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日記と珈琲_7月

からだの8割が「珈琲と映画と本」で出来ている医学生です。医療現場の近くに立ち、弘前に住みながら撮った写真と日記をまとめました。


07/01
手術2件、助手2回。勿体無い、だ。残そうとすんのが日本の手術だよ、と先生が言った。背骨をできるだけ残す「黒川式手術」の解説途中の言葉だった。手術によって長期的な改善を望む日本と、トラブルが起きるたび治そうと短期的にみる欧米の違いがあるらしい。術後合併症の程度や頻度の差は歴然で、面倒で素晴らしい勿体無い精神が日本の医療を支えている。また術中に先生が、開業医の数が減ってるらしいんだよね、と言った。おそらく青森市のことを言っているのだろうが、増えてるのだとばかり思っていたから意外だと思った。ゲートキーパーがいないのさ、と言うと先生は、すこし淋しそうな顔をした。
医局の珈琲 無料、スターバックス ドリップコーヒー 420円。

07/02
手術2件。術中、先生が突然「骨はね、嬉しい時も悲しい時も血を流すんだよ。涙と一緒だ。」と言った。え、急に?どうしたの先生、と心で思ったが、要は、皮膚から骨の中心まで掘り進めると骨の手前に軟骨が現れる。骨なのか判別する判断材料として「断面から血が流れる」があるのだそうだ。それを先生は「嬉しい時」と表現したらしい。「骨折だね、悲しい時は。流したくない時に血が流れるでしょ。そういうことよ」と言って骨が露わになり、空想を締めた。
17時、ちゃんと蘇生した!と落とした対局時計の安否を確認した老医がいた。
18時、〈mono to koto〉でオーナメントを購入。
19時、赤茶色の背景に明朝体の白文字で「ことに太ったお方や若いお方は、大歓迎いたします。」と書かれたページがメニュー中程にあって、ドキッとした。ここは〈リンチェ〉。宮澤賢治の「注文の多い料理店」の山猫軒をモチーフにしたイタリア料理店だ。友人の誕生日を祝いに、4人が集まった。さっき買ったオーナメントは彼女の手に。
医局の珈琲 無料。

07/03
手術2件、助手1回。縫合を12ヶ所。院長との手術はいつも軽妙に終わる。やらせてくれることが多く、学びががあるし、雑談に経営と時勢と冗談を混ぜ飽きさせず、満足感がある。「医療は利益率低いんだよ。飲食店は20%くらいだろ。こっちは1%。」
17時、総合医局で夕飯を食べていると、ぬらりとドアから秘書が現れて「院長からですっ」ドンっと分厚い学術書5冊を卓上に置いて、院長からの洗礼を与えられた。『整形外科医のための手術解剖学図説』『上肢の鏡視下手術』『骨折 理論的治療と実際』『基本腰椎外科手術書』『私の手の外科 手術アトラス』。
18時、執筆。勉強も進め、公衆衛生学が折り返しの地点。進捗はかなり良い方で、初見の国試過去問は7割弱の正答率。本番では8割は欲しい。焦らず淡々コツコツと。
医局の珈琲 無料、スターバックス ドリップコーヒー 420円。

07/04
手術1件、助手1回。真皮縫合を2ヶ所。
11時、病棟のエレベーターに向かって歩いていたら、それを待つ介護職の老婦と目があった。その後ろから賑やかな声をする老人たち、認知症の病棟がすぐそばにあった。今日は賑やかですね、と言うと老婦は、「そうですね。今日はいい気がします。本当なら、こういう状態のままがいいんだけどね」と言った。「天気にもよります。今日みたいに晴れていれば賑やかですし」エレベーターの戸が開く。
19時、某医局説明会後の食事会で、ぼくが座ったテーブルの隣に同期が座った。数年振りのことで嬉しかったのだが、ぼくの顔を見るなり突然、中程度に笑い出し、笑うだけ笑って何も言ってこなかった。会釈もなく過ぎた彼女の声が耳にこびりつき、不適な笑みの正体が気になってうまく笑顔を作れなかった。
医局の珈琲 無料。

