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#創作活動
長編小説『テセウスの肉』最終話「188日目(駒早祭2日目)②/190日目」
二日間にわたる学祭は終幕した。
日はすっかり落ち、片付けもほとんど終わっている。実行委員と助っ人以外の学生はもうとっくに帰宅したが、私と雅人は学内に残っていた。学祭ではほとんど使われていなかった、保健室と同じ棟の最上階。小さめの講義室に私たちはいた。待ち構えていた。
講義室の後方の扉が開く。
「やっほ、真希っち、雅人くん」
そう元気に挨拶をする、金髪ショートカットで小柄な女の子。
「
長編小説『テセウスの肉』第20話「188日目(駒早祭2日目)①」
駒早祭二日目。最終日。
この日は、ベストカップルの結果が発表される。私たちはまあ、自己アピールをほとんどしていないし、雅人の件でよくない噂も広がっている。だから望み薄ではあるが、それでも結果発表には足を運ぼう。というか、エントリーしたカップルは一応全員参加が原則になっていた気がする。
もはやほとんど別人のような見た目の雅人は、一応マスクと伊達メガネで誤魔化しつつ、午後の結果発表を私と一緒に待
長編小説『テセウスの肉』第19話「187日目(駒早祭1日目)」
一八七日目
気づけばその日が来ていた。私や雅人は準備などなかったけど、それでもこの日が来るとワクワクする。大学に活気が溢れている。至る所で接客の声とBGMが聞こえる。
駒早祭の開幕だ。
「うへえ、人だらけ」
雅人は驚いた顔で辺りを見渡した。その身長があれば遠くまで見通せそうだが、私は人の頭しか見えない。
私たちはあの後二回ほど御船朝哉の家を訪ねてみたが、誰も出てくることはなかった。事
長編小説『テセウスの肉』第18話「33日目②/184日目」
続・三十三日目
一潟神社。木々が茂り薄暗いそこは、湿度が高く、嫌な空気を漂わせていた。
男は神社にしてはこじんまりとした本殿の扉を、周りに人がいないことを確認してから開いた。薄暗いそこは、埃まみれで汚れている。もう何十年も人が立ち入っていないようだった。男は何度か咳込み、鼻と口を袖で塞ぎながら奥へ進む。
ほんの二メートルほど進むと、一番奥に簡素な祭壇のようなものが置かれていた。途中で使う
長編小説『テセウスの肉』第17話「172日目②/173日目」
話が、終わった。思い出したくなかった過去を、最近よく掘り返される。でも、今回はいつもみたいに拒否反応が出なかった。苦しくなかった。それがなぜなのか。私は深く深く考えていた。
いや、深く考えるまでもないのかもしれない。これは、私の最悪な中学校生活の話ではないからだ。これは、あの学校での出来事をまた別の角度から切り取った話。私の知らない、話。
だけど、胸に引っかかる何かが、私に言葉を紡がせる。
長編小説『テセウスの肉』第16話「雅人の視点②」
春休みが明け、中学二年。クラス分けは残念ながら真希ちゃんとは別々になった。めちゃくちゃ落ち込んだ。その代わり、のえりーとは同じクラス。話せる女の子がいるお陰で、真希ちゃんへ話しかけるハードルが少しだけ下がった気がした。
ただ、真希ちゃんも知っての通り、しばらく何の進展もなかった。
俺の中で決定的に進展があったのは、夏休みに入る少し前。その日は一人で下校していた。期末テストが終わり、開放感あふ
長編小説『テセウスの肉』第15話「雅人の視点①」
俺が真希ちゃんと初めて会ったのは、中一の春だった。
「ほら、チビ雅人!」
先月まで小学生だったんだから仕方ないけれど、短絡的で嫌な悪口が時々耳に入ってくるのが俺の日常だった。
背の順で前へ倣えをするときは、腰に手を当てる。
席替えでは、一番前の席に割り当ててもらう。
組体操では、誰よりも高いところに登る。
