不出馬を翻意した理由と経緯

一度は身を引くことを決意した後に翻意をした理由や背景がいまひとつわからない。というご指摘が届いております。人が重大な決意をするとき、そこにいたるプロセスはさまざまで、人によっても、時の違いによっても事情は異なるものかもしれません。したがって、十分真意が伝わるか多少の危惧はありますが、ここであらためて説明をしたいと思います。

まずはなぜ身を引こうと思ったかです。これはこの時期選挙をやることにいかがなものかと疑義を持ったことが始まりでした。中川副会長は早くから会長職につく意欲をもち、すなわち出馬の意欲は非常に高く、役員を14年もやってきた、次は自分の番であるとの思いを強くしているということも耳に入ってきていました。そこで、自分が出れば選挙になる。選挙は回避すべきだと思い、身を引くしかないと考えたのです。

3月23日に中川副会長に、直接会って、「君は出るつもりは固いだろう。自分は選挙運動はしないので、がんばりなさい」と伝えました。その後、この決意が周囲に漏れると、慰留もされましたが、5月26日には、また中川副会長になるべくでないように調整する。とふたたび不出馬の方向であることを伝えました。ある都道府県医師会の会長から電話で引退を勧められたこともあり、気持ちをほぼ固めていた。27日に横倉引退の報道が出ると、各方面から、予想をはるかに上回る慰留の声、「時期を考えれば引退は無責任だ」「後継者が継続といっても、組織の長が変わればかならず同じようには継続はしない」などたくさんのご批判もいただきました。いま、現場の医師が医師会会長が変わることで見放された気持ちになるという声も寄せられました。報道以降の3日間に寄せられた、翻意を迫る慰留、引退の決意への批判、異議、本当にたくさんの声が寄せられ、これが翻意のきっかけになったことは事実です。しかし、最終決断は私自身の中で完結しました。今選挙戦をおこなうことは、私の最初の引退を考えたきっかけもそうであったように疑義が生じます。この時期に全国から代議員が集まる代議員会を行うことにもリスクがあります。そこで、選挙を行うことの日医のダメージと、今会長が交代することによる日医のダメージあるいは、医療界全体に及ぼす影響を計量し、選挙をやるという悪手をうってでも、会長の交代は避けるべきだという結論に達したのです。

もちろん、戸別訪問など会長選への準備運動を積み上げてきている中川副会長や、彼を推薦している人達の思いを想像しなかったわけではありません。ずっと会長職に就くことを夢見て、やっと順番が回ってきたという気持ちもわからないわけではありません。さらには、私の3月23日と5月26日に伝えられた不出馬の意向でさらにその思いを強くしたことと思います。不誠実である、今年に入ってから2回も譲るといったではないか、という声も届いております。それでも、コロナ禍の真っ只中のこの時期に、会長が交代することでのロスを産むではいけない。これが何にもまして最優先で避けることだという心が決まったということです。もうひとつ付け加えるなら、昨年日医総研が作成して3月25日に発表した「日本の医療のグランドデザイン2030」の存在があります。現在、これに付随したアクションプランAGENDA2030と、社会のあり方への提言がほぼ完成し、未来への道筋をつけました。コロナ禍が襲い、危機的状況に陥っているいまだからこそ、長期的なヴィジョンのもとに社会のあり方への提案を含め、あるべき医療の姿を実現していく事業の第一歩を自らの足で踏み出すことで、会長としての責務を全うできると感じました。

今でも、できれば選挙は避けるべきだとは考えています。ただし、繰り返しになりますが最優先で避けるべきは会長の交代です。次に避けるべきが選挙です。これが結論です。なぜ会長が交代すべきでないかについては、機会あらためてお話したいと思います。

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横倉義武日本医師会長が、日本医師会会長としての思い、会長選挙へ再度出馬するにあったての決意、今進めていること、そしてこれからすすめていくことについて、支援する有志とともに発信していきます。
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