第10夜 TOPIC3|「小さな町の建築技師」の面白さ。町の未来を支える多能職。(田畑耕太郎さん/住田町役場/一般社団法人SUMICA)


こんばんは。住田町役場の田畑と申します。私はもともと秋田の出身でして、大学進学に伴って故郷を出たあと、7年ほど東京で暮らしていました。ですので、いま働いている住田町はそもそも縁もゆかりもない土地なのですが、大学院2年の夏休みに初めて住田町を訪れ、その後さまざまなご縁が重なり、翌年の4月から住田町役場で働き始めることになりました。入庁したのが2015年ですので、住田に移住してまる5年が経った、ということになります。

まずはみなさんに少しでも住田のことを知っていただければと思い、こんな資料を用意しました。この表は、本日登壇されるスピーカーのみなさんが働かれている地域を比較したものです(※長崎市の平山さんは急用で今回は欠席)。

画像10©田畑耕太郎

住田町がいかに小さな町であるかがお分り頂けると思うのですが、だからこその魅力もたくさんあります。もともと岩手は東北新幹線と高速が通っている県西部と、海沿いの県東部に人口が集中していて、住田はそれらをつなぐ旧街道筋の宿場町として栄えたまちであると位置づけることができます。街道沿いに並ぶ町家は大変特徴的なまちなみを形成していますし、気仙大工による寺社仏閣や様々な時代の橋など、美しい建造物や風景がたくさん残っています。例えばこの橋、僕がすごく好きな風景の一つなんですが…とっても綺麗でしょう?

画像9©田畑耕太郎

住田町を紹介する上で避けては通れないのが、東日本大震災との関わりです。海に面していない住田町は、津波による直接的な被害を受けることはなかったのですが、周辺の市町村にお住まいの被災者の方々を受け入れるため、独自に仮設住宅を作りました。実はこれ、当時としてはまったく前例のない、かなりの英断なんです。一般的な仮設住宅は、国の予算を使って県が発注者となり仮設住宅を作りますが、住田町では町独自の予算を用いて、町内の豊富な森林資源を活かした木造の仮設住宅を建設しています。
実は、この仮設住宅に住んでいる方々のために、入居者のみなさんが集まることのできる場所を作ろう、という大学の研究室のプロジェクトが、私が住田町に来た最初のきっかけでした。その後、当時役場で働かれていた建築士の方がまもなく退職されるというタイミングで打診を受け、翌春には移住に至った、というような次第です。

官公庁が果たすべき役割とその意義
「小さな町の建築技師」がどんな仕事をしているのか、ということをお伝えするにあたり、ふだん私が関わっている業務を大きく5つに分類してみました。

画像9©田畑耕太郎

こうして業務を俯瞰してみると、①町に必要とされている建築を構想する段階から、②設計業務を経て、③工事を発注し、④その後施設を運営するまで…つまり、ある建物のはじめからおわりまで、そのすべてのプロセスに関わることになるんですね。ちょっと大げさかもしれませんが、デベロッパーであり、設計者であり、ファシリティマネージャーでもある、というふうにも言えると思います。
さて、ここで、「公務員の仕事」を知ってもらう一助として、昨年島根県がアーキテクチャーフォトジョブボードで職員公募を行った際に公開したテキストを紹介させて下さい。山本大輔さんという敏腕県庁職員の方が書かれた文章なのですが、官公庁が果たすべき役割やその意義らしきが、とても端的に表現されています(https://job.architecturephoto.net/jobs/012838/)。住民から集めたお金を住民の代わりに執行する「権限」を与えられているのが官公庁であり、それゆえその業務には大きな責任が伴う…しかしその一方で、建物が建つ前提条件を組み立て、また同時にそれらを書き換える力を持ち得ている存在でもある…と、僕はそんなふうに読みました。こうしたテキストに触れるにつけ、ひしひしと感じるのは、「何を/どこに/どのくらいの規模で/いくらのお金で」というような「建物が建つ前提条件」を組み立てるフェイズって、実はとても大事なんじゃないか、ということ。この「そもそもの前提条件」が適切なものになっていないと、やっぱりいい建築は建たないんじゃないかなあ、と思うんですね。なんだか実に当たり前のことのようにも聞こえるんですが、ではその当たり前をきちんと遂行できる体制にある発注者なり自治体なりは一体どのくらいいるのか、という…。住田町のような小さな自治体に限らず、建築の技師職に就くと様々なフェイズで建築物に関わることになると思うのですが、その中でも「適切な前提条件を組み立てる」という業務は、とても重要な仕事なのではないかと感じています。