07/05
8時、めまいが酷く、運転できなさそうだ、と実習先の病院の秘書に電話を入れ、休む。
19時、ユニクロに行ってスーツを新調しようと、棚の目立つところにあったLサイズのジャケットを取り、試着室で羽織ると肩幅と腕の丈が大きく合わないことが分かった。部屋を出ると女性の店員さんが来て、一緒に選びますか?と言い、さっきの棚の前まで行ってMサイズのジャケットを寄越すと、今度は肩幅が丁度良く腕の丈が足りない。んー、んー、とユニクロ公式サイトで調べてもらって、丈を伸ばす方法が無い、と告げた。落胆。XLのも羽織ると、腕の丈が丁度良いが肩幅が大きい。「さっきのLサイズだと、着られてる風でしたよね」この身体が憎く思った。
22時、交差点の信号を待っていた。白猫が現れ、コンクリートの塀に尻を擦って、赤の横断歩道をてとてと渡っていった。

ところで、今日は Threads birthday らしく、ぼくが日記を書くきっかけを与えてくださったこのサービスに感謝したい。ありがとうございます。

07/06
「カルボナーラ会」の5人で岩木山を登頂。曇り。山頂付近は風速18m/sの予報で、5人の予定を鑑みて挑む。6時に嶽コース入口の鳥居前で一礼し登り始める。8合目までの坂を3時間。呼吸筋の使役で、やばい、と嗄れ声を吐いた。雲に覆われたブナ林の隙間からは地上が見渡せず、何処まで登ったのかわからない。何度も「ここで終わりたい」と思った。8合目が見えた。大休止。リフトは強風で動いていない。グッと登る。9合目は岩肌と低い草木だけで霧がかかり、2歩先の人の姿が霞むほどだった。他の登山者もいることから山頂まで挑戦することに決めた。強風で岩肌から離れられない時もあり、「いのち」の危機を感じた。山頂に立つ。景色はなく、白神山地の水で淹れた水出し珈琲を振る舞う。安堵。下山は速かった。 苔を撮る余裕も生まれ、8合目の売店でたこ焼きを食べ、再び安堵。鳥居を潜り一礼すると13時を迎えた。霧中で味わった苦しみと「いのち」の限界は喜びに変わった。地を這い心と対峙した畏敬の自然は、学舎だった。
YADORIGI COFFEE ROASTERS TANZANIA AB Living Stone 抽出。

07/07
1時、〈Ripen〉で、七夕が誕生日の、有村架純に似た知り合いを祝う。織姫と称し、店内の人気を集め賑やかな様子を尻目に帰宅。
10時、雨のはたけでアイコとキュウリとヘチマとシシトウが穫れた。水で洗った親指サイズのヘチマを齧る。蝉の聲がした。
18時、読書。坂口安吾『堕落論』の「教祖の文学」と「太宰治情死考」。写真の整理と執筆、就活の準備、キャリアの思案などした。
COTO COFFEE カフェラテ オーツミルク 730円、スターバックス ドリップコーヒー 420円。🐈

07/08
夢、介護施設のような場所で実習をしていた。全ての施設利用者の緑色のメッシュ製枕には、油性ペンで書かれた3桁の数字が二つ並ぶ。体重と身長だろうか。実習生のぼくのにも書かれている。ある時、介護職員の枕にも数字が表示されることを知る。定期的にチェックされ健康か確認される恐怖に、職員の女性から無地の枕を渡されて、この辺を走ってきてよ、と言ってぼくの枕の数字より少し低い体重の数字を書いた。枕の数字通りの体重になるよう痩せなければならない。地図を眺めながら河岸沿いを走ることにした。復路で海が見える。ひそひそと話し声がして、目が覚めた。
手術1件、助手1回。「深浦いいね、涼しくて。気にしてなかったけどいいとこだ」と執刀医が言った。ハンマーを持たされ、杭をカンカン鳴らして、骨髄に孔を作る。髄はスポンジ状なので、杭が深く入り、みちみちになると打ち付ける音が高くなる。「骨とね会話するんだよ。打つと返ってくる。もう限界って」「そうなんですか?」彼は骨との長期的な対峙で人格を与え、偶像化している。自然崇拝の端を見た。手術室の外は夏空だ。低い雲の下で蝉の聲が響いている。
医局の珈琲 無料。

