ジャムフォース(短編SF戦記小説)

 浩とミナトは、仲の良い幼馴染だった。
 そして一緒に高校の卒業後、浩は自衛隊航空学校に入校、ミナトは大学を経て小さな会社に就職した。

原案 米田淳一

 浩はその航空学校で戦闘機パイロットを目指していた。そして物語を書くことも好きなミナトはその後、仕事の傍ら書いた作品が投稿サイトで人気を博し、書籍デビュー寸前となった。

制作 米田淳一未来科学研究所

 そんなありふれた希望を夢見て、それに期待した2人。それが事実、幸せなことに順調に叶い始めていた。

協力 エビコー鉄道研究公団

 ある夕暮れの公園で、2人は忙しい日々の中、ようやくとれた休日の久しぶりのデートの最後を締めくくろうとしていた。
「あと、私の本が出たら、その時、あなたに言いたいことがあるの」
「え、それってまさか」
 浩は告白に驚いている。
「まだそれ以上はノーコメント」
 指で内緒の仕草をするミナト。

 今日一日の楽しい記憶を思い返しながら、おだやかに笑い合う二人。

制作著作 ジャムフォース製作委員会

 だがその二つのささやかな希望に、そのあと暗い残酷な影がさしたのだった。

ジャムフォース

 2028年、人類と『ディスピア』との戦いが始まっていた。
 ロシア・コラ半島の人類の堀った世界で一番深い穴・コラ半島超深度掘削坑の最深部で起きた空間異常現象のあと、未知の超生命体が世界各地に出現した。
 その超生命体は人類の科学では全く分類できない、生命ともロボットとも判断のつかないものだった。彼らは人と都市を次々と襲い、それが発表された2ヶ月後にはモスクワが、その1年後にはプラハとベルリンがその攻撃のため灰燼となり、放棄するしかなくなった。
 人々を容赦なく襲うその彼らを、人類は『ディスピア』と名付け、恐怖した。
 それを排除しようにも通常兵器がなかなか効かない彼らに対して、国連ではとりうる数少ない対策として都市の放棄と戦術小型核兵器による反撃がなんども議論された。そんな無謀なことはできないのだが、それほどにも人類は追い詰められたのだった。
 そして2030年、またたくまに中国大陸はディスピアによって占領されていた。あれほど隆盛を誇り日本と対立してきた中国政府は、追い詰められた結果なんと日本に移動した亡命政権となっていた。
 その日本でも沖縄・九州も先月奪われ、ディスピアとの苛烈で絶望的な地上戦は、現在広島と岡山の間の前線で繰り広げられている。

 そんななか、期待していたミナトの本は、約束されていた出版がされないことになった。この事態に不要不急という理由でだった。すでに日本も世界も物資を配給制にするほどの窮地で、とてもじゃないが娯楽出版物を刊行し流通させる余裕はどこにももうなかった。編集作業ができる出版社も、流通させる運送会社も、営業できる書店も、それどころか出版に必要な紙やインクすらも不足していたのだった。
 その失意の底のミナトに手紙が届いた。

 差出人は防衛省技術研究本部だった。

 相模原の防衛省技術研究本部第9研究所にミナトは呼び出された。
 そこで出会ったのは、同じく集められた似た境遇の書き手22名だった。ほかにサポートディレクター11名、サポートアートエンジニア11名も選ばれていた。みな出版やウェブ小説の関係者だった。
 この合計44名に与えられた使命は、この苦境を変える物話を書く、というものだった。
 そんなものは書いたところで所詮フィクションにすぎないのだが、それでよいのだというのが44名を束ねる陸自出身の指揮官の女性1佐の言葉だった。集まったみな、その意味が全く理解できなかった。書いて戦う、なんて、どうやってもどう考えてもまったく意味がつながらない。それは自衛隊と普段縁のない彼ら民間人だからというわけでもないようだった。
 その44名につけられたチーム名は『ジャムフォース』。正式名は『陸上自衛隊陸上幕僚監部付属特殊情報戦研究実証隊』というらしいが、だれもこんな役所らしいひどく長い名前では呼ばなかった。
 そして、その任務もその意味も、そこからまだ良く説明されなかった。

