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【掌編小説】余熱

 路面に波紋を描き続ける雨粒に隠れ、涙をこぼしていたのには気付いていた。肩を抱こうとして持ち上げかけた腕を、そうしようとしたこと自体なかったことにして体の横に戻したのは、おまえがオレに笑いかけたから。

 あまりにいつも通りの笑みを前に、戸惑いを隠して向き直るしかない。気付いて欲しいのか欲しくないのか、それ以前に涙の理由さえ問うことを封じられる。

「傘、ありがとな」

 どこかに忘れてきたという言葉に相槌を打ちながら、普段そんなヘマをしないことには言及しないでおいた。

 明日にはすっかり濡れた街が乾いても、小さく息を震わせた気配を忘れられない未練が雨の名残を探してしまいそうだ。





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