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総理大臣と国会、どちらが偉い? #25歳からの国会

冒頭、第一回国会における昭和天皇の言葉を紹介したいと思います。

本日、第一回國会の開会式に臨み、全國民を代表する諸君と一堂に会することは、わたくしの深く喜びとするところである。

日本國憲法に明らかであるように、國会は、國権の最高機関であり、國の唯一の立法機関である。したがつて、わが國今後の発展の基礎は、一に國会の正しい運営に存する。

今や、わが國は、かつてない深刻な経済危機に直面している。この時に当り、われわれ日本國民が眞に一体となつて、この危機を克服し、民主主義に基く平和國家・文化國家の建設に成功することを、切に望むものである。

昭和天皇勅語
昭和22年6月23日 第1回国会 衆議院本会議

日本で一番偉い人はだれでしょうか。こう聞かれるとおそらく、多くの人は総理大臣と答えるに違いありません。しかし、本当にそうでしょうか?

日本の最高権力者は誰?

総理大臣は「行政府の長」です。しかし、憲法41条にはこのように定義されています。

日本国憲法第四十一条
国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

「国権の最高機関」単語がある通り、この国の統治機構において最も上位にあるのが国会である、ということが憲法において規定されています。

ただし、通説ではこの「最高機関」という言葉については、政治的美称説が通説です。

政治的美称説とは
「国権の最高機関」とは、単なる政治的美称であり、憲法上特に意味を持っていないという説

内閣総理大臣は、行政府のトップです。しかし、行政府といえども、予算を提出する先は国会であり、そして、同時に、内閣総理大臣を指名するのも国会です。

しかし、この国において、国会が「最高機関」であると認識している人は、一体何人いるでしょうか。

残念ながら、国会の最高機関制は憲法において死文化し、行政の権限が名実ともに強まる傾向にあることは間違いないと思います。

なぜ国会が「国権の最高機関」なのか

なぜ、国会は国権の最高機関なのでしょうか。

日本は民主主義国家です。民主主義というのは、我々国民が一番偉いということです。憲法1条にも、下記の通り国民主権が規定されています。

日本国憲法第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

ところが、我々に主権があると言っても、実態として我々1億人全員が合意形成することは出来ません。そのため、我々の代表を選出し、その中で議論をして合意形成や投票を行う。これが議会制民主主義です。

そして、この議会制民主主義の中で、実際の業務を執行する人間を選び出すのが首班指名であり、これによって選ばれるのが内閣総理大臣です。

日本国憲法第六十七条
内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。
この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。
衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

会社で言えば、これは取締役会と、執行役(社長)に当たります。選ぶ方と選ばれる方で言えば、選ぶほうが偉い。これは当然ですね。

実態としては、議会で多数を握る与党のトップが内閣総理大臣となるため、いくら三権分立と言っても、日本では行政と立法が明確に分けられるわけではありません。

議院内閣制は、なぜこのような権力分立が不十分な仕組みになっているのでしょう?

「総理大臣」のルーツ - 君臨すれども統治せず

その矛盾を考えるためには、ルーツを辿る必要があります。そもそも、「総理大臣(首相)」という職種は、どのようにして誕生したのでしょうか。

一般的には、オーフォード伯ロバート・ウォルポールが「最初の首相」と言われています。


名誉革命において、王に対する議会の優越が決まったあとからも、明確な「国のリーダー」は決まっていませんでした。

当初、議会はあくまで、王が行う行政の歯止めとしての役割を果たしているだけであり、行政権は王が保持していたからです。

しかし、ウォルポールの時代、王であったハノーヴァー朝ジョージ1世はドイツ生まれのドイツ育ちであり、英語をほとんど理解できませんでした。

結果、ジョージ1世はほとんどの政務をウォルポールに任せることになり、これがいわゆる「君臨すれども統治せず」のイギリス型立憲君主制を作り上げたと言われています。

そして、財務を預かる大蔵委員会のトップである「第一大蔵卿」が「Prime Minister(第一の閣僚)」という俗称で呼ばれるようになったのです。


やがて議会が選んだ行政のトップは俗称ではなく正式に首相と呼ばれるようになり、時代が下るに従って、やがて行政権も少しずつ首相、及び首相が組織する内閣に移行していきました。

