【ショドー・オブ・シャドー】 前編

「サヨナラ!」トライリーフムシは壁へ大の字に叩き付けられ、爆発四散した。油断ならぬカラテの使い手であった。ニンジャスレイヤーはザンシンする。「ハァーッ・・・ハァーッ・・・」その息は荒い。連戦による消耗である。

連戦。然り、彼は戦い続けていた。この出口の無い袋小路に迷い込んでから、ずっと。時間の感覚はとうの昔に失せている。一体いつからこうしているのだろう。一時間? 二時間? あるいはそれ以上か?

「ヌゥーッ!」強いて己を奮い立たせ、ニンジャスレイヤーは前方の暗がりを睨んだ。カラテを構え、全方位を警戒しながら、じりじりと歩みを進める。既に何度も通った筈の細道を。

「ハァーッ・・・ハァーッ・・・」視界が歪む。脂汗が滲む。先程トライリーフムシに受けた吹き矢の影響か。首筋の傷の熱を努めて無視しながら、タタミ一枚よりやや拾い幅しかない通路を、ニンジャスレイヤーは油断無く進んでいく。

夜に沈むビルの谷間。バチバチと火花を散らすLEDボンボリ。蛍光色に輝く「時間働いた」「全卵かしまし」などのネオン看板群。それらを横目に進むフジキドは、突き当たった曲がり角を右へ進む。

夜に沈むビルの谷間。バチバチと火花を散らすLEDボンボリ。蛍光色に輝く「お先にどうぞ」「実際安い」などのネオン看板群。それらを横目に進むフジキドは、突き当たった曲がり角を右へ進む。

夜に沈むビルの谷間。バチバチと火花を散らすLEDボンボリ。蛍光色に輝「お家」「ふかしポテトでも」などのネオン看板群。それらを横目に進むフジキドは、突き当たった曲がり角を右へ進む。

夜に沈むビルの谷間。バチバチと火花を散らすLEDボンボリ。蛍光色に輝く「おてまみ」「たぶん川」などのネオン看板群。それらを横目に進むフジキドは、突き当たった曲がり角を右へ進む。

「バカな・・・同じ場所とは・・・!」ニンジャスレイヤーは目を見開く。火花を散らすボンボリが、見覚えのある「時間働いた」「全卵かしまし」と言った看板群を照らし出している。更には、通路中央に佇むニンジャの姿さえも。

「ドーモ。トライリーフムシです」虫のような装甲に覆われた装束のニンジャは、幾度となく聞いたアイサツをニンジャスレイヤーへと放った。

◆ ◆ ◆

タタミ敷きの四角い小部屋の中央、正座姿勢でスズリをするニンジャあり。部屋はシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれにはスコーピオン、カニ、バッファロー、山羊の見事な墨絵が描かれていた。

イヤーッ・・・イヤーッ・・・イヤーッ・・・。防音処理が施されたカニ壁の向こうから、それでも響いて来る途切れ途切れのカラテシャウト。それを耳にしたニンジャ、ショドーカは、墨をする手を止めた。スズリの中のイカスミめいた墨に、酷薄な双眸が反射する。

「ウフフ。キミの相方はまたカラテトレーニングを始めたようだな、YCNAN=サン」正座姿勢のまま、ショドーカは左へ視線を向ける。その先に居たのは、おお、ナムアミダブツ! ニンジャスレイヤーの協力者、ナンシー・リーその人ではないか!

「ンーッ! ンーッ!」ナンシーは動けない。縄で動きを拘束された上、猿ぐつわまで噛まされているからだ。そんなナンシーへ嗜虐的な視線を注ぎながら、ショドーカはやおら正座姿勢から立ち上がった。

「ここまで忍び込んだ手管は実際見事。しかし・・・ウフフ。それこそがワナだったのだよ。もはやキミの相方は、ワタシのショドーの虜だ」ショドーカは笑いながら懐から筆を取り出すと、やおらナンシーに・・・おお、おお、ナムアミダブツ!