07/09
手術2件、助手1回。結紮を4か所。術中、オペ看は使用済みガーゼを不潔野に移す際、そこに触れないよう弧を描いて投げる。お盆の中に入れようと、投げる。目で追う。お盆の縁に当たる。入らず床に落ちる動きと同期してオペ看は、コクンと頷く。手元から離れて落ちるまで、ガーゼが、本人からちぎれた実体かのように追う現象を見て、何か気づきそうな気がした。幼少の頃、橋の上から川に石か氷塊か雪塊を落として興奮するように、自分が投げた物に自分の意思を乗せ、パイロットのように自由落下を楽しむ経験をしたことを思い出す。言葉にも実体が伴えば、向こう側に届いた重みというものが理解されるのではないかと考えた。言葉には実態がない。音や光に変換されなければ素通りするのだから、抵抗があれば実体があるように感じるのではないだろうか、とも。見えないものにも身体は反応する。それは鼓動。良し悪しの言葉全てを脳が解釈して、心拍数を変動させることが抵抗の標なのかもしれない。暴言も誉めごとも投げられたあと、そのままいっそ心臓の音まで拾われてコクンと頷いてもらいたいな、と考えてしまうのが、ぼくの癖だ。
医局の珈琲 無料。

07/10
手術1件、助手1回。結紮を12ヶ所。まだおぼつかないけれど、結ぶのがすこし早くなった。
医局の珈琲 無料。

07/11
手術1件、助手1回。結紮を9ヶ所。
朝、手術直前までベッドで寝てた。憂鬱な顔を枕に半分埋めて、あと30分……あと10分……と片目で壁掛け時計をチラチラ確認する。今だ!と両脚を天井に突き上げ、落下する遠心力を利用して上体を起こしてやると、耳の側で、血がダクダクざーざーと流れる音がした。生きてるって感じがする。
昼、3時間の昼寝。気絶するように時が流れた。
夕、週末のゴルフコンペに向け、近場の打ちっ放し場にて練習。帰りの受付に大きな水槽があった。覗き込むと亀、体長30センチほどの濃緑色の甲羅が沈んでいて、こちらに気付いた。鼻先が当たって、コツン、とガラスの音を立てる。目が合う。可愛い。水槽の縁に「店長」と書かれた札があり、わざわざ挨拶でもしてくれたのだろうか、と想像した。満足して振り返ると受付の女性が笑顔で「ありがとうございましたぁ」と挨拶した。亀とぼくの小さな世界を見られていたのか、と耳を赤らげ顔を伏せ、カラカラ鳴るゴルフバッグを抱えて退店した。
医局の珈琲 無料。

07/12
手術3件、助手2回。結紮を8ヶ所。当院整形外科実習最終日。別れの挨拶。
朝、日光差し込む作業療法室に黒髪の女性が座っていた。肩甲骨付近まで伸びた長く張りのある髪がただ重力に従って垂れ、日の白、黄を反射した彫刻のように映えた。後ろ髪を手で結う姿が絵画か映画のようだ。
16時、〈合浦公園〉に大粒のパンを咥えた雀がいた。誰かが食パンをやってるんだろう。鴨のみえた小池に近づいて写真を撮っていると、鴨と鳩の群れのそばに帽子の老夫、ベンチに掛けて大きな紙袋を抱えていた。「このぉくちばしの黄色いんずが子ン供、緑んずが親。卵がら孵ったばがりなのさ。パンは118円の投資」と強い訛りで話しかけられ、「これは癒しだのさ。あすこのベンチさタバゴのんでら女子いだばって、まね(ダメ)よ。わたしはあんたの十倍生ぎでるがらわかるけど、それよりも心の問題の方が大事。こうすてパンやって大っきくなるんず見るのがいいんだ。パン買って毎日ここさ来てらぁ」と言っている間にパンを池に、路上にぱらぱらっと投げた。潮風に乗ったパンがくちばしに吸い込まれる。くしゃっとした笑顔で見送られる。
医局の珈琲 無料。

