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努力は報われないけれど、報われる努力は“義務”である。「男子校生の日常#11」



努力って本当に報われないなあと感じるわけです。

昨日4月17日の水曜日、水曜日はnoteの更新を休むと決めているので、火曜日はゆっくり休みました。

そして水曜日、僕は記事を書こうと学校から帰ってきて5時ぐらいにこの定位置(勉強机)に腰掛けました。


記事が書き終わったのは夜中の12時でした。

ここ最近のnoteは物凄く早く書けて、しかも自分の満足のいく内容のものがいっぱい書けました。

まさか1日間隔が空いただけでこんなに上手く書けないなんて…


と思い約6時間ぐらいかけて書いた記事を消したよろずです。


仕事ではないとはいえ、やっぱり自分が納得できて、読んでくれた方も満足してもらえるような記事を書きたいなと思っているので、納得のいかなかった記事は消す事にしました。

水曜、日曜日以外は毎日投稿すると目標を立てていたので、とても迷ったので、1度投稿したのですが、消す事にしました。


自分が頑張ったものや、時間をかけたもの。
例えば僕らと同じ学生だったら「勉強」。
お仕事されている方だったら「仕事」。

見返りを求めてしまうのは当然です。

給料が発生するから長時間の労働をしているわけであって、テストの点数や成績によって人生が形成されてしまうのだから勉強するのであって、人間は「無駄」(見返りや満足のいく報酬がもらえないもの)なことからはなるべく避けたいのです。

僕にとっての見返りは、宣伝用ツイートの「いいね、リツイート」です。

多ければ多いほどたくさんの人が読んでくれるわけで、引用リツイートで記事を紹介していただいた時なんて爆裂にテンションが上がります。

3時間で書ききれた記事が50いいねされる事もあれば、8時間書けて書いた記事が「無反応」で終わってしまう事も当然あるわけです。

この見返りを求めながら活動を続けていると、「この記事だとどれぐらいの反応をもらえるか」というのが大体予想がつくわけです。

決してnoteだけではなくて、勉強も仕事も
「これだけ働いたんだからこれだけのお金ぐははははは」

「これだけ勉強したんだからテストでは120点ぬはははははははは」

となるでしょう。
なりますよね。


僕らの生き甲斐はきっとこの「見返り」だと思うんです。

会社などの“決められた”業務には「給料」という見返りが設定されていると思います。

これは多分悪い事じゃないし、この見返りがあるからこそ毎日お布団から出てこられるわけです。

でも、勉強やこの活動の時間は自分で決めた事なので、義務ではありません。

つまり、それに見合った見返りが帰ってくるかは分からないし、返ってくるかもしれないし、返ってこないかもしれません。


これは完全に自分の考えとなってしまいますが、見返りが正しく返ってこないものはやめてもいいと思います。

仕事でも勉強でも、自分の時間を拘束されて、挙句それに見合った結果が返ってこないのであれば、ただ拘束されているだけです。

世の中には「それはお前の努力が足りていないからだ」という人もいますが、間違いです。

この世で正当な見返りが返ってくるのは「仕事」という依頼をされ、その報酬と業務内容を受け入れ、契約が成立され、実際にその業務が終わり、報酬が支払われた時のみです。

それ以外はあくまでも「予想上」での見返りの想像であり、報酬は実際に受け取って見ないと分かりません。

自分は、頑張っているのにも関わらず、その見返りが返ってこない事はとても馬鹿馬鹿しく思います。

長時間労働を強いられ自分が満足のいく報酬が受け取られていないとそれは公平な関係じゃないし、勉強でさえも恐らく自分の出来る限りの努力はしているわけですから、それに見合った点数を望むのは当然です。

趣味もまた然り。

全て、強制ではありません。

やめたければやめればいいし、それで身を滅ぼしているのなら尚更でしょう。


じゃあ何故努力を続けるのでしょう。

それは、「自己証明」の為だと考えます。

勉強を頑張っている人なら、勉強は人生において大切な要素だと思っている人なのだと評価される事になるし、趣味に時間を費やしている人なら、自分の時間を大切にしている人なのだと思われるでしょう。

つまり、今あなたが時間を費やしているものは、あなたが「どういう人間か」を形成するものになります。

僕は、「esportsを書く人」になりたいです。
だから、この活動を永遠とやり続けます。

それはもし仮に「esportsを書く人」になってもこのnoteはやり続けてると思います。
この活動はただの夢の為の過程だけじゃないと思っているからです。
何かを変えれると思ってます。

だから、この活動がもし他人にとって意味の無いことだろうと思われていたとしても、僕はただひたすらに記事に没頭できるし、没頭しているのです。

この積み重ねた記事の一つ一つがよろずの血となり肉となっていくことは間違いないでしょう。

だから、もしもこんな風になりたくないと思っていたのに、その通りの事に時間を費やしてしまっているのなら、直ぐにその事から離れて欲しい。

だから、もし好きな事をやっていて、今に不安が残るのなら、どうかこの記事で書いた僕の言葉を信じてできる所まで頑張って欲しい。


だからどうか、努力している人の事を馬鹿にしないでほしい。


という、報われる事なんてほぼないと言い聞かせながら生きてきた自分の答えであります。



よろず

#esports #ゲーム #記事 #note #高校生 #努力

ちょっとずつ頂いたサポートを貯めて、色んな場所に行って色んなeスポーツの人とお会いしたいと思っています。 良ければ協力して頂けると幸いです。