「ンアーッ!」「そう、虜だ。もはや逃れる事はできない。ワタシ達はこれまでに何匹ものクセモノをこの手で葬ってきた。そうとも、ワタシと、トライリーフムシ=サンの連携、は」ショドーカの筆が、ぴたりと止まる。

イヤーッ・・・それと同時に一際甲高いニンジャスレイヤーのシャウトが響いた。それを最後に、壁向こうのカラテは途切れた。またトライリーフムシが爆発四散したのだ。ニンジャスレイヤーのニューロンの中で。

「・・・」ばきり。ナンシーを嬲っていたショドーカの筆が、音を立てて折れた。ショドーカのニューロンに、トライリーフムシとの記憶がフラッシュバックする。ソニックブームにスカウトされたあの頃。ソウカイヤへ楯突く企業への潜入爆破ミッション。マルノウチ抗争。

コンビは上手くいっていた。その戦績を認められ、あのダークニンジャをも退けたニンジャスレイヤーの討伐も任されたのだ。だがもはや、そのコンビは二度と組めない。「・・・ウフフ。このイクサが終わった暁には、彼のメンポで祝杯を挙げてくれましょうねェ・・・イヤーッ!」

 墨汁よりもなお黒い殺意を吐き出しながら、ショドーカはバク転で元の位置に戻って正座した。そのまま、傍らのUNIXモニタを起動。外の通路に仕込まれた小型カメラが、ザンシンするニンジャスレイヤーの姿を映し出した。そして、壁に刻まれた爆発四散痕をも。

聡明なる読者諸兄ならばもうお気づきであろう。トライリーフムシというニンジャは、ニンジャスレイヤーが通路の周回を始めるよりも前に爆発四散している。僅かに残る痕跡は、最初のアンブッシュでニンジャスレイヤーの首筋へ突き刺さった幻覚薬物吹き矢と、壁の爆発四散痕のみ。

だが、ならば。なぜニンジャスレイヤーは、未だトライリーフムシの残影とイクサを繰り広げているのか?それこそはショドーカのジツ、サブリミナル・ジツがためなのだ。

「彼のニューロンもいつまで保ちますかねェ」 ショドーカは先程ナンシーを苛んでいたものとは別の筆を執りだし、筆先を墨汁に浸す。傍らに山と積まれたショドー用の紙を一枚取り、正面にセットする。筆を、構える。

「イィィヤァァァーッ!」黒い風が紙の上を吹き抜けた。少なくとも、ナンシーの目にはそう見えた。だが、真実は違う。それはショドーカが紙の上へ走らせた筆の軌跡であったのだ。これがショドーカのカラテなのである。

「フ、ウ、ウーッ」かくてショドーカは、書き上がった己のショドーを手に取った。一見すると、それは「遅刻をしない」と書かれた何の変哲も無いショドーだ。だが、実際は違う。

読者諸氏の中にニンジャ視力の持ち主が居られるなら分かるだろう、このショドーの文字が、「これはネオン看板」「ここは路地裏」「袋小路で迷う」等という極小文字が集合して出来ている事実に。これらが無意識に視覚を苛み、ニンジャスレイヤーを幻覚の袋小路へ迷い込ませていたのだ。

無論、通常のニンジャスレイヤーならばここまで惑わされる事は無いだろう。だが今、彼はトライリーフムシが遺した薬物吹き矢アンブッシュの影響下にある。更にショドーには、「ニンジャとイクサ」なる極小文字も刻み込まれているのだ。

「ドーモ、トライリーフムシです」「ヌウウーッ・・・ドーモ、ニンジャスレイヤー、です」かくてUNIXモニタへ写り込むは、またしても始まった幻覚イクサ光景。そのブザマを横目に立ち上がったショドーカは、やおら連続バク転を開始。

「イヤーッ!」そのまま背後の山羊が描かれた壁へ背を預けると、シークレットドアが音も無く回転。ニンジャスレイヤーが彷徨い続けている通路へ踏み入ったショドーカは、持っていた「遅刻をしない」のショドーを壁へ貼り付けると、再びシークレットドアを通って元の場所へと戻って来た。

「フ、ウ、ウーッ」ショドーカは大きく息をつく。精密な極小文字を数万単位で仕込んだショドーを、一呼吸で書き上げるサブリミナル・ジツ。それを一枚書き上げる事は、多大なカロリー消費をショドーカへ強いるのである。

無論ショドーカはそれを補う手段を抜け目なく用意していた。傍らの小型冷蔵庫から取り出したスシ・パックである。「さて。拝見させていただきますよ、ニンジャスレイヤー=サン。貴方のニューロンが焼き切れる瞬間を・・・!」オキアミ・スシを咀嚼しながら、ショドーカは再び筆を構えた。

>>後編

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