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ルーヴルのいかさま師


ルーヴル美術館は私の職場でもあり、私の誇り。などと偉そうに言っても、2020年3月以来めっきり行く機会が。減ってしまった。

理解しなければいけない事とはいえ、一時期は我々ガイドでさえも入場するのにインターネットで時間指定の予約をしなければいけなかった。

美術館が閉館してしまった時は完全シャットアウトだったし。

現在はガイディングする事よりも調べ物や確認する事のために行くことが多いが、そんなときは普段あまり行かないところや作品を見ることが多い。

展示されている作品は全部で35000〜38000点と言われているが、これはまともに観て周ると一週間位かかると言う人がいた。

大体人間の集中力なんてどのくらい続くのか?
私なんて正直言って一時間がいいとこ。

更に一点の作品にハマってしまうともうそこで一日は終わる。

まったく、美術鑑賞とはなんと贅沢な事なのだろう。

買い物するよりもショーを観に行くよりもご馳走食べに行くよりも疲れる。


それでも10年位前から地方に行く時でも必ず真っ先にその町の美術館をチェックするようになったものだから私も変わったものだ。

その代わりレストラン調べの時間が減ってしまったけれどもこれはこれで、以前より地元民やホテルで働いている人等に聞く努力をするようになったものだから悪くないのではと密かに思っている。

「さて今日も観るべきものはひと通り観たし、チェックするものはすべて終了。」
ふと、最近ジョルジュ・ド・ラ・トゥールあたりにご無沙汰しているなあと気がついた。

部屋番号912


この辺はモナリザやミロのヴィーナス、またサモトラケのニケらの<ヴィジターによる絶対観たい作品>からかなり離れているので普段のガイディングでは殆ど行くことがない。


その代わりいつも静かで落ち着いて観賞できる。

それにしてもこの作品は目立つ。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)
<ダイヤのエースを持ついかさま師>
1636年頃
ルーヴル美術館


ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品はどれも好きだけれど、特にこれは一目見て内容がわかるところが良い。
構成上には4人の登場人物が見える。
男2人女2人のうち、左の男がいかさま師だと言うのは明らかである。そして女2人はどう見てもグルであり、被害者は右端の若い男。

この若い男以外は悪者ってところか…。
左の3人は目つきの悪さ、ずる賢そうなところが実に良く描かれている。
特に左端の男は同じような目つきの悪役専門の俳優によく見かけるタイプ。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールはよく捉えているなあと思う。

ルーヴル美術館に2022年9月1日現在もう一点、しかもすぐ近くに展示されているのだが、同じ画家によって描かれたものとは思えない作品がある。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
<大工の聖ジョゼフ>
1638年から1645年の間
ルーヴル美術館


あと一点の聖女マドレーヌを描いた作品は近々行われる特別展覧会の貸出準備のために外されていた。


二点とも<いかさま師>とはかけ離れた、いや、いかさま師が特別な作風なのである。

実はジョルジュ・ド・ラ・トゥールは(他にも複数の画家がいた)当時流行していて注目されていたイタリアのル・カラヴァッジオのスタイルを非常に参考にしていて、というより真似していたと言っても過言ではない位そっくりに描いていた。

その件に関しては本人が認めているので明らかである。

ル・カラヴァッジオ(1571-1610)
<いかさま師>
1595年
U.S.A. キャンベル美術館

こちらがル・カラヴァッジオの作品で、これによって世間に認められる様になったとも言われるので彼の画家人生においても重要なのだ。

やはりひと目見て何が起こっている最中なのかすぐわかる。


さらにその他のル・カラヴァッジオのルーヴル美術館に展示されている作品に驚かされたことがある。

ル・カラヴァッジオ
<女占い師>
1598年頃
ルーヴル美術館

これは一見したところで何が起こっているのかわからないであろう。

左の女は占い師(ジプシーの踊り子でもある)。
右の男は貴族。

女が男に「手相占ってあげる。」と言っているところなのだ。

男の様子を観察してみよう。

顔は何だかニヤけているようにも見える。
帽子はしっかり被っているが手袋をはずしてしまっている。
彼の身分のようなものが人前で素手を見せるなんて普通ありえない。

彼はすっかり女占い師に気を許しているようだ。

ところが女を見ると、顔つきが何だか怪しい。何か企んでいるようにも見えなくない。

…、実はこの子は相手を油断させておきながら、その間に指輪を抜き取っているという話。

ひえ〜、世の中恐ろしい!
油断も空きもあったもんじゃない。

と、私は言えなかった。
だって少し前にパリでこんな手口のスリの話を何回聞いたことがあったか。

もしかしてスリ達はル・カラヴァッジオから学んだのか? と思わせるほど巧みにそっくりなのだ。
それにしても16世紀に問題になっていたスリ問題が21世紀に再び騒がれるようになるとはねえ。

では、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールもそんな絵描いているのかというと、あるある。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
<女占い師>
1630年
NY,  メトロポリタン美術館

一人の男が数人の女に囲まれているが、女達は一人が男の注目を引き付けている間にその他はそれぞれ男のポケットに手を入れていたりしている。
こういう場面なんか何回見たことか、また私自身も同じ目に会いそうになったことが一度ある。

オランジュリー美術館の休館日にうっかり誰もいない入口前を歩いていたら、偶然4..5人の女の子のスリグループとバッタリ出会い、囲まれる寸前であった。

幸い一人の青年が通りかかって助けてくれたけれど、観光地周辺ではよくアジア系の女性が被害に遭っているところを見かける。

その場合、相手はナイフを持っているかも知れないし、ポリスに通報したところで現行犯でないとどうしようもない。

ではどうしたらよいかというと、一概にどうしたらよいかなどと言い切れないところが問題なのである。

一つ確実なのは、特に小綺麗にしていてお金持ちに見える人は要注意と言うこと。

とにかくパリでルーヴル美術館に行ったら、必ずル・カラヴァッジオの<女占い師>、あるいはジョルジュ・ド・ラトゥールの<いかさま師>を観て先ずは気持ちを引き締めよう。

<女占い師>はレオナルド・ダ・ヴィンチの作品の近くにある。


さて今回はなぜか芸術、文化の個人的追求から離れてしまったが、こういう教訓的な絵画も実は大切だったりする。

ルーヴル美術館やヴェルサイユ宮殿、エッフェル塔や凱旋門周辺は一時期物凄いスリの溜まり場だった。

現在は観光客減少と共に少しはスリや詐欺も少々大人しくしているようであるが、また活動を始め出した。
手口は相変わらず多様で、また、新しいスタイルも開発されつつあると聞いている。困ったことに、前述したように絶対的な解決法は今のところ見つかっていない。

楽しいパリの滞在をぶち壊しにしないようにもね、と画家たちも警告している。


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