水仙のコドク
「あれか。まるで手折られた水仙じゃないか山下クン」
到着するなり、瑠璃嶋瑪瑙《るりしま めのう》は朗らかに言った。
「現場をそう言えるセンス、毎度どうかしてるな」
「ふふ。ありがとう」
「褒めてない」
何回繰り返したかね、こんな応酬。うんざりする感情を締め出し、石畳を進む。
ここは人里離れた、べらぼうに広い屋敷。それも庭園つき。別世界だ。
その庭の池の淵から水仙は、死体の右腕は突き出ていた。鑑識の隣に屈む。水面の下、和服の女が長髪を漂わせている。首に線の跡。絞殺だ。
名は桐谷椿。家主、桐谷顕造の妻である。
第一発見者でもある顕造氏は、離れた場所で顔を青ざめさせていた。今朝、仕事から帰った直後に発見したという。無理も無い。
立ち上がる。聴取せねば。
「桐谷顕造さん、ですね。私は山下――」
手帳を出す直前、瑠璃嶋が前に出た。
「昨晩、浮気相手とどちらに?」
「おい瑠璃嶋!? 失礼すぎるぞ!?」
「失礼? 違うね、単なる事実」
瑠璃嶋は指差す。顕造氏の左手首。ブレスレット。
「財がある男の装飾にしては、センスが妙だ。ねだられて買ったペア品の片方だろう。若い女、二十代……十代の線もあるかな。外す余裕無かった?」
笑顔で、容赦なく、事実を抉り出す瑠璃嶋。抉られた顕造氏の顔色は、青と赤を行ったり来たりしていた。
「なら彼が」
「犯人、の可能性は低いよ山下クン。死因は絞殺。時間は恐らく夜。その間、彼は楽しんでた訳で」
「あ、アナタは……!」
わなわなと震える顕造氏。瑠璃嶋は笑顔のまま、一歩引く。
「うふふ! いや申し訳ない。仕事かつ趣味なので」
言って翻り、別の所へ歩いていく。長い髪が揺れる。
「何なのですあの男は!? あれで刑事ですか!?」
「ああ、はい。お気持ちは分かります」
なだめながら、天を仰ぐ。本当の事なんて話せる筈がない。
瑠璃嶋瑪瑙。減刑と引き換えに警察へ協力する事になった、無期の服役囚だなんて事は。
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