「地域の未来を担う建築」を企画する
さて、続いては、そんな「前提条件」を作る仕事=設計プロポーザルのお話です。住田に来てから3つほどプロポーザルを企画しているのですが、その第一弾がSALHAUSさんの設計による消防署でした(「大船渡消防署住田分署」、2018)。一番の狙いとしては、「まとまりある公共建築群の再整備」。敷地の横には既に木造の役場庁舎(「住田町役場」、2014)が建っていたほか、今後も周辺の公共施設が断続的に建て替えられていくことが分かっていました。また、新市街地と旧市街地を結ぶ橋の架け替えが見据えられていたため、建物の竣工後は両者の関係性にも変化が生じてくるだろう、と。そうした意味で、役場庁舎に続く第二弾の大規模木造となる消防署のデザイン如何が、今後の中心市街地整備の方向性が決めるだろうと考えました。とするならば、そこには全体を貫くコンセプトが必要だろうと考え、「木質の中心市街地」というキーワードを与えています。
もうひとつ、役場内に根付かせたかったのが、値段以外にも判断基準はあるんじゃないか、ということ。質を担保すべき業務である「設計」という仕事の受託者の大半が、今もなお入札によって決められているというのも何だかおかしな話だよなあと、つくづく思っていまして…。全ての設計業務をプロポーザルにすべき、というような意図は毛頭ありませんが、それでも、選択肢が入札しかないというのは実に不自由な話だと思います。これを深掘りしていくと会計法という壁に突き当たるのですが、この辺りは参考文献に譲りたいと思います(WEB版建築討論「「発注者」の責任―プロジェクト運営の多様化と設計の質」http://touron.aij.or.jp/2017/11/4504)。
加えて、頭の中にあったのは、ある時期に一斉に整備された公共建築が次々と更新時期を迎えるという課題です。これは何も住田町に限った話ではなく、公的サービスの縮小が余儀なくされる中、そうした施設群をどう再配置し、まちをいかに組み替えていくか-その前例を住田町のような小さな自治体が示してみせることに、一定の意義があるはずだと考えました。こうした、ある種普遍的な課題を実施要領の端々に折り込みつつ、プロポーザルを企画していきました。

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出典元:住田町HP 大船渡消防署住田分署のご紹介 パンフレット.pdfより抜粋 https://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2018041800013/

↓設計者HPでの作品紹介

第二弾にあたるのが、廣岡さんたちに設計して頂いている公民館です。敷地内には、かつての小学校を曳家して作られた、たいへん美しい資料館があります(写真は小学校として使われていた時期のもの)。

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出典元:住田町HP 上有住地区公民館新築工事設計業務に関する公募型プロポーザルについて 【資料7】平成28年度岩手ヘリテージマネージャー育成講習会実施報告書(抜粋、一般社団法人 岩手県建築士会).pdf https://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2019072600016/files/siryou7.pdf

こちらがプロポーザルの実施要項領です。

画像9©田畑耕太郎

言いたいことのすべてがここに詰まっている、といっても差し支えないくらいの熱量をこのテキストに注いだのですが、ごくごく簡潔に言うと、決して消費されることのない価値を持つ建築を作りたい、というようなことを考えていました。この資料館、すごく素敵な佇まいですよね。小学校の建て替えが決まった際には、保存運動を起こすまでもなく、町のみんなで建物を残すことを決めたそうです。それってとてもすごいことだと思うんですが、設計者の廣岡さんには、そんなメッセージを大変真摯に受け止めて設計をして頂いていると感じています。ちょっと設計意図を紹介してもらいますね。
「僕たちが意図したのは、この民俗資料館の価値を大切にすること。この建物ができることで民俗資料館がより象徴的に佇むように意図して設計した。同時に、この公民館ができることでまちがアップデートされるようなものであることを目指し、町のネットワークが更新されるような建築を目指した。(廣岡)」

