散歩日和(産後2ヶ月目の日記)
子どもが産まれてから知った言葉のひとつに「黄昏(たそがれ)泣き」がある。夕方から夜の黄昏時にかけて、目立った理由もなく赤ちゃんが激しく泣く、という現象を指しているんだとか。
4年前。私は長女の黄昏泣きに参っていた。
家のなかに居ると、赤ちゃんと一緒に自分まで泣いてしまいそうで、夕方になるといつも、娘を抱っこして散歩に出かけていた。
季節は、ちょうど秋から冬にかけて。
日を追うごとに寒さが深まっていく。すこしでも温まろうと、ぽつぽつと街頭が照らしはじめた道を足早に歩いた。
広い芝生のある公園につくと、自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに座って飲む。いつもは、子どもの声や楽器を演奏する音で賑わっているその公園も、さすがに真っ暗な冬空の下では閑散としている。
本当は、はやく家に帰りたかったけれど、またすぐに赤ちゃんは泣きだしてしまうかも。せめて夫が帰宅するまではと、ぼんやりベンチに座って目の前にある桜の木をみていた。
もちろん花は咲いていなかったし、すぐに冷めてしまったコーヒーは、美味しくもなんともなかった。
* * *
3月も残りわずか。東京はぐんっと暖かい日が増えた。
私の故郷は、卒業式には桜の花びらではなく雪が散るようなところなので、「え?3月??さみーよ!!」だったけれど。
上京してからというもの、3月は散歩が楽しい季節ナンバーワンに昇格した。
川沿いの散歩道に行儀よくならぶ桜並木のつぼみは、エネルギーを溜めたポップコーンのように一斉に弾けて、3日とたたずに満開の花を咲かせた。街中はすっかり、どこもかしこも薄ピンク色。
そうなると居ても立っても居られない。
ふんぎゃふんぎゃと泣いている生後2か月の赤ちゃんを抱っこして、外へ飛びだすことにした。
歩きはじめるとすぐ、次男は抱っこ紐のなかですぴーすぴーと寝息をたてる。
さっきまで、この世の終わりとばかりにギャン泣きしていたくせに。もう、なんだろ、この可愛さといったら!!
通り道の先にあるコーヒーショップから、焙煎された豆の香りが風にのって届き、いつの間にか、風向きが北から南にかわっていたことに気づく。
今日はベンチに座って、コーヒーでも飲もうか。
一滴、一滴、時間をかけて丁寧に煎れたコーヒーは、信じられないほどに美味しかった。
昔のことを思い出して、目を奥がつんとなるのは、きっと春のせい。
また明日も、散歩日和になればよいな。
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