07/13
13時、つるの剛士と宮下知事と、ぼくの伯母が並ぶフォーラムに参加して、子育ての話を深掘りする2時間。父と行った。イベントが終わってしばらくしてから「お茶したい」と言った伯母と市街地で合流し、安堵した顔を拝む。
田舎の考えだが、知事と話すというのは"国"の長と話しに行くことでこの上ない誉れに扱われる。父が、イベントの広告を新聞で見た親戚からの電話で、「見に行って来い」と言われたという話が印象的だった。
かっこいい伯母に触発されたぼくよりも父の方が興奮ぎみに話す。深浦の海の仕事に就く父は、消滅しかけている町と魚の嗜好品化に心を傾けて言う。父の火花が散って、ぼくに飛び火した気がした。
YADORIGI COFFEE ROASTERS EL SALVADOR ANGEL 抽出、UGUISUにてCOFFEE MAN good LICOMA WS 奢り。

07/14
8時半、はたけ。シシトウ、アイコが採れた。ウドンコとアブラムシが拡大し、イモムシが侵入してきた。ささっと歯ブラシで落としてやり、弱った野菜の手入れをする。トマトが高く育ち、支柱を越えそう。
12時、部屋の片付けをしながら本を読んでダラダラとする。国木田独歩の『武蔵野』、大江健三郎の『新しい文学のために』なんか読むと、密度のあるおおらかな文体に潜む「異化」の文字が浸透してくるのがわかる。こんなときも勉強してしまうせいで、なかなか休まる休日にならない。が、文字の森を歩くときはいつだって身体が休まる。脳が旅をする。
14時、ゴルフ用品を買う。
18時、〈吉慶〉にて飲み会。県内の整形外科医数名と、先日までお世話になった実習先の青森慈恵会病院整形外科医数名が集う、「前夜祭」である。遅くなり、院長先生が「泊まってくか?」と先日オープンしたばかりの〈LeRabo〉の部屋を予約してくださり、二次会のラウンジバーで楽しいひと時を過ごす。明日はゴルフコンペ。
YADORIGI COFFEE ROASTERS EL SALVADOR ANGEL 抽出。

07/15
5時、奥羽本線を下る。よく揺れ、昨夜の酔いが抜けきれぬ身体によく響く。いや寝不足か。スマホのフリック操作が遅く、力が入らないのがわかる。ふと、スマホの先の通路に視線を落とすと、1匹の蟻が見えた。せっせと実の一部を運ぶ蟻がフェロモンの道を追ってきたはずなのに、列車によって切り取られていた。脈から離された蟻が、いったい、どこに向かうというのだろう。
9時、〈青森カントリー倶楽部〉で開催する「T-CUP」という青森慈恵会病院々長主宰のゴルフコンペに参加する。実習中に院長に誘われて。昨夜は本企画の前夜祭だった。県内の整形外科医数名と病院職員数名とぼく。1組目のパーティで、院長、医師2名とぼくの4人がまわる。始球式直後のスタートホールのオナーはぼくだった。全員が見る前で震える第一打は快音で、拍手が出て、みんな喜んでいた。むつ湾コースNo.6にてドラコンを獲得。「飛ばし屋」の印象を植え付けた。コンペ後、LINEで院長に感謝を伝えると「楽しかったね」「試験がんばって」と返ってきた。
ゴルフ場の珈琲 奢り、COFFEE MAN good MARCOS ORELLANA 780円。