「発注者」という職能を考える
ここで、「発注」という仕事の重要性を物語る一つの資料を紹介させてください。今年の4月に発表された、「日本建築学会:長く大切にされる公共建築を実現されるための提言」という資料です。全国の発注者に向けて、設計者を選ぶための指針がとても分りやすく整理されており、大変意義深い取り組みであると思うのですが、同時に考えたいのが、我々建築に携わる人間は、これまで本当に発注者という職能にきちんと向き合ってきたのだろうか、という課題です。住田での仕事を通してなんとなく感じているのは、建築の実務に多少なりとも関わったことのある人間が…もっと言うと、「建築を信頼している」人間が、もう少し発注者サイドに増えてくれることがいちばんの近道なんじゃないかなあ、ということなんですが…。とはいえ、皆が皆発注者になればそれでよいかという話でもなく、要はバランスの問題で、実務に精通している人材が発注者サイドにおいては圧倒的に足りていない、というのが率直な印象です。全国の市町村における技術系職員の配置人数を眺めてみると、建築技師のいない市町村が実に3割以上。そういう自治体では、一体どういう人材が建物の前提条件や仕様を考えているのか。恐らくは専門外の職員の方が、大変なご苦労をされてどうにか発注業務を行っている、というような状況だと思うのですが…。あるいは、発注支援業務を外部委託するという手もあろうかと思いますが、個人的にはそういう「ものごとの根幹」に相当する仕事をヨソに出していいのか、という想いもありつつ。なんにせよ、先にもお話しした通り、この「そもそもの前提条件」が改善されないことには、どうしたって出来上がる建築の質は下がる一方なんじゃないか、と。発注サイドと設計サイドにおける人材のバランス是正は、今後の大きな課題であると感じています。さらに欲を言うと、「建築することが持つ可能性」を心から信じている発注者が増えて欲しいとも思いますが、社会的な共通資本としての建築を作るモラルが、設計者のみならず発注者側にも自覚されると、もっと面白い未来が開けていくんじゃないでしょうか。

インハウスアーキテクトという可能性
ちょっと話題を変えて、ここからは、役場の職員として関わることのできる設計のお話をします。歴史を遡ると、逓信省や日本住宅公団などの組織内には、優秀なお抱え建築家がたくさん在籍していました。近現代においても、愛媛八幡浜市の市役所職員だった松村正恒さんという方が、素敵な、そして建築学的にも高く評価されている作品を多く遺しています。

画像9©田畑耕太郎

あくまで僕の経験ベースですが、現在でも100㎡程度の小規模な建物であれば、役場職員の基本設計で十分に出来上がります。写真は実際に基本設計を行った、木造平屋の小さな消防屯所です。「身の回りにある素材をきちんと使って、持続可能なものを設計する」ということを念頭に、極力工業製品に頼らない、小屋のような佇まいの建物としました。

画像9©田畑耕太郎


このほかに、定住促進空き家の改修工事に関わる機会にも恵まれました。ZEH相当の断熱改修を行ったのですが、こういう方向性が今後のスタンダードとして町内の工務店に浸透していったらいいな、というような意図で設計をしています。

8と9のあいだ©田畑耕太郎

また、設計のみならず、工事にまつわる様々な事柄をきちん把握し、考えを巡らすことも、重要な職務の一つです。役場で工事を発注する際は、入札の予定価格を決める必要があるのですが、その積算業務を通して、建物がどういう工程で出来上がっているのか、あるいはどういう物流のネットワークが形成されているのかが把握できるんです。そうすると、地方が抱えてるいろいろなアンバランスさも見えてくるんですね。
町が発注した工事の一覧数をながめてみると、だいたいが改修と解体です。ちなみに、町が建築工事を発注すると、請け負ってくれる業者はたったの5社だけ。うち、建築士を抱えている工務店は3社のみです。さらに深刻なのは、大工さんの後継者不足や設計職の人材不足で、こうした問題については、ぜひ隣接市の職業訓練校や地元の建築士会のみなさんと一緒に知恵を絞りたいところです。なんにせよ、ハードとしての建築やインフラが残されていく一方で、それらに直接手を触れ、維持をしていく方々がいなくなってしまうということが、一番の悩みの種であると言えます。

公営住宅という住まいの未来
次は、町営住宅のお話です。住田町の町営住宅の入居率はほぼ100%という状況が続いていて、他の自治体に比べるとすごく高い割合であると言えます。同時に、町内に不動産屋さんがいないため、民間の賃貸住宅市場が極度に未成熟な状態であり、「町営住宅の次のステップ」が用意されていないのも深刻な課題です。つまり、町内に住みたいと思っても、住む家がない。こちらの表は、東京大学大学院の大月研究室との共同研究の成果です。

