彼女と歌
「この気もちはなんだろう」から始まる歌がある。私が中学生の頃、友人に誘われて入った合唱部で歌った歌だ。その歌と、誘ってくれた友人のことを、今でも鮮明に思い出す。
その友人は、引っ込み思案で人付き合いが苦手だった私に、いつも親しげに話しかけてくれた。明るくて愛嬌のある人だった。
私と彼女は、楽しく会話もしたけれど、同じ合唱部ということもあってか、二人でそっと歌うことも多かった。
私がアルトパート、彼女はソプラノパートと別れていたので、歌うたびに綺麗なハーモニーが奏でられた。教室の隅で、静かにこっそりと歌って笑い合う時、彼女と秘密を共有している親密さを感じられて、私はすごく嬉しかったのを覚えている。
冬が近づいたある日、クラスの全員で教室の大掃除をすることになり、私と彼女は窓拭きの担当になった。一度くしゃくしゃにした新聞紙で、二人で黙々と窓を拭いていた。
ふいに、彼女が「何だか暇だからさ、歌おうよ」と私に声をかけた。もちろん私は断る理由などなかった。喜んで頷いた。
そっと二人で歌い始めると、彼女は窓枠に腰かけて窓を拭きながら、機嫌よく笑っていた。視界には、澄み切った空と穏やかな日差しと、薄く笑って歌う彼女。彼女が腰かける窓枠は金の額縁のようにその風景を切り取って、私の記憶に強く焼き付いていった。
それから中学を卒業し、彼女との連絡はだんだんと途絶えていった。大きなきっかけがあったわけでもないけれど、なんとなく、時間が経つにつれて連絡するのが気まずくなっていった。そうしているうちに月日は流れ、現在、彼女がどこで何をしているか全くわからなくなってしまった。彼女の存在は、今はとても遠くに感じてしまう。
それでも、冬が近づいて段々と空気が冷たくなると、その空気が必ず記憶の底から、彼女との思い出を引き上げてくる。
その度に私は、それをしっかりと手繰り寄せ、凛とした空気を小さく吸って口ずさむ。
この気もちはなんだろう。