07/16
8時、あたらしい実習先になった。病棟カンファレンスに参加して自己紹介をする。弘大病院精神科の6年生は国家試験の勉強に専念できると申し送りにあり、実習1に対してそれ以外が10といった具合。学生担当の先生が体調不良で午前不在のため、指示あるまで自習とされた。
19時、母に会うと、動揺した顔でいきなり笑い始めて、「あんた、顎のここ、ぼやっとして太ったんじゃない?」と言ってきた。痩せようとは思わないが、無意識のうちに変化して、それに気づかれるのが楽しいので気ままに過ごそうと思った。どうせ元の体重に戻る。受験直前期は飯が細くなって痩せてしまうはずだから。弘前に寄っていた笑い終わる母と祖母と、お茶をする約束だった。車の後部座席から外を見る。雲間に、およそ半月が浮かんである。輪郭がおぼろげ。林の奥から蝉の聲が聞こえ、木の枝がしなる音がする。冷たい風が車の間を抜けて、車の鼻先から躯体に沿った流体の曲線を想像してカフェに向かった。
YADORIGI COFFEE ROASTERS TANZANIA AB Living Stone 抽出、クラフトボス 無糖ブラック 147円。🐈

07/17
8時、大学病院に来た父の専門外来を付き添う。父が診察室に入る。ぼくは外の通路で待って国試過去問を解く。入院の説明を受けに1階の窓口に移動させられた。大体の書類を受け取った父の手元を見ると、紙の束。手続きや資料譲渡をスマホだけで完結できないものか。入院にハンコを押さなければならず、あまりの遅れに気付かされて残念に思う。入院費のためクレカの入力、ではなく紙に書き込むアナログさにも落胆した。
13時、最後に控えた臨時のCTは、午前に予約されるもまだ出来ない。専門科の受付前で待てと指示があり、空腹の父とぼくはソファで腕を組んで寝た。看護師さんが呼んで、CT室に向かう途中、父は「気持ちよかったな」と言ったが、寝るほどの体験があるとは思わなんだ。CT終了。
14時、ようやくの昼食を院内の〈弘仁会食堂〉で2人前。受診料の会計が済んだ父は、勉強なったか、と言って足早に立ち去った。
YADORIGI COFFEE ROASTERS EL SALVADOR ANGEL 抽出、YADORIGI COFFEE ROASTERS TANZANIA AB Living Stone 抽出。

07/18
朝、同郷人Hから貰ったお土産のチョコ菓子「小樽 色内通り フロマージュ」を食べる。小箱の傍に「隆佑」とボールペンで書いた付箋が貼ってあるのに気が付いた。字が綺麗だ。漁師の彼の字を中学以来見てなかったから、少し驚いた。付箋が貼られたまま渡しちゃう愛嬌も含めて、彼がますます好きになった。
13時、エレベーターの難読漢字クイズは「型録」、カタログだった。病棟で総回診。
15時、火災訓練の患者役を依頼され、誰も使っていない個室でひとり待機する。このあと看護師が誘導しに来てくれる。内装をまじまじ観察して、入院したらここで生活するのかぁ、と呑気に光が射し込む窓を眺める。低い浮雲。頭を隠す岩木山。あ、基礎研究棟の屋上にヘルメットの人。点検かな。ぼーっとしてると、「かじでーす!」と廊下の看護師。「病棟看護師B」の札を提げた女性の指示に従って、廊下に出た。
夕、沿道に椅子。弘前高校のねぶたを見ようと集まる地域の人々。神社で宵宮もあって渋滞だ。
YADORIGI COFFEE ROASTERS EL SALVADOR ANGEL 抽出、クラフトボス 無糖ブラック 147円。🐈