画像10©田畑耕太郎


住基台帳と固定資産台帳を突合することで、ある一定期間の間に、家から家へどう人が動いたのかを分析することができました。これを見ると、町営住宅が新しい世帯を受け入れる媒体として機能していること、そして、その先の定住に至る受け皿の乏しさが、人口の増えない理由の一つだということも分かってきました。
こういうデータを見るにつけ、公営住宅って、町の将来像に直結する装置なんだなぁ、ということを痛感しています。あらゆる公的な投資は「すまい」が前提になっていて、人が住まなければ、橋も、治水も、道路も、水道も、電気も必要ない。とすると、公営住宅を、ある場所からある場所へと人口を誘導し貼り付けていくための道具であると見立てることもできるんじゃないかと。「人が減ってもまちが存続していくためのシステム」の一部として公営住宅を位置付けていくということが、今後は重要なのかなと思います。

地方の仕事も悪くない
そもそも、戦後の住宅政策を遡ると、これまでに日本という国家がどういうものを優遇してきたのか、ということがよく分かります。家父長制の大家族を切り刻み、核家族を増やすことで国としてのGDPをあげることを目標に、それを支えたのが住宅金融公庫という仕組みでした。住宅を作りたい人に低金利でお金を融資する、というこの制度は、日本全国のあらゆるまちなみを作ってきた「目に見えない背景」でもあると思います。
その一方で、今回の町営住宅や空き家の話のように、こと現代においては、日本の未来を作っていく可能性の種のようなものは地方にもあるんだなぁ、とも感じています。一方で、都会よりも地方の方がいい、とは一概に言えませんし、言うつもりもありませんが…それでも生きる場所の選択肢として、都市と地方が同じ土俵に乗ったっていいじゃないか、とは常々感じていますし、様々な社会課題が山積している小さなまちで試行錯誤を重ねることは、とても意義深い挑戦であるようにも思います。
いま僕が携わっている仕事は、どんどん人口が減っていく町をどのようにソフトランディングさせていくのか、という長い撤退戦を戦っている趣きもあります。とはいえ、その過程でも、建築は他人を幸せにできる存在なのだと確信していますし、あるいは、今日ご紹介したような仕事を通して、小さな町役場でのトライアルが日本全国に広がっていってくれるのなら、それほど幸せなことはありません。
「設計を仕事にする」というだけではなく、「発注者として働く」、あるいは「地方の小規模自治体で働く」というような進路を選択肢をとして考えてくれる学生さんや社会人の方が増えてくれるのなら、建築が持つ可能性はもっともっと広がっていくんじゃないかな、と考えています。


(以下、ディスカッション)
佐藤|とても興味深く聞かせていただきました。田畑さんがされてきたことを、今後どのように発展させていきたい、みたいなことは何かありますか。
田畑|具体的なイメージは全然なくて…。自分の持っている能力を社会に還元できる場所に立っていたいな、という想いはあるんですけど、それが住田町役場にずっといることなのか、あるいは違うステージがあるのか…現時点では、全くわからないですね。
佐藤|建築設計事務所に十年間行くのと同じ感覚というか、その感覚で地方の役所にいってそこから何かを得て次のキャリアに行くというような選択肢もあるのかなと感じました。
田畑|そうですね。小さい役場の魅力って、広く浅く色んなことを経験できることだと思います。
佐藤|あともう一つ、値段以外にも判断基準があるといったところで他者から共感を得られた部分はありますか。
田畑|消防署のプロポーザルを初めて実施したとき、非常に多くの案が集まりました。それを僕以外の役場職員が見たときに、「一つの建物を建てる以上、これくらい真剣に考えないとダメだよね」という共感はわずかながら得られたのかなと感じています。どうしたって、建物って自分より長生きするものじゃないですか。それを適当に作っていい道理はないと思うんですよ、やっぱり。社会的共通資本として作られるわけですから、きちんと次の世代へ手渡される建物であってほしい、という想いは常に抱いています。

続いて大山さんのレクチャーに移ります。

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編集:佐野朱友那、佐藤布武(名城大学佐藤布武研究室)





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