 *

「おい、何読んでるんだ」
 冷やかし気味にパイロットスーツの男がソファに座っている浩に声をかける。
「ちょっと、なー」
 浩は休憩時間に私物のケータイでウェブ小説を読んでいた。空母には衛星回線につながった、乗員たちの私用にも使えるWi-Fiが備えられている。
 ここは自衛隊の空母〈じゅんよう〉の航空要員休憩室。自衛隊はこの事態の寸前に、通常動力型ながら米大型空母に匹敵する規模のこの強力な空母を就役させていた。その名前は大戦中の帝国海軍の正規空母〈隼鷹〉に由来している。自衛隊最大の、そしておそらく最後の空母だろう。このときすでに他の自衛隊の空母〈いずも〉も〈かが〉も、ディスピアとの戦いで武運が尽き、撃沈されてもうないのだった。
 浩はこの最後の空母に搭載された自衛隊の可変戦闘機パイロットになっていた。
「おまえ、こんなヤバいときにほんと、余裕あるなあ」
 この配管むき出しのグレーずくめの部屋に、パイロットの同僚が笑う声が響く。
「むしろこんなときだからさ。心をなくしちゃ人間じゃなくなっちまうから」
「そうだな……。異世界転生だの無双だのハーレムだのって言ってられたあのころが、そんなに経ってないのに本当に懐かしいよ。今はみんなそんな余裕もすっかり失っている」
「負け戦ってのはそういうもんだよな」
 浩はそう答えた。
「人類、これからどうなっちまうんだろうな」
「知らねえよ。俺たちは何も考えず戦うだけだ。それが使命だ」
 正規空母〈じゅんよう〉以下の艦隊はその地上戦の支援のために、穏やかな凪の相模湾を航行している。

 その空母の中枢、戦術情報センター(CDC)に緊張が走った。
「アンノウン(識別不明機)探知! 方位281、距離17000、まっすぐくる。識別応答なし。特徴から飛翔形ディスピアと判断。その数12!」
 レーダー員が接近する脅威を報告する。
「対空戦闘! 航空隊全機、発艦せよ!」
 戦闘指揮官が命令する。同時に空母は全速力で回避行動に入った。
「間に合いません!」
「全艦火器使用自由! ディスピアを阻止せよ!」
 護衛艦が必死に発射機からミサイルを次々と打ち上げ、艦砲を連射し、機銃で弾幕を張ってディスピアを迎え撃つ。しかし彼らはその奮戦にも関わらず、一隻、また一隻とディスピアの攻撃を被弾し炎上、脱落していく。ディスピアにはミサイルも、120ミリ艦砲弾も、20ミリ機銃弾も殆ど効かないのだ。

 浩は搭乗員待機所にいた。発艦する時間がなかったのだ。
「まさか、この空母も沈むのか」
「くそ、当てろ!」
 その部屋のモニターに映る対空戦闘の様子に、他の発艦できなかったパイロットたちからも声が出る。
 その空母に近い弾着で上がった水柱の水が、ドドドッと彼らの上の飛行甲板を叩く轟音になる。
「飛行機乗りだ、死ぬのは覚悟してる。でも手も足も出ないこんなところで死ぬなんて」
 パイロットたちもとうとう不安を隠せなくなっていた。
「まだそう決まったわけじゃない」
 唇を噛む浩だが、対空戦闘は明らかに劣勢だった。

 そしてついにディスピアの攻撃が輪形陣の中心の空母に迫った。
「急回避取舵一杯!」
「取舵一杯!」
 空母がその巨体をよじって急回頭しようとする。
「ディスピア、なおも接近! 避けられません!」
「全員衝撃に備えよ!」
 直後、排水量9万トンの空母が、その巨体にも関わらず、がくんとつんのめって姿勢を崩した。
「被弾! 各区画損害を報告せよ! ダメージコントロール急げ!」
 しかし空母の損害表示装置の表示は、鮮血が飛び散ったような色であちこち真っ赤だった。そして報告が戻ってこない区画が多かった。すでにそこに配置された乗員がすべて絶命しているのだ。
「被弾箇所3、うち喫水線下1! このままでは艦が沈みます!」
 ついに艦長が口を開いた。
「カタパルトクルーを残し、総員退艦!」
「カタパルト?」
「航空隊を、彼らを絶対に射出するんだ。彼らをこの艦上で死なせるわけにはいかん!」

