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神影鎧装レツオウガ 第百六十四話

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Chapter17 再起 07


 それから一週間後。
 USC、ヘルガ達が借りている四つの区画の一つ、指令室。
 ここに、ヘルガと風葉かざはとオーウェンは集まっていた。あの後の状況の確認と、何よりゼロワンと名乗ったあの男の情報を、掴んだからだ。
 今でも明確に思い出せる。何も答えぬままに消滅していった、あのニヤつき顔。
「さて、始めましょうか。見つかったのですよね?」
 それを思考から締め出しながら、オーウェンは聞いた。
「ええ」
 ヘルガはエンターキーを叩く。部屋の中央へ投射される大きな立体映像モニタ。そこへ表示された男の顔写真と略歴を、風葉はまじまじと眺める。名前を読み上げる。
令堂れいどう紅蓮ぐれん
 辰巳ゼロツーと、グレンゼロスリーによく似た顔立ち。何度見ても、その印象は変わらない。
 顔写真の下、及び手元の立体映像モニタにも同じ情報――略歴は表示されているが、それでもたまらず風葉は問うた。
「それで結局、この人は、誰なんですか?」
「うん、まずはそこからだよネ」
 更にキーボードを叩くヘルガ。追加される立体映像モニタ。そうして現れた補足情報に、風葉は眉をひそめた。
「これは、Rフィールドですか」
「そう、それもグロリアス・グローリィが使ってる人造のものじゃない。キューバ近くの海上へ、歴史上初めて発生してしまったヤツだ」
「つまり、天然ものですか」
 大真面目な顔の風葉に、ヘルガとオーウェンは微笑ました。
「そだネ、うん、天然モノ。そんでそれを調伏するために、世界中の魔術組織が知恵と技術を絞った。最終的にはフェンリル所有者のオラクル・アルトナルソンがどうにか安定化させたワケだけど……そこへ行きつくまでに、色んな試行錯誤があったワケ」
「では、彼は。その試行錯誤に関わった一人、と?」
 オーウェンの問いに、ヘルガは頷く。
「ええ。彼は第二回のRフィールド殲滅作戦に参加し……最終的に、MIA扱いとなった。そう記録されてますネ」
「えむあいえー?」
 首をかしげる風葉に、オーウェンは説明する。
「Missing in action。作戦行動中の行方不明、という意味です。要するに戦死扱いですね。凪守のデータベースに、そう保管されていたんですか?」
「ええ、その通りですヨ」
 ヘルガはキーボードを叩く。モニタへ情報が追加される。
 それは略歴だ。華々しくはないが、けれども堅実に歩みを進め続け、けれども最終的に死亡してしまった。魔術界隈でなくとも、物騒な世界に足を踏み入れていればよくある話。
 けれどもその記録を、ヘルガは数日に渡って見つめたものだ。
「……ん? ちょっと、気になったんですけど。この令堂、さん? は凪守の人だったんですよね」
「そうだけど。どしたん風葉」
「いや、ちょっとした疑問なんですけど。DNA鑑定とかすればもっと早く五辻くんとのつながりが分かったんじゃないかなー、なんて」
 なるほどもっともな疑問だ。が、ヘルガは首を振る。
「確かにそうかもしんないケド、通らないんだよネーそれは。史上初めて調査目的でDNA鑑定が行われたのは、実に1986年のハナシでサ」
「転じて、キューバ付近にRフィールドが生じたのは1963年。魔術界隈にDNA関連の技術が持ち込まれたのは、1986年よりも更に後年の話ですからねえ。情報がないのは無理からぬ事なのですよ」
 肩をすくめるオーウェンを、ヘルガと風葉はまじまじと見つめた。
「おや。どうかされましたか?」
「いえ。詳しいなー、と思いまして」
「ああ。それはまあ、散々祖父に聞かされましたからねえ。武勇伝を」
「武勇伝?」
「ああー、そういえば。ありましたねエお名前」
 ヘルガは思い出す。第二回及び第三回のRフィールド殲滅作戦の参加者リストの中に、スタンレー・キューザックの名前があった事を。
「という事は、BBBビースリーで立場を確立出来たのは」
「ええ。この時の功績があったからこそ、という訳です。なので、その気になれば一字一句諳んじられるくらいですよ。絶対しませんけど」
 ははは、とオーウェンは笑う。が、その目だけは笑っていない。よっぽど耳にタコな案件なのだろう。ヘルガもそこへは踏み込まない。踏み込んでいる時間がない。
「まあ、その辺はさて置くとして。問題は、何故あそこに居た男が、アタシ達の事をしってたかってコトですネー」
「……あれっ? 令堂、さん? のコトを調べてたんじゃないんですか?」
 風葉の疑問も最もだが、ヘルガは首を振る。
「うん、確かにそうなんだけどネ。ぶっちゃけた話、それはハズレだと思うんだよ」
「ハズ、レ?」
「それは、少々意外ですね」
 風葉のみならず、オーウェンもまた首を傾げた。
「ンーまあ、そりゃ確かに重要な情報だってのはわかるんだけどネ。明らかに撒き餌じゃん?」
「……?」
 風葉は更に首を傾げたが、オーウェンは逆に得心する。
「ああ、成程。それ自体がこちらの情報操作リソースを削るための存在である、と」
「……??」
「つまり、ですね。何と言いますか……そう、例えば宿題です」
「しゅくだい」
 思いもよらない単語の出現に、風葉は目を丸くする。
「そうです。仮に、国語と数学の課題を出されたとしましょう。ただし提出期限はそれぞれ国語が明日まで、数学が五日後までです。さて霧宮きりみやさん、あなたはどちらを先に片づけますか?」
