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ボクが日本を飛び出したワケ

こんにちは、ヨークです。

こちらロサンゼルスは木曜日の朝8時過ぎです。

今日も西海岸らしい青空が広がっているので、あとで散歩でもしようかな : )


今朝起きて嬉しかったのは、昨晩に投稿した『noteを始めて1週間で思うこと』にたくさんのスキをいただいたこと!

しかも、閲覧者数に対してのスキの数が80%を超えるという、この1週間ちょっとで一番の高評価でした!

冒頭に載せた写真の通り、僕の初投稿は、閲覧数こそ一番多かったものの、スキの数は閲覧者数に対してわずか3%という悲しい結果に😢

勢い半分でnoteを始めたのもあり、もっと最初に内容を練ってから書けばよかった...と後悔。

いつもはロサンゼルス時間の朝、つまりは日本時間の深夜に投稿をしているのですが、昨日はロサンゼルス時間の夜=日本時間の夕方にアップしたので、もしかしたらそれも影響しているのかな?

こういうのを分析してみるのもおもしろいですね。

スキの数にこだわっているわけではないですが(もちろん嬉しいけど)、やはりせっかく時間を割いて読んでくれた方々にとって、少しでも共感できたり、プラスになる内容を発信していければなと思っています。


前置きが長くなりましたが、今日は僕がなぜ30歳を過ぎてからアメリカに来ることを決断したのか、についてお話ししたいと思います。

少し長くなるかもしれませんが、よろしければお付き合いください : )


◇変わらない毎日

アメリカへ来る前、僕は新卒で入社した国際物流の会社で働いていました。

この会社を選んだ理由は、大学で外国語を学んでいたこともあり、外国語を使って世界を舞台にした仕事をしたかったからです。

まぁ、よくある志望動機ですよね(笑)

同じ学科の先輩も、物流業界へ進んだ人たちが多かったですし、物流というなくてはならない仕事に興味を持ったからというのも大きな理由です。

僕がいた会社は、海上コンテナを使った輸出入事業がメインだったので、海外のマイナーな港の名前を覚えたりするのが楽しかったですし(地理には強くなった)、世界の経済を支える国際物流というものに携われているという醍醐味もありました。

僕は他の同僚と比べると部署移動が多く、輸出の部署から始まったものの、法人営業に行ったり、輸入に行ったり、最後はまた輸出に戻ったりと、割とあちこちの部署を渡り歩いていました。

会社の規模はというと、全社員100名ほどの中小企業。

それだけ部署移動を重ねると、ある程度会社全体の業務もわかってきますし、段々と新鮮味や仕事に対する情熱というものが薄れていくのを感じていました。

会社での立場も中堅となり、新人の教育を任されたり、チームのリーダーをしたり、毎日が忙しく過ぎていました。

そして、入社して6~7年たったころだと思いますが、初めての転職活動に踏み切りました。

30歳も目前になり、このままでいいのか?という不安と焦りが、転職を考えた動機でした。

同じ会社で長く働けば働くほど、新しいことを学びたいという意欲が満たされなくなり、モチベーションが下がるだけでなく、仕事や会社へ対しての不信感も募っていきました。

これが無数のキャリアアップの可能性がある大企業だったら、きっとそんなこともなかったでしょう。

最終的に、転職活動中にまた部署移動があり、この時は転職せずに終わりました。

それからまた日々の忙しさに追われ、数年が経っていました。

年齢も30代に入り、20代のころまでは漠然としていた不安も、より具体的な不安に変わっていくのを感じていました。

前回の転職活動は、今思うとあまり本気ではありませんでした。

「いいところがあればラッキー」くらいにしか考えていなかったし、その時働いていた会社でもある程度結果を出しているという自負もあったので、転職活動自体に身が入っていなかったのだと思います。