「テイクオフ!」
 被弾で傾斜し始めた空母の飛行甲板から、浩たちの操縦する最新鋭航空制圧型高機動可変戦闘機F/Aー87D〈ブラックオウル〉が電磁カタパルトの力で次々と射出された。そのすべてを発艦させたあと、空母のカタパルトクルーはすぐに退艦しようとするが、彼らにも容赦なく沈没するこの空母の火災の火と破片が襲う。

 その後艦長は艦隊司令とともに、その炎上し沈み始めた空母の艦長室にいた。その部屋の映像モニターには、攻撃を受けた〈じゅんよう〉以下艦隊の上空で、彼らを旋回して見守っている飛行隊が見えている。
「ディスピアに負け続けだが、希望はある。彼らが空にいる限り」
 そう言って艦長と航空隊司令は、艦長室に中から鍵をかけた。多くの乗員を犠牲にしてしまった責任をとって二人は脱出せずに沈むこの空母と運命を共にするのだ。
「しかしこれ、ここにきて妙な間があくなあ。戦死までの暇つぶしに本でも読もうか」
 喫水線下にも被弾しているのになかなか沈まない頑強な空母。しかしもうその運命は決まっていた。惜しい。悔しい。その気持ちだったが、そこで司令は艦長室の本棚を見て微笑んでいた。
「そうですな。読みながらこれでもやりましょうか。この本、私が船乗りに憧れたきっかけの本なんですよ」
 艦長がとっておきのウイスキーを取り出した。
「いいな。それ。俺も本に描かれた勇敢で有能な提督たちに憧れて自衛隊に入ったんだ。ありがちだが」
 司令もうなずいた。

「結局、そうは、なれなかったな」

 自衛隊の保有する最後の空母〈じゅんよう〉以下6隻の艦艇がこの過酷な海戦で失われた。その司令・艦長以下多くの乗員の命も、帰らぬ海の藻屑となったのだった。

 *

 その海戦のあと。

「ディスピアってそもそも一体、何なんだろうな」
「捕獲した個体の分析ではバイオとマイクロロボットのハイブリッドだって説もあるが」
「正体のわからない相手と戦うのは独特の辛さがあるよな」
「正体わかっててもつらいのにな」
 浩たちは厚木基地に降りた。母艦を失った航空隊となった彼らも、それでも戦い続けるのだ。今は一人でも優秀なパイロットが必要なのだった。
 浩は厚木基地のエプロンで整備を受ける愛機を見上げた。自衛隊の誇る最新鋭可変戦闘機。高機動ミサイルを搭載し、無人戦闘ドローンを多数運用可能な上に、変形して地上戦闘も可能な強力な機体。かつてのアニメで描かれたものにそっくりなのだったが、こういう事態のなか実戦配備されたので、あまり人々に知られていない。
 その双尾翼に描かれたグレーの翼騎士(ウイングナイト)のエンブレムが、傾いた夕日に照らされてぎらりと輝いている。それはこの絶望的な戦いの中、その勇ましい姿にすがりたいという人々の気持ちの現われだった。