07/19
一日中、自宅で過ごす。国家試験の過去問を200問ほど点検し、アイデアが湧いたら執筆をし、読書に太宰治『列車』『惜別』、くどうれいん『コーヒーにミルクを入れるような愛』を選んだ。ときおり雨の音に気付いて、変わり映えしない部屋と外との対比に心を通わせていた。スーパーの買い物に行く用事以外に出ることはなかったので、雨に濡れる心配はないけれど、外の空気に触れたとき、湿ったものが肌を撫で、圧で押されているのを感じた。レジの店員が「お支払いは」と問い、部屋人間が支払い方法を伝えようとしたら、声帯のまわりにほこりが溜まって出しにくいような感覚を覚えた。今日は誰とも喋らなかったせいで、声帯を司る反回神経をほとんど使役していない。こういう日もある。
YADORIGI COFFEE ROASTERS TANZANIA AB Living Stone 抽出。

07/20
朝、鴨の親子が横断歩道にいた。本当にいるんだ、ネットでしかみたことなかったから驚いた。方角的に土淵川に向かっている。登下校でよく見ていた鴨の類い。
昼、目的地に向かう最中、陸奥鶴田駅沿いに立つおんぼろ古屋の木の匂いが鼻腔を刺激した。「通」の看板、「りんご」の看板、前のめりの壁の湿って古くなった木の匂い。ぼくはこの匂いが好きだった。実家にあった蔵に似ている。幼少のかくれんぼでこの匂いに潜んで、長く息を吸い、隠れに来たというよりかは嗅ぎに来たようなかくれんぼ。
12時、〈澱と葉〉のイベントに出席。最近知り合ったデザイナーが企画し、誘われて。パンとパスタとティラミスを頬張る。自家製パン、地元の畑で採れた野菜、ハワイで購入した珈琲などを店主が手掛ける。アンティーク家具など置いて内装も凄い。こういう店を持ちたいな、と思って尋ねた店主は理系肌だった。レシピの数字の細かさの解説だけで小1時間話してわかった。安心した。感性全振りの人だったら真似できないと諦めるところだったから。特別な日にまた来ようと思う。
澱と葉 アイスコーヒー 300円、mobile ドリップコーヒー 奢り。🐈🐈🦆

07/21
朝、はたけ。大量のトマトとヘチマ、シシトウが採れた。
夕、Sと勉強。
夜、朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』を読む。あれは……文学にしか……できない表現。終局の回想で、子どもの遊びから生まれた混沌に震えた。
YADORIGI COFFEE ROASTERS TANZANIA AB Living Stone 抽出、ドトール アイスコーヒー L 350円。

07/22
10時半、炎天下の道を自転車で移動して、カフェで待っていたリエさんとおしゃべりした。〇〇といえば、とか、脱線するんですけど、とか、本題になかなか入れないのはよくあることで、お互いシャイな性格が出てしまっているのかもしれない。
13時、スーツ屋のスーツを借りる。就活生は無料。
15時、〈弘前公園〉の開けた場所に写真家さんを呼んで、履歴書の顔写真を撮ってもらうよう依頼。美術館の仕事で何度か関わっていた方で、商業写真を手掛けてきたおじさん。ホームページから依頼したら「写真館はないので、外で撮ります」と言われたんだった。さっきのスーツを着て、白い椅子に腰掛けて、右斜め前にフラッシュ機材、陽の光も計算に入れて何枚か撮ってもらったら、「いや、東京の敏腕社員みたいになっちゃいましたね」と笑われてしまうくらい良い写真が撮れてしまった。現像は明日以降。
16時、まただ。赤信号の横断歩道を猫が横切った。
時の音 ESPRESSO エスプレッソ 280円、でみでみ ネルドリップ50 650円。🐈‍⬛

07/23

07/24
朝、親戚のいる老人ホームを伺う。母と祖母と一緒に訪れ、エアコンで涼しくなった部屋でその人は眠っていた。入れ歯のない口でいびきのような声を立て、ぼくたち親戚の声に頷いていた。よく寝る人を前に挨拶するのが久しぶりのことで、その人の顔に祖父や他の親戚の顔が何人も重なって見えた。
夕、市内の飲食店のセルフレジで会計をしたら、お釣りに新千円札が紛れていた。珍しい当たり前に出会えて、よく観察した。「1000円」と左に大きな文字で書かれて、右に北里柴三郎先生の厚みのあるお顔が映った。近くにいた祖母にも見せたところ、目を見開いた顔で「えぇぇ……?」と狼狽えるように笑って、皺がつかないよう財布にしまっていた。最寄りのスーパーで買い物をしたとき、会計に北里柴三郎先生のお札は出さないでまた大切に財布にしまって別れを惜しんでいたので、おそらく帰ってから眺めるんだろうなと思った。
SKIP EGG アイスコーヒー 奢り。