それが、俺だった。
「西小から来ました。入江《いりえ》雅人です」
入学
長編小説『テセウスの肉』第14話「169日目/172日目①」
一六九日目
自宅周りに警察のパトロールが増えた。
多分、ストーカーは私が警察に通報したことを分かっている。あれから何も音沙汰がないからだ。きっと警察の警戒が落ち付いたらまた何かしてくるのかもしれない。それでも、安心できる時間があるのは助かった。
けれど。
別の問題が、私たちには生じていた。あれから……雅人と気まずい。
そりゃあそうだ。私があんなことを。あんな酷いことを言ってしまったのだ
長編小説『テセウスの肉』第13話「33日目①/人形様の呪い」
三十三日目
壁には、真希の写真が埋め尽くされている。重複しているものもあるが、お構いなしだ。中でも、海を背景に映っている肌色の多い写真は他より大きいサイズで刷られており、壁の真ん中に目立つように飾られている。
「ま、真希チャン……今、俺があいつになるから……」
男は、数週間ぶりに出かける支度をしていた。小さめのバックパックに財布と懐中電灯、サバイバルナイフにロープ、水筒を入れる。そして
長編小説『テセウスの肉』第12話「31日目/165日目」
三十一日目
暗闇に光るそれは、パソコンモニターの明かりに掻き消されることはなかった。男がそれに気づいたのは、トイレに行こうと扉の方を向いたときだった。
「な、なんだ……?」
大量のごみ袋や雑誌の隙間から、煌々と光る赤いそれは、不思議と男の心を引き寄せる。まるで灯りに焦がれる虫の如く吸い寄せられた男は、床に散乱する汚物を掻き分け、光源を探した。
それはすぐに見つかった。
ぬいぐるみ。
長編小説『テセウスの肉』第11話「161日目」
一六一日目
昨日は過去を思い出してばかりだった。疲れた。
でも、これも思い出せた。私は、変わったのだ。変わったことを身をもって誇示し、生きている。あの頃誓った復讐は、現在進行形で果たせている。あの頃のクラスメイトとは、以来一度も会っていないけれど、今の姿を見たらきっと悔しがるに違いない。
それなのに、どうして、どうして過去のことを思い出すと胸が痛いのだろう。呼吸が荒くなるのだろう。心が乱
長編小説『テセウスの肉』第10話「真希のトラウマ②」
翌日。私は意を決して、家を出た。
今日は、教室に行くのだ。教室に、行くのだ。
先生は給食の時間だけでいいと言ってくれた。だけど、私は朝から行くと決めた。朝一に言って、あの男子を……ぶん殴ったら流石にダメなので、文句を言ってやるのだ。よくも私を侮辱してくれたなと。よくも私を傷つけてくれたなと。
学校に着くと、校門前にのえりーがいた。まだ登校時間には早めなので、生徒はほとんどいない。そうだ、新
長編小説『テセウスの肉』第9話「真希のトラウマ①」
私が三年間通っていた中学は、田舎の比較的大きな学校だった。一学年、一クラス三十人ちょっとが四クラス。少子化が叫ばれる昨今では珍しい。まあ、周りに他の学校が少なく、その地域の子供たちが集まっているだけで、地域自体は寂れたものだったけど。
人数の多い学校は、教師の目も届きにくい。
中学二年の秋。
始まりは、些細なものだった。
中学の休み時間は、各授業時間の間に十分間設けられている。給食の直後に
長編小説『テセウスの肉』第8話「158日目②」
「とまあ、こんな感じ?」
私は空になったパスタの皿を眺めながら言う。
「真希っち、そんなドラマティックなことを大親友の私に黙ってたの~?」
同じく空になったハンバーガーの皿には目もくれず、のえりーは私の肩をテーブル越しに小突く。
「別に細かく話す必要もないかなって思ったの!」
茶化されるとは思っていたけど、やっぱり本当に茶化されるとイラっと来る。
「それを聞いて思ったけど、二人は