「え、そりゃあもちろん国語ですけど」
「うん、効率的な判断ですね。実に正しい」
 頷くオーウェン。眼鏡のブリッジを押し上げながら、更に付け加える。
「そして今の状況に照らし合わせますと、令堂紅蓮氏を調べるという事は、残念ながら数学に当たる訳です」
「え。そう、なん、ですか?」
 切れ切れな風葉に、オーウェンとヘルガは頷く。
 令堂紅蓮の足取りを追う。あるいは凪守なぎもりに蓄積されたデータを検分する。それ自体は、成程確かに有用な行いだろう。
 だが。それに目を取られていては、より差し迫った脅威を、みすみす逃してしまう事になる。
「でも、じゃあ、その理屈で行くと」
 困惑を頬に張り付けたまま、風葉はヘルガへ問うた。
「国語は、いったい、何なんですか」
「うん。まあ、当然の疑問だよネ」
 ヘルガは頭をかく。その眼は笑っていない。笑う余裕がない。
「ふ、う」
 大きく、一つ、息を吐くヘルガ。立体映像モニタを手元へ一枚追加した後、確認しながら訥々と語り出す。
「まず、大前提として。敵は多分、先見術式を使ってる。アタシらと同等、……だと思われるヤツを、ネ」
 あるいは、同等以上かもしれない。言いかけた言葉を飲み込みながら、ヘルガは続ける。
「となると、連中はあそこで何が起きるのか。誰に何が起きるのか、事前に知ってた事になる」
「それは、つまり。私にコレが憑依したこと、ですか」
 おずおずと、風葉は片方だけ残った己の犬耳を指差す。
「そう。連中からしてみても、それは全ての状況の開始点。どうあっても邪魔したかったアタシ達とは逆に、どうあっても成功させたかったハズだ」
「事実、その目論見は成功したようですけどね」
 ハッキングしていた日乃栄ひのえ霊地のカメラ映像を、オーウェンは呼び出す。手元へ浮かぶ立体映像モニタには、制服姿でレックウに乗る風葉が映っていた。chapter01の姿だ。
「ですが、どうして連中は何の関係もない霧宮さんへフェンリルが憑依する事を知って……」
 ぱきん。
 オーウェンは指を鳴らした。思い至ったのだ。
「ああ、成程。逆だったのですね」
「え、何がですか?」
「因果が、ですよ。いいですか? 霧宮さん。アナタにフェンリルが憑依したのは、不運でも偶然でも無いのです」
「……、え?」
「つまり、こーいう事サ」
 オーウェンの言葉を引き継ぎながら、ヘルガは映像を切り替える。映り出したのは消滅間際の自称ゼロワン――令堂紅蓮の姿だ。
「アタシは、面と向かい合うまでコイツをギノア・フリードマンだと思ってた。そしてコイツを排除するため、考え得る最高の奇襲を仕掛けた」
「そしてそれは、実際うまくいきましたねえ」
 眼鏡のブリッジを押し上げるオーウェン。対照的に、ヘルガは眉間へ皺寄せる。
「そう。そして、それがマズかったんだ」
 ヘルガはリストデバイスを操作。モニタへ追加表示されたのは、あの時戦闘したリザードマンとキクロプス。
 更にはchapter01当時の風葉が遊んでいたスマホゲーム――ダストワールドのタイトル画面が浮かんでいた。
「霊力ってのは意志の力だ。けど、霊地に貯め込まれている霊力――無形の霊力には、その方向性を決定づける意志がない。畢竟、それはたくさんの人々の意識の、更に欠片を集めたものに過ぎないからだ……本来なら、ネ」
「本来……あっ」
 事此処に至って、薄々ながら風葉も理解した。
「じゃあ、何かの拍子でくっついたりする事もあるんですか?」
「正解。その最たる例が、多分コイツだね」
 ヘルガは立体映像モニタの表示を切り替える。現れたのは二枚の写真。ダストワールド初期の敵キャラ「とかげおとこ」と、風葉の前へ最初に現れたまがつ「リザードマン」であった。
「ダストワールドは日本でも大分流行ってる。それは日乃栄高校でも例外じゃあない」
「つまり先日ファントム4がリザードマンと交戦したのは、日乃栄高校の学生達が「トカゲ人間の敵性存在」を知っていたから、という事ですか」
「そうなりますネ。ヒトは根本的に暇潰しを好むもの。それが流行りのゲームダストワールドなら、周りと話を、意志を合わせるために手を出す。ダストワールドは基本無料ですし、暇を持て余してる学生なら尚更でしょう。そしてそれは、無形の霊力が寄り集まるための強烈な触媒となった」
 だからあの日、あの時。chapter01-01。
 竜牙兵ドラゴントゥースウォリアーのような準備が無かったにも関わらず、リザードマンは風葉の前に現れたのだ。
「つまり。我々が行った奇襲は、既に確定した過去であった、と。そういう事ですか」
「そういう事、ですね。残念ながら」
「あの。じゃあ、待ってください」
 堅い表情で、風葉は二人を見回す。己の犬耳を指さす。
「だったら。私に、フェンリルが憑依、したのは」
「うん」
 神妙な顔でヘルガは頷く。先日潜入した日乃栄霊地の映像を、もう一度呼び出す。
「あの日、あの時。私達はヴォルテック・バスターを撃ち込んだ。その残滓霊力は証拠隠滅のため、日乃栄霊地の中へ投棄してしまった――。
 まっすぐに、ヘルガは、風葉を見た。
「――多分、それが全ての始まりだ。無形の霊力に混ざってしまったそれを取っ掛かりとして、後日やって来たギノア・フリードマンが、改めてフェンリルを呼び出したんだ」

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【神影鎧装レツオウガ 裏話】
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