でも今回は違う。

この会社で3年後や5年後に働いている自分はとても想像できなかったし、とにかく早くこの環境から抜け出さねば、という考えが頭から離れませんでした。

この時は働き始めてちょうど10年目。

人生の方向転換をするにはキリのいい数字だし、年齢的なことも考慮するとラストチャンスだと考えていました。

そこで頭に浮かんだのは、「やっぱり海外(ソト)に出たい」という気持ちでした。

10年の日本での社会人経験で培った自分の力が、海外でどこまで通用するのか挑戦したかったし、純粋に海外に住んでみたいという気持ちも強かったのです。

人生は一度きり

僕にもう迷いはありませんでした。

そこで、僕は海外で働く方法を探し始めることにしたのです。

◇アメリカに決めたワケ

海外で働くにあたって、僕が真っ先に思い浮かんだのはワーホリでした。

海外で働きたいという強い気持ちがあったと同時に、ネイティブ並みの外国語の能力があるわけでもないし、海外で働いた経験もありません。

いきなり正社員として海外の会社で働くのはハードルが高いし、そこまでの勇気もありませんでした。

ただ、ワーホリは年齢制限がありますし、行ける国も限られています。

僕は早々にワーホリという選択肢ははずしました。

さあ、早速行き詰まりました。

他に海外で働く道は何かないのか?

僕は空き時間を使っては、海外で働く可能性を探していました。

そうそう、「海外で働く」と言っても、どこでもよかったわけではありません。

以前の記事でも書いたように、僕は大学でスペイン語を学んでいたので、スペイン語圏を第一希望としてリサーチをしていました。

しかし、僕の調べた限り、スペイン語圏で働ける機会というのはあまり多くなく、なかなか見つけることができませんでした。

そしてさらにリサーチを進めていったところ、興味深い情報を見つけたのです。

それが、海外インターンシップでした。

海外インターンシップと一言で言ってもいろいろあり、給料の有無、働ける国、業態、期間まで様々です。

僕は早速見つけたエージェントに連絡を取ってみました。

そのエージェントでは、あいにくスペイン語圏や中南米のプログラムがなかったのですが、代わりに紹介されたのがアメリカでした。

実は、僕はこの時アメリカには全く興味がありませんでした(笑)

海外旅行が趣味だった僕は、年に1回、丸1週間(前後の土日を含めて9日間)取得できる「リフレッシュ休暇」の制度を利用し、毎年少なくとも1度は海外旅行に行っていました。

1週間の休みなんてなかなか他の友達と予定も合わないので、基本的には一人旅です。

僕が選ぶ旅行先は、大体他の人があまり選ばないようなニッチな場所で、例えば、キューバ、ブータン、ミャンマーなんかに行ったりしていました。

人と違ったことをするのが好きだったし、周りの人が行ったことのない場所に行くのが、ある種のステータスでもありました(笑)

そんなわけでアメリカなんていうメジャーな国はまず僕の個人旅行の目的地にはならないし、行ったのはオーロラ目当てのアラスカと、アメリカ駐在をしている同期に会いに行ったくらいでした。

これが学生時代に留学をしていたとかならもちろんアメリカにどっぷりハマっていたのでしょうが、僕にとってアメリカはもう縁がないとさえ思っていました。

話がそれましたが、スペイン語圏でのインターンシップは半ばあきらめていたので、アメリカでのインターンシップを念頭に入れつつ、実際にエージェントへ送ったメールから抜粋したのが下記です。(送ったのは7月でした)

現在、長期インターンシップ(有給)を検討しており、実現すれば来年中を目途に開始したいと考えています。(4月以降?)
ご案内可能な国がアメリカということで、ペーパードライバー歴が長いため
一番の懸念は「車」です、、、ただ、アメリカでのインターン経験は今後のキャリア選択においてもプラスになると考えていますので、車を理由に断念するにはもったいないため、渡航前にはある程度運転にも慣れていたいと思っています。
現職は貿易関係で、10年ほど勤務しております。
英語を話す機会はあまりありませんが、日々海外とのメールでのやり取りや、英文書類に触れておりますので、業界用語等もある程度理解しています。そのため、インターン先としては貿易関連が一番可能性があるのではないかと考えています。
最新のTOEICの点数は865点です。
大学では外国語学部に所属し、英語とスペイン語を学んでおりましたので、
当初はスペイン語圏でのインターンがあればいいと思っていましたが、
アメリカでもスペイン語の需要は高いと思いますし、仕事以外の部分でも
スペイン語に触れる機会が多いのではないかと期待しています。
また、英語圏でのビジネス経験があれば、この先、国際的な仕事に就いた場合でも言葉においてはある程度不自由なくこなせるのではないかと思っています。
受け入れ先にもよると思いますが、都市としてはロサンゼルスやサンディエゴあたりがいいのではないかと思っています。
海外経験は、最長でも1か月で、スペインでの語学研修や、メキシコ・タイでのワークキャンプとなります。英語圏での長期滞在の経験はありません。(アメリカへの渡航は旅行のみです)
予算は、150~200万円で考えています。
送付頂いた資料を拝見しましたが、大体収まりますでしょうか。
経済的にもあまり負担はかけたくないと思っていますので、できるだけ抑えられればといったところです。