 横浜の研究施設でディスピアの分析解剖作業が行われていた。そのロボットでもなく昆虫でもなく動物でもない体の構造には、奇妙なことに、人間の脳ににた構造がいくつも見られることだった。遺伝子もヒト遺伝子に近いものが存在していた。
 その分析の結果わかったのは、ディスピアが人間の脳に反応し、『役に立たないもの』を排除するように育てられたバイオAIであることだった。
 ロシアが『世界の底』と俗称されるコラ半島超深度掘削坑の最深部の量子もつれ遮蔽研究施設で実験していた世界を流通するSNS言語空間でのフェイクニュースを検出するAIの研究が、なぜか作った話を読み書きする人間の量子脳内反応に反応し、それを無条件で攻撃する超生命体・ディスピアを作り出してしまったのだった。ロシア政府はそのことをひた隠しにしていたが、この事態の悪化に鑑み、まだ生き残っている各国政府に情報公開したのだった。
 人類にそこでの選択肢は2つしかなかった。人間としてもう読み書きを諦めディスピアにただ屈服するか、ディスピアに負けずに物語を読み書きする心を持ったまま絶滅するか。
 その悲壮な二択しかなさそうだった。
 だが、そのどちらでもない選択肢を、ディスピアの精密分析のなかから見つけたのが彼らだった。
「物語が武器になるなんて、荒唐無稽にもほどがあるけどな。ほんと」
「それはディスピアに言ってくれよ。俺も正直たまんねえよ」
 横浜みなとみらい地区。その歩道で研究施設をあとにした自衛隊の技官2人がぼやきあっていた。ようやく長くかかったディスピアの分析結果がまとまったのだ。
「ディスピアへの反撃に、人間の役に立たないはずの物語が一番役に立つなんて、何の冗談だって言いたいけどな」
「本当は、物語なんか少しも役に立たない方が楽しいし、その方がずっと世の中が豊かで幸せなんだと思うぜ。でも、今は物語を書き、それに人類が没頭することが、ディスピアに一番のダメージを与える可能性があるんだ」
「でもこのいまじゃ、その物語を描ける人間は稀だ。このディスピア事態のせいで、人々はもう物語るには心にも金銭的にも余裕がなくなっている」
 たしかにそうだった。いくつもの小説投稿サイトが、運営資金も運営人員も不足している上に不謹慎だ、不要不急だという批判で閉鎖に追い込まれていた。
「書き手のほうが読み手より多いんじゃないかって言ってたあの時代が懐かしいよ。あれはどんなに炎上したとしても、今よりはずっと平和で豊かだったからな」
 そういう二人の前を、ディスピアの侵攻に備えて展開する自衛隊の地対空誘導弾部隊のオリーブドラブの長い車列が通過していく。
 その背後、霞んで見える横浜ランドマークタワーの外壁に取り付けられたフェイズドアレイレーダー。隣の横浜銀行ビルの屋上には自動対空機銃が設置されている。多くの有名な高層ビルがそういった武装を施され、世界中のほとんどの都市が同じようにディスピアに対抗する要塞都市に作り替えられていた。

 *

「でも、この作戦を実施するのがなぜこの三鷹なんだ?」
 その分析の結果、立案された人類の反攻作戦『ライティングジャム』の実施の場所に選ばれたのが東京・三鷹だった。
「他にいい場所がないんだ」
 事実そうだった。東京もすでにディスピアの幾度もの空襲であちこち随分痛めつけられていた。
「それにここには国立天文台があるからな」
「それ、関係あるのか?」
「作成した物語の送信に国立天文台の施設も使うんだ。でもその代わりにジブリ美術館を疎開させる必要ができた」
「まだあれ、疎開してなかったのか」
「ああ。この事態の悪化にそこまでぜんぜん手が回ってないんだ。その目処も未だ立ってないまま、この三鷹一帯が戦場になるかもしれない」
「なんてことだ」
 そういう二人の自衛官から見える、近くのビルの屋上に対空自動機銃が据え付けられている。この三鷹の街もまた武装するのだ。三鷹駅にはその応援で対空ミサイルを備えた鉄道自衛隊の装甲列車も展開することになっている。

 *

「東京方面に太平洋方向から侵入する高速飛翔体あり。トラックナンバー3389を付与。目標3389、識別-赤、大型飛翔ディスピアと思われる。その数12、現在百里、三沢より迎撃機発進。迎撃機の会敵予想時刻、三沢は10分後、百里は12分後。予想位置、犬吠埼から東40キロの海上」
 市ヶ谷、自衛隊中央指揮所にまた緊張が走る。
「三沢からの迎撃機、まもなくエンゲージ」
「ダメです、迎撃機で阻止できません!」
「ディスピア群、成田上空を通過、東京上空に侵入します!」
「武山第2イージスアショアが応戦中!」
 横須賀市武山にある地上配備型のイージスシステム・イーズスアショアが垂直発射機から猛然とミサイルを打ち上げ、ディスピアを阻止しようとする。だがディスピアは方向を変え、その武山に向かう。イージスアショアはそれに向かって自衛用ミサイルと機銃に切り替えて必死に反撃する。だがディスピアの持つ障壁がそれをすべて無効にしてしまう。
 そしてディスピアがその障壁をアショアに向けて投げつけた。衝撃波と爆風でアショアのフェーズドアレイレーダーを備えた巨大な施設がゆるぎ、直後無残に吹き飛ばされる。ディスピアの無情な咆哮が横須賀の大地に轟いていく。
「武山イージスアショア、沈黙! 脱出者なし」
 沈痛な空気が指揮所に流れる。
「習志野第1、霞ヶ浦第3アショアが応戦中! しかしディスピアの侵攻が止まりません!」
「彼の目標は?」
「三鷹で作戦実施中のジャムフォースと思われます。現在防備に習志野高射教導隊が展開、射撃を開始します!」