07/25
午前、パソコン室で国試過去問を100問ほど点検しながら何度か寝入る。学食の開く時間に合わせて外に出た。
11時、中華そばを待つ間に後輩に挨拶された。おう、と一言だけ話して、疲れはて、不機嫌な態度を取った。肩から提げていたバッグの紐がレールに引っ掛かり恥ずかしい思いをした。さらに機嫌が悪くなり、会計のおばさんが手をこまねいて言った「待って〜ってしたのかもね」との冗談に笑えなかった。飯を食う。黙々と食う。その間にも国試過去問を見る。「少しでも多く解いて、わからないことを減らす」の精神で解き進める時間は無心になれる。会話する学生、かちゃかちゃ食器の音を立てる周囲の現象に気を払わなくて済む。食器を片付けると、透明なプラスチックの箱を持った女性が厨房から現れて、「これ、メロンかカルピス味のアイス、どっちか持ってっていいよ」と言って、メロン味の棒アイスを受け取った。すこし溶けて、角が丸い。商品にならなかったアイスだろうか。嬉しくなって、視界が開けた気がした。また会計のおばさんに何か言われそうな予感がして、そそくさと横切ると「良かったね」と一言だけ声をもらった。
🐈‍⬛

07/26
昼、精神科実習特有の振る舞い、ケーキを頂戴した。2週間に一回、精神科では全職員にケーキが配られる。実習生はそれにあやかれるので、本当に精神科ってQOLが高いなと思わされる。〈GRAND MERCI〉のメロンショートケーキを頬張って、精神科を回っている6年生と歓談。
13時、リエゾンを見学。以前まで俯いていた患者さんがたまに外を眺めているそうで、この病院から何が見えるかなとぼくも窓の前で眺めると屋根のカラフルな街並みが見えた。赤、青、看板も色々で、歩くばかりでは気付けないことだった。雨に濡れて一段輝きが落ち着いた光景の、一際目立つ金色の屋根が見えた。パイナップルの模様にも見えたそれは、〈弘前れんが倉庫美術館〉だった。
YADORIGI COFFEE ROASTERS TANZANIA AB Living Stone 抽出、医局の珈琲 無料。🐈‍⬛

07/27
朝、雨音が部屋に漏れる。終日雨の予報で、豪雨に注意して過ごさねばならぬ危険な日。今日から夏休みである。
19時、飲屋街の鍛冶町を歩くと、顔が焼けたイルカの像が撤去されていた。大通りに面して必ず目にしていた不気味な像が、改装の都合か何かでまっさらにされていた。ぼくはあれが好きだった。前頭部のコブが焼失して内部の空洞が露わだったイルカの不在は、この街の視点の不在になってしまった。
22時、知は商力だと思わされた。カウンター席に座って、ぼくを知っている、というだけで長居させられる。会話の節々に知の片鱗が見え隠れして、ぼくがそれを掴みかける頃には彼女は離れる。1杯だけのつもりが、ジャパニーズウィスキーを2杯。
YADORIGI COFFEE ROASTERS TANZANIA AB Living Stone 抽出。🐈