このメール以降、エージェントのやり取りを続けることになるのですが、まずはこのアメリカでのインターンシップがどのようなものかお話ししたいと思います。

◇アメリカ「J-1ビザ」でのインターンシップとは?

アメリカで長期のインターンシップをするには、J-1ビザと呼ばれる交流訪問者ビザの取得が必要不可欠になります。

アメリカで働くには、合法的に働くためのビザが必要ですが、就労ビザ取得はかなり難しいのが現状。

J-1ビザは他のビザと比較して短期間で取得可能な点が特徴で、取得するとワーホリのように海外で働くことができ、有給インターンシップでアメリカの会社から給料を得ながら生活できる制度です。(2020年現在は審査が厳しくなっているようです)

そのため、J-1ビザでのインターンシップはアメリカ版ワーホリとよく呼ばれます。

海外で働きたいけどそこまで自信もないし、でも生活費くらいは賄えるだけの収入も欲しいと考えていた僕にとって、このJ-1インターンシップの制度はぴったりでした。

また、18ヶ月という期間も、海外での職業体験をするにはちょうどいいと考えていました。(実際に来てから思ったのは、18ヶ月じゃとても足りない!!)

そこで、僕はJ-1ビザを利用したアメリカでのインターンシップに向けて、準備を進めていくことになります。

J-1ビザの詳しい情報についてはこちらのサイトにわかりやすく纏められていましたので、興味のある方はご参考になさってくださいね。

◇受入先企業との出会い

J-1ビザでインターンシップをするには、渡米前に色々なステップを踏まないといけないのですが、そのうちの1つが現地の受入企業の決定です。

J-1インターンシッププログラムは、今までの経歴や学歴に何かしら関連する現地の企業での研修プログラムとなっているため、まったく畑違いの業界で働くことは基本的にできません。

そのため、僕の場合は貿易関係の企業が選択肢となるため、先方に希望を伝えた上で、いくつか求人を紹介してもらいました。

受入先企業を選ぶにあたり、僕がエージェント側へ伝えていたのは、食品業界での研修でした。

というのも、実は父親が料理人で、いつか「食」に携わる仕事がしたいと思っていたのです。

またまた余談ですが、僕は高校時代に弓道部に所属していました。

それもこれも、両親が同じく高校時代に弓道をやっていたからです。

親の影響というのは、知らない内に自分の潜在意識に刷り込まれているのでしょうね。

ということで、7月にエージェントとのやり取りを始めてから、途中3か月ほど必要書類の準備を放置していたこともあり、気づけば年も変わって3月初旬になっていました。

僕はロサンゼルスにある食品輸入の会社とSkypeで面接をし、翌日にはめでたく採用の連絡がきました。

受入先企業が決まれば、まだたくさんの手続きが残っているものの、とりあえずは安心です。

そして、2016年6月末で丸10年働いた会社を辞め、7月下旬に、大きな不安と、少しの大志(矛盾?)を抱いて渡米することになります。


長くなりましたが、僕が日本を飛び出すまでの経緯をお話しさせていただきました。

海外で働いてみたいけどどうしていいかわからない、自分の人生を変えたいけど勇気が出ない、そんな方たちのヒントになれば幸いです。

それでは良い一日を : )

#海外生活 , #アメリカ , #ロサンゼルス , #インターンシップ , #J1

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