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【小説】 母はしばらく帰りません 30

マティアスとの付き合いは、まるで自分が

学生の頃に戻ったような気持ちになった。

それは勿論、彼が輝子よりずいぶん年下

だったことが大きい。

綺麗な格好をして、外で美味しいお酒や

料理を食べるより、

家でチンした冷凍のチキンカレー

(二人とも料理が出来ないのだった)

を分けて、テレビや映画を見ながら

食べる方が楽しかった。

マティアスの知り合いばかりがいる飲み会に

参加するのも、嫌いじゃなかった。

彼の友人は揃ってフレンドリーで明るく、

酒好きの輝子を歓迎してくれた。

マティアスとの付き合いは楽しかった。

それは間違いなく。

そしてそれまでは、セックスがこんなに

いいものだとは知らなかった。

まさにびっくりするほどだった。

それまで、性的な関係を持った相手は

何人かいた。それは「それなりに」

良いものであったが、それ以下でも

以上でもなかった。


今考えると、これまでの相手も自分も、

お互い、そんなに好きでもなかったのだろう、

と輝子は気づいたのだった。

マティアスは、輝子より年下だが、性的な経験は

ずっと多い。女の体に触れることに馴れている。

そして多分、男との関係を持ったこともある。

と、彼がはっきり言ったわけではないが、

会話の端々から察せられるところがあったし、

彼の元カノでハウスメイトのザラも

それらしきことを匂わせた。

バイセクシャル、と言うより、性的に奔放

と言うか、自由というか、好奇心旺盛なのだろう。

マティアスのそんなところも、エキサイティングだった。

少し単調だった毎日が、急に楽しくなった。


ただマティアスと過ごす時間が増えるにつれ、

当然のことだがキムとの時間が減った。

二人の間に少し隔たりのようなものが

できて来たのが心配だったが、

しかしあまり深刻には思わなかった。

マティアスとの付き合いは、ほんの一時のこと

という思いがあったからだ。

今は目新しいが、しばらくしてお互いの存在に

馴れて来たら、つまり飽きて来たら、

今の関係は終わるだろう。それも至極あっさりと。

そして大したわだかまりも残さず、時々会って

一杯飲むくらいの友達になるだろう。

それは少し寂しいが、同時にホッとする

ことでもあった。

だから、子供などは全くの予定外だった。

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