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「ラ・クンパルシータ」はタンゴじゃなかった?

おそらく一般的に最もよく知られているアルゼンチンタンゴといえば何といっても「ラ・クンパルシータ」。
タンゴはほとんど知らないという人でも、印象的な冒頭を聞けば「あの曲だ!」とわかるでしょう。タンゴ楽団がアンコールの定番として演奏することも多い曲です。
あまりにも有名すぎる曲のため一種のパロディのように使用されることも多く、「黒猫のタンゴ」や「団子三兄弟」といった童謡もこのラ・クンパルシータを誇張したような作りになっています。

このように「アルゼンチンタンゴの代表曲」とみなされがちなラ・クンパルシータですが、実はその誕生エピソードを知ると果たしてこの曲が最も典型的なタンゴといえるのかどうか?という疑問がわいてくるのです。

カーニバルの小さな行列

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「アルゼンチン」タンゴの代表曲と紹介されることも多いですが、実はこの曲が生まれたのは隣国のウルグアイ。しかも驚くことに作曲したのはアマチュアの大学生でした。
クンパルシータとは「カーニバルの小さな行列」という意味で、もともとはタンゴではなくカーニバルの行進曲として1914~16年頃に作曲されました。
ウルグアイの首都モンテビデオの大学に通うヘラルド・マトス・ロドリゲスが仲間とカーニバルのパレードに出るために即興で作曲した作品が原型となっています。

この青年の父はモンテビデオの有名なキャバレーの経営者で、1917年にこの地に滞在していた人気タンゴ楽団のロベルト・フィルポに息子の作品の演奏を依頼しました。
フィルポはアマチュアの作品など演奏したくなかったでしょうが、町の有力者のリクエストには逆らえず、しぶしぶタンゴに編曲して演奏することにします。
あまりにも素朴すぎる曲でそのまま演奏するには堪えなかったので、対旋律をつけたり、新しく第3部を書き足したりと大幅に手を加えて、フィルポはロドリゲス氏の顔を立てました。
こうしてカーニバルの行進曲はタンゴとして生まれ変わったのです。

歌でヒットしたラ・クンパルシータ

その後はこの曲はしばらくほとんど話題に上りませんでしたが、1924年に作詞家パスクアル・コントゥルシが無断でラ・クンパルシータに歌詞を付けたバージョンを発表したことが転機になりました。(このコントゥルシという人は耳が良かったようで、聞き覚えた曲に勝手に歌詞をつけて発表することが多かったのです)

この歌付きバージョンのラ・クンパルシータがまさかの大ヒットとなり、多くの楽団や歌手がこぞってこの曲を取り上げるようになります。
もちろん「作曲者」のロドリゲスはこれが面白いはずがありません。それからは作曲者、作詞者、編曲者が入り乱れての著作権を巡るごたごたが何年も続くことになってしまいました。

その頃には多くの楽団が好き放題にこの曲に手を入れて編曲していたので、すでに数多くの異なるバージョンのラ・クンパルシータが生まれていました。
中には定番のようになったアレンジもありますが、その最たるものがバンドネオン奏者ルイス・モレスコの作ったバンドネオン変奏です。
これがあまりに出来がよかったので多くの楽団が取り入れるようになり、この変奏は作者の名前そのままの「モレスコ」と言われるようになりました。

こちらの動画の3:47からがモレスコの変奏です。

大嫌い!なのにアレンジしちゃうピアソラ

アストル・ピアソラが、ラ・クンパルシータが大嫌いだった事は有名な話です。
自伝によると「最低のタンゴ」と周囲に語っていたようですが、その一方で「きちんとアレンジを施せばそれなりによくなる」とも考えていたようです。
ピアソラは何回かラ・クンパルシータを録音していますが、どれも原曲をかなり自由に解釈して「自分の世界」の方に近づけようとしているのが興味深いです。原曲の主旋律が完全に裏メロになってしまい、ピアソラの作ったメロディの方が主旋律になっているなど、まさにやりたい放題。

作曲・編曲能力への自負の強かったピアソラからすれば「つまらない曲でも俺が手を加えたらこんなにかっこよくなるぞ!」という職人的なプライドがあったのかもしれませんね。

ここで紹介している音源はラジオ番組からの録音らしく、3パターンのアレンジを聞くことができますが、本題は0:34ごろから。途中スペイン語の解説が入ってきます。

ラ・クンパルシータで聴き比べ

ラ・クンパルシータはもともとアマチュア音楽家の作った素朴な行進曲でした。
しかしそれは決して悪いことではなくシンプルな力強さがある作品だからこそ編曲の自由度が高く、それでいてラ・クンパルシータの骨格は残るというタンゴのアレンジには最適な曲だったのです。
多くのタンゴ楽団がこの曲を取り上げたのもそれが理由だったのかもしれません。

様々な楽団のラ・クンパルシータを聴いてみるとまさに千差万別。
この曲を聴き比べることで、その楽団の編曲の方向性や音楽の捉え方が見えてくるのが非常に興味深いですね。

最後に超有名楽団のそれぞれ個性的なアレンジを集めたのでぜひ聴いてみてください。

アニバル・トロイロ楽団
オスバルド・プグリエーセ楽団
フアン・ダリエンソ楽団

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