しかし、立憲君主国においてあくまで国家元首は国王であり、首相では有りません。日本の象徴天皇制をそれに含めるかは議論のあるところですが、いずれにしても、内閣の長である首相(または議長)と、行政の長・国家元首である大統領を分ける大統領制とは国の成り立ちが根本的に大きく異なることがわかります。

「行政」とはなにか

ここから分かる通り、絶対王政の国家が、まず行政権を制限するための機関として議会を立ち上げ、王の行政権を議会側の行政権の代表に移管していく中で生まれた職種が、「首相(総理大臣)」なのです。

ここまで見ていただいて分かる通り、総理大臣の権威や権力というのは、あくまで議会というものを前提に、初めて存在するものです。

そして、その議会を選ぶのは我々主権者国民ですから、日本で一番偉いのが我々国民である、という事がわかっていただけたのではないでしょうか。

しかし、このような「最高機関」という憲法上の定義にも関わらず、従来、政治学の世界においては、「国会無能論」が主流でした。

従来の国会に関する見解を大別すると、多くは国会が行政機関の推進する立法活動を形式的に裁可するに過ぎないものとみなしており、国会が憲法上、国権の最高機関としての地位を与えられていることに留意するものは僅かである

川人貞史・増山幹高「権力融合と権力分立の立法過程的帰結」

法案の成立率は、衆議院と参議院で多数政党が変わる「ねじれ国会」でもない限り、90%を超え、ほとんどの法案は成立します。最高機関でありながら総理大臣を選ぶ以外に実質的な権能をほとんど有しない、これが日本の国会である。これが政治学における通説だったのです。

法案の成立率は、衆議院と参議院で多数政党が変わる「ねじれ国会」でもない限り、90%を超え、ほとんどの法案は成立します。最高機関でありながら総理大臣を選ぶ以外に実質的な権能をほとんど有しない、これが日本の国会である。これが政治学における通説だったのです。

日本の国会の特徴

日本の国会の特徴としては、下記のようなものが挙げられます。

会期制度
すべての国会には常に「会期」があり、一つの会期で審議され、継続審議しないものは廃案になります。これが日本の国会の一つの大きな特徴です。
ここから生まれるのが「日程闘争」です。
野党側は反対する法案についてはできるだけ審議を長引かせ廃案に持っていく、与党側はできるだけ早く法案を成立させる、という対決構造になります。

また、臨時国会など政府側が開くかどうかについて裁量があるケースが多いため、この点でも与党と野党が日程で大きく闘争することになります。
開かれていない期間(閉会期間)が長い
通常国会は1月に開かれ、会期は通常150日間(延長も可能)です。つまり、臨時国会が開かれない限り、残りの200日程度は開かれない計算になります。
実際には閉会中審査があったり、臨時国会が開かれないことも少ないのですが、一年の半分程度国会が閉じているというのはやはり諸外国と比べても異質と言えるのではないでしょうか。
また、この間は質問主意書の提出など文書による国会活動も行えないことも、特徴として挙げられます。
事前審査制(多数政党が事前に政府の法案を審議する)
日本の国会では、通常与党による政策部会を経て法案が内閣から提出されます。
この政策部会は非公開で行われ、時には大臣や三役が出席、かなり喧々諤々の議論が自民党の様々な立場から行われるようですが、残念ながらその様子を国民が見ることは出来ません。

つまり、法案が提出されるときは与党内の審議が終わっており、与党側の質問はすべて儀礼的なものとなります。
この点は、ときに与党議員が厳しく追求するイギリス議会などと比べて大きな違いがあります。

それぞれの国の国会は、違った成り立ちによって作られており、一概に何が正しいかと言うことは出来ません。しかし、日本の議会制度・選挙制度は欧州の国に比べて変化が少ないにも事実です。

本当に正しい政治を行っていく上では、統治機構のあり方、立法府・議会政治のあり方、行政と立法の関係などを不断に見直していく必要があります。

日本国憲法第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

参考文献

川人貞史・増山幹高「権力融合と権力分立の立法過程的帰結」2005
高橋和之、日本国憲法[第 3 版]
朴志善「立法前審査制度の国際比較」2015




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