 そのとき『ライティングジャム』作戦はすでに始まっていた。ミナトたちの集まった三鷹のその施設では、ミナトたちが物語の作成を集中的に行うことになっていた。しかしここはディスピアの侵攻目標にもなっていた。ディスピアには自衛隊の、人類の意図を理解する能力があるのかもしれない、と多くが思い、その不気味さに戦慄していた。
「すぐに避難してください! ここは危険です!」
 施設の一般職員が言う。だが誰1人としてやめようとしない。
「私の責任でこのまま続けます。施設の一般職員は先に退避してください」
 ジャムフォースの指揮官の1佐はそう言い放つ。
「でも、こんなことをしてたら」
「犠牲は覚悟の上です。物語ることだけが、現在ディスピアに対抗する唯一の方法なのです」
「そのためのエビデンスはあるんですか?」
「たしかにそれが不足しています。しかし目下、他のいかなる作戦より、望みはあると思います」
 三鷹の街に響く陰惨なJアラートの国民保護法制サイレンの中、それでもミナトと43人は書こうとしはじめた。
 どうあっても、私たちは書くことが、本当に好きだから。
 私達はそれでも、書くことに、未来と希望をまだかけてるから。
 そしてミナトはさらに思っていた。
 書くことで、パイロットになる夢を叶えた、浩に追いつきたいから。

 三鷹の臨時前進指揮所の天幕の下で、この作戦の混乱がさらに進んでいた。
「上空に侵入したディスピアらしき飛翔体から何かが次々と降下しています! 降下しているのは……多数の人間型ディスピアです!」
「なんてことだ、ディスピアは空挺作戦までするのか!」
「地上の普通科部隊に緊急命令! ディスピアのセンターへの来襲を絶対阻止!」
「間に合いません! センター付近で近接戦闘になります!」
「絶対に阻止して! ジャムフォースは戦闘訓練なんかうけてないのよ! 裏口は陽動よ! ディスピアは正面の防備を薄くしたい意図でうごいている! 正面を突破されないようにディフェンスを!」
 ディスピアの侵入に対して指揮を執る3佐の声が響く。
「質悪いぜ。まるで人間のように攻めてくるなんて」
「同じ人間のどっかの国との戦争のほうがまだマシじゃないのか」
 防御する隊員たちがぼやく。
「そうね。私達、まだこういう戦争に慣れてないものね」
「センター正面が突破されました! 作戦実施中の第一会議室まで、もう遮るものがありません!」
 会議室への扉の前のバリケードで、小銃をもった隊員たちが覚悟する。ここを突破されたら44人は間違いなく殺される。
 そのとき、侵攻路の会議室への踊り場が吹き飛ぶ。
「やられたか!」
 だが、それで侵入しようとしたディスピアが一斉に吹き倒され、阻止された。
「何が起きている?! 報告を!」
 踊り場の跡の壁に空いた大穴の向こうに見えるのは、強烈な光源だった。
「まさか!」
 戦闘機の機首が大穴から覗き込むように見えた。機銃弾で踊り場を爆破したのは、大型着陸脚を出して空中に浮かんでいる最新鋭可変戦闘機だったのだ! 
 ミナトは気づいた。
「浩!」
 エンジンの轟音に負けずに、それを操縦している浩の声が聞こえる。彼は厚木基地からここの防衛に出動したのだ。
「ミナト、書いてくれ。ディスピアにそれでも抵抗する俺たちのことを。俺たちが心までディスピアに毒される前に!」
 ミナトはうなずいた。
「そうだ。君たちが書く限り、我々は負けない!」
 浩はそう言うと、可変戦闘機をさっと変形させ、アフターファイアを引いてまた空に舞い上がっていった。

