。
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