07/28
朝、はたけ。寝坊して、先に収穫していた二人を待たせてしまった。トマト、ネギ、キュウリを収穫。雨はときどき気持ちいいくらいに降って、ひんやりしていた。
夕、父と飯を食って、風呂に入る。実家に帰ってからは小川のように流れる時間を過ごして、以前、父に勧められた『山女』という、柳田國男の『遠野物語』を基にした映画を観た。村の信仰の危うさと、女の帰属先の逍遥と信仰先の一時の喪失に痛ましさを感じ、これを父が勧めたのは、深浦のような東北の田舎に未だその「空気」が、形を変え流れ続けていることを言いたかったからなのだろうか、と寝入った父に聞くことができず、そのまま自身も寝入る。🐈

07/29
13時、祖母と隣町の〈海の駅わんど〉に行く。カートを押して買い物をする祖母を横目にぼくは珈琲を飲んで寛ぐことにした。店員はぼくと同い年くらいの男性だった。会計、抽出、提供までの過程を俊敏に動き、肩の張った体格、たぶん、元野球部だ。
中学の頃に、鯵ヶ沢中学校野球部の連中にぼこぼこにされたのを思い出す。長身のピッチャーの肩が強く、豪速球を返せずに打席に立つだけで恐れ、半べそかいたんだった。キャッチャーの肩も強く、盗塁のサインが監督から下されるたび緊張して失敗してきたんだった……ん、この人、強肩のキャッチャーに似ている気がする。
窓の外には降らない雨雲が流れていた。海が黒く染まり、波止場の漁船が波風に煽られガタガタと音を立てているのが分かった。祖母が帰ってきた。
16時、町内放送「もうすぐ午後5時です。小学生は帰宅する時間です。中学生は午後6時までには帰宅しましょう。交通事故や病気に気をつけ、感染症、熱中症に注意し、あしたも元気に、生活しましょう」少し前まで地元の小中学生が喋ったものが、いまでは機械音である。
CAFÉ 水とコーヒー 鰺ヶ沢店 ブラジル W 550円。

07/30
Sと仙台市へ。明日のライブに備える。
KEYAKI COFFEE 卸町店 Colombia Finca la Bonita Geisha Honey 990円。

07/31
18時半、宇多田ヒカルのライブ。生きていてよかった、生きてくれて嬉しかった。そんな幸福が〈セキスイハイムスーパーアリーナ〉を包んでいた気がした。初めて見た宇多田ヒカルは小豆大の顔で輪郭だけ追えた。昨日泊まったゲストハウスの場主が「俺と同じ歳なんだ。昔テレビに出てた時の見たことある?奇妙なこと言うから変だったのさ」と嬉しそうに話していたのを思い出しても、やっぱり目の前で話す宇多田ヒカルの「近くのすごい古墳に行きたかったけど、虫に刺されると嫌だから行けなかった」とか「コンタクト変えてきたよ、みんなのこと見えるよ」とか「夜眠れない時に見たオリンピックね、日本のだけでなくてどの国も、こう、熱くなってこっちもがんばろって思えるよね」とか文脈から離れたところからやって来る異質さに驚きつつも普通のことを言っている気がして、後ろの席の青年の呟きと一緒に「可愛い」と思えた。歌は、終盤になっても勢いが衰えない。ぼくの右側に立つSが拍子に合わせてすこしずつ左に寄ってきて、左目でしか宇多田ヒカルが追えない時があったが、そこは親友なのでそっと後ろから両肩を掴んで戻してやった。「良い夜を〜」と言って宇多田ヒカルは舞台袖の暗闇に消えていった。

7月はいのちの燃える時間。

8月分は、9月になれば。
今月分を素地にしたエッセイを8月中旬に投稿します。

著者近影 📍岩木山9合目 photo by K.M.

プロフィール
米谷隆佑 | Yoneya Ryusuke

医学生. 98年生. 2021年 ACLのバリスタ資格を取得.
影響を受けた人物: 日記は武田百合子, 作家性は安部公房, 詩性はヘルマンヘッセ, 哲学は鷲田清一.
カメラ: RICOH GRⅢ, iPhone XR

この日記は、普段Threadsで投稿している日記をまとめ、加筆修正したものです。生日記をご覧になりたい方は、ぜひ下のリンク先からどうぞ。お待ちしてます。

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