 こんななかでは書けないかもしれない。でも書くのをやめたら本当に書き上がらなくなる。ミナトはそのプレッシャーに口を歪めた。
「浩があんな戦い方をしてる!」
 アフターバーナーを全開にして突進し、それで注意を引き、そこで迂回させた高速戦闘ドローンのレーザーでディスピアを撃つ。その直後に近距離用ミサイルを連射する。しかしディスピアには効かない。それでも撃ち続ける。それで間合いがなくなると今度は着陸脚を出しロボット形態に変形してそれでケリを入れる格闘モードに入る。そしてすばやく変形してまた空中戦を繰り広げる。まさに獅子奮迅だった。
 その戦いを他の部隊も支援する。
「弾ー着、いま!」
 遠くの公園に展開した特科部隊のFH-70榴弾砲砲列の砲弾が、地上のディスピアに雨あられと降り注ぐ。猛烈な破壊が砲弾のVTヒューズの作動で吹き付ける。しかしディスピアはそれをものともせず、なおも次々と施設に襲いかかってくる。それに機動戦闘車や戦車の戦車砲弾を撃って自衛隊は必死に市街戦を戦うが、それでも少しずつ追い詰められていく。

 外での戦闘の轟音と振動が続く中、ミナトたちは物語を書くためにアイディア出しをしていた。そして思っていた。
 そう、ここで昔、「NovelJAM」というイベントをやったのだった。あのころはまだディスピアもいなかった。そんな話も少しもなかった。想像するものすらいなかった。ただみんなで限られた時間で原稿を書いて本にしてそれを読み合うだけの、ただ楽しいだけのイベントだった。
 あんな楽しいイベントはなかった。 
 それが、どこをどう間違ったのか、同じ場所で同じように短時間で本を作ることが、切実に役に立つ戦いになってしまった。つらいことだったが、それでもやるしかなかった。
「そもそもディスピアは実験のまえから僅かだけど存在してきたらしい。物語を読むときの人間の脳の特徴的反応に苦しむようにディスピアはなっている。それは極限の寂しさににた心的エネルギー、それがディスピアのエネルギー源だという」
「ディスピアには心があるんですか」
「そう。それで寂しさに似た感情で、物語とそれを思う人々を滅ぼそうとするらしい」
「ものすごく歪んでますね……でもなぜ」
「わかんないよ……そんなの!」
「そこで思ったんですけど、ディスピアは本当はどうしたいんだろう?」
 検討の中でたミナトのその言葉にみんな、驚いた。
 サポートディレクターがうなずいた。
「その視点、すごくいいと思いますよ。それでいきましょう!」

 その『書く戦い』に、終わりが見えてきた。
 浩、あともう少しで脱稿するよ! 
「出来上がったらそのまま送信施設に送信します!」
 ミナトのチームはなかでも遅れていた。でもこんなときだからこそ、クオリティを上げたかった。すこしでも多くの人類に届くように。悲しいけど、それが今、人類の絶望を回避する唯一の望みなのだ。
 あの平和な時代のように言うなら13時120分、予定の13時から2時間遅れで、ミナトがそう思って遅れていた原稿の最後の文字を打とうとしていた。
「できました!」
 だがその同時に、浩の機体をディスピアの放った空対空ミサイルが吹き飛ばした。
 そしてその爆風と鋭い金属の破片は、コクピットのキャノピーを深くえぐったように見えた。
「浩!!」

 ミナトがそのときに書きあげた話は、ディスピアを擬人化した物語だった。
 それがディスピアに一番効いた。それをモチーフに書かれた22種類の物話は、その作品世界を表したイラストとともに電子と紙で世界中に配布され、それを読んだ多くの人の量子脳内反応が、期待したとおりにディスピアを生じさせた空間異常『サドネスレイヤー』も急激に弱体化させていった。

 そして国連がこのディスピア危機の終焉への見込みを声明で発表したのは、その2ヶ月後だった。

「また、無駄な、役に立たない物語を好きにいくらでも書ける世の中が戻ってくるんだろう。そしてそれを肴に、無限にああでもないこうでもないと議論したり、誹謗中傷したり炎上したりする、平和な日々が戻ってくる」
 サポートディレクターがそうつぶやいた。
「でも、失なわれた命はもう戻ってこない」
 ミナトは悲しげにそうつぶやいた。
「だから、それを書くんじゃないか。書くって、もともとそういうことだよ」
 ミナトはうなずいた。
 あの日のように傾いた夕日が、また彼女たちを照らしていた。

 その夕日の空を、ミナトの見つめる飛行機雲が伸びて真っ直ぐに横切っていく。

〈おわり〉


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?