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アルバムレビュー - Francisco Meirino『A New Instability』

1994年からハーシュ・ノイズ・プロジェクトPhroqとして活動を開始、2009年からは本名名義でコンクレート寄りの作品を多く発表し、2010年代を通していわゆるエクスペリメンタルを好むリスナーの中で人気作家となったスイスを拠点とするアーティストFrancisco Meirino(日本ではArt into Lifeが早くから彼の作品を漏れなく取り扱っていて、特に2015年辺りからは人気が高まり入荷すると短い期間で売り切れということがよくあったと記憶しています)。

本作『A New Instability』は彼が2021に発表した新作で、INA-GRMからの委嘱作品(オリジナルは32チャンネル用)をステレオ化し収録しています。剣道の稽古の場面を写したアートワークが目を引きますが、ジャケットだけでなく作品自体にもそこ(ローザンヌの武術道場)で録音された音が大胆に用いられています。

本名名義で作品を発表し出してからの彼の作風の軸はロウなエレクトロニクスと環境音やその概形を残した加工音響を縦横に編み上げ、歪なパンニングを施したいわゆるミュージック・コンクレートに近いものですが、本作の委嘱元であるINA-GRMに代表されるような現代音楽~テープ/電子音楽の流れ(強い言葉になってしまいますがミュージック・コンクレートの正統といってもいいでしょう)に属する作家たちとは異なる感触があるのもたしかです。

それは最終的に完成された作品の中に、編集の時点で形作られた価値と、その前の(素材の録音作業としての)演奏の時点で生じた価値とが斑に編み合わせれている感触といえばいいのか、聴いていると編集の存在が意識から遠のいている時間があるところだと私は感じています。前述のINA-GRMの流れにあるような作家だと(決して網羅的に聴けてはいませんが)やはり編集の存在が終始強く印象付けられるものが多いので、ここは特徴の一つと言ってもいいのではないかと。この辺りについては過去に書いたJoe Colley『No Way In』のレビューの中でも「触覚性を感じさせるコンクレート・ミュージック」という言葉で他の作家の名も挙げながら触れていたりしますが、Francisco Meirinoの場合は一続きの作品の中で編集の存在が意識から遠のく時間があると同時に、そこに突発的な音の切断/接続を当て込むことでショッキングな効果を生み出すことが多く、そのコントラスト故に「編集の存在が意識から遠のいて」いたことを事後的に強く印象付けられることが多いです。そしてこの「意識の遠のき~突発的な音の切断/接続」は彼の作品において、比喩的に表現してみるなら「真綿で首を締め上げられ、視界がぼやけ狭まってきたところで解放される」とでも言えるような、ドメスティックで切迫感のある特有の雰囲気に非常に強く結びついています。

個人的には彼の作家性ともいえるそのドメスティックな雰囲気が特に色濃く表れたのが2016年の『surrender, render, end』だと考えている(こちらにレビューあります)のですが、今回の『A New Instability』の特にB面はそれとはまた違った味わいのある傑作といいますか、一つの空間の環境音(今回は剣道の音)がずっと鳴ってることで「首を締め上げてくる真綿」がより柔らかくなるような、聴き心地が何故かまろやかになる感覚があります。ここまで何度か「ドメスティック」と書いてるくらいなので、一つの開かれた空間の音声が継続的に混入することでそれが中和されてるのかなと推測するところですが、いずれにせよこれによって本作はあまり身構えずに再生できる、環境音がもたらす解放感と編集による切迫感がいい具合に混じった作品になっているように思います。

Meirinoのディスコグラフィーにおいて今作のように一つの空間の音が持続的に用いられている作品というのは2014年のiliosとのスプリット作『Travaux』や2015年のカセット作『Riot』などありますが、『A New Instability』はこれらに比べても解放感と切迫感の混ざりが美しく、着実にクオリティーが上がっているように感じます。

彼の作品に初めて触れる方にも自信を持っておすすめしたい一作です。



末尾に参考的なページをいくつか

CHAIN D.L.K.でのインタビュー記事。キャリアの初期からこの時点(2016年)まで駆け足ではありますが万遍なく語られています。本レビューで言及した『Travaux』や『Riot』で使用されている環境音への言及もあり、とてもいい記事です。


今回のレビューでは言及しませんでしたが、彼は2013年頃からモジュラーシンセを制作に導入しており、2018年の『Ruins』(ストックホルムEMSのSergeやBuchlaシンセを使用)や2019年の『Hear After: Matters of Auditory Paranoia』(GRM所蔵のCoupigny MK2 Synthを使用)などヴィンテージなシンセを使用した作品も発表しています。こういった彼の制作におけるモジュラーシンセの存在についてはFreqでのモジュラーセッションに際して行われたインタビューで多く語られています。あくまで制作手段の一つだというドライな姿勢や「個性的なモジュールが嫌い」といった発言などかなり面白いです。


あと日本語の情報だと鈴木捧さん(伊達さん)が以前書かれていたブログ(現在は封鎖)で多くの作品が丁寧にレビューされていました。そのブログの記事はnoteのほうに少しずつ再掲されているようなので、そのうちメイリノ作品のレビューもこちらで読めるようになるかもしれません。個人的にとても楽しみにしています。

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