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ボルディーニの描くベルト・モリゾ


プティ・パレに行って<ボルディーニ展>を観てきた。先ずは全体の感想としては<良かった>、もちろん一つの展覧会に対して<悪かった>ということは決してないのだけど好きかあまり好きでないと言う表現法はありえる。
あとは「全体的には良かったけれどここが…。」に始まってあーだこーだと気に入らなかった点がずらりと…、そしてほぼ永遠に続く場合もある。

私の場合はその最後のパターンが多いかなと思う。だからカフェはその為にあることが多い。

ただしガイドという職業柄食事と美術館は一人で行く事が多い。
食事はとにかく不規則な時間帯に行くことが多いし、美術館は自分のペースで廻りたい。

だから今回のボルディーニ展も一人で行く事にした。
内容が濃そうな予感はしていたから(私の場合、最悪なのは行ったり戻ったり、写真を撮るので待っていたりを繰り返すので一緒に来た人はウンザリすると思う)。

予約は朝10時にした。
開館と同時の静けさが好きなのと、その日一番という妙な優越感が味わえるところも良い。

どうせすぐ抜かされてしまうのだけれど。

さて、ボルディーニというとポートレーティストで知られているので最初は一連のポートレートで始まるのだろうなとは思っていたが、偉い人や有名人、自分の家族かな位に思っていた。

ところが始まってすぐに軽い驚き。
そう、それは心地よい驚きであった。

「あっそうか。」と呟いた。

このモデルの女性はおそらくベルト・モリゾだと。 

ジョヴァンニ・ボルディーニ(1842-1931)
<森の中のベンチで>
1872年
 プライヴェート・コレクション

パリに到着するなりモリゾと出会い恋に落ちるボルディーニと、解説が書き加えられている。10年も一緒に時を共にするとも。
ただしこれにはすんなり納得いかない。
何故なら10年も二人が一緒にいたら、エドゥアール・マネ一族としっかり重なってしまうではないか。

ジョヴァンニ・ボルディーニ
<田舎でのベルト>
1874年
プライヴェート・コレクション

それでもnoteで私がベルト・モリゾについてもう少し詳しく書いた記事があるので良かったら参考までに。

ところがそこではボルディーニには全く触れていない。それどころかモリゾには夫がいたことがしっかりと、しかもその夫はエドゥアール・マネの弟であり画家でもあり、モリゾの仕事上の協力者でもあったウジェーヌ・マネと書いている。

参考になるかは別として、モリゾがウジェーヌ・マネと結婚したのは1874年でボルディーニがパリに着いたのは1872年と言われている(微妙だな)。
2人は10年ほど一緒だったと言うことなのだけれどモリゾが娘のジュリーを産んだのが1878年だというので、これらの情報すべてが真実なら世の中ちょいと複雑になる。おそらく二人が恋人として一緒だったのはほんのひと時だったのかなとも考えられるし。

まあ皆さん私の言うことなんて忘れて。

でもしつこい様だがボルディーニはフランスに来る前から、要するにイタリア時代から、かなり若い時からその実力は認められていて、また知名度も高い事は周知の事実であるが、そしてその後ロンドンでも活躍してからパリに来ている。
それを踏まえても敢えて声を大にして言いたい。
もしすべて本当なら何故あの絵のように美しいモリゾがボルディーニと?

その問題が未解決のままもう一枚今回の会場に展示されていたモリゾの絵をご覧いただこう。

ジョヴァンニ・ボルディーニ
<煙草を吸うベルト>
1874年
プライヴェート・コレクション


これこそまさに親密な二人の間柄を証明する一枚である。ボルディーニが敢えて頼まない限り、モデルは普通こんなポーズ人前で取らないだろう。俗に言う<ふんぞり返る>である。しかもモリゾの様なお嬢様が…。

面白いのは右上にちょっとしたジャポニズムらしきものが見えるのだけれど、その面の面長なところがモリゾと共通して見える。
単なる偶然の一致だろうか?

ここまでくれば二人の間柄はもうハッキリだなと思うのだけれど。


それでは更に一枚観てもらいたい絵がある。

ジョヴァンニ・ボルディーニ
<カフェでの会話>
1879年
個人所蔵

上の3 点の作品から少々時は流れている。2人の女性がカフェで嬉しそうに会話を楽しんでいる。
右がモリゾであるが、ここで思ったのは
女性二人は目を合わせていないのでこの絵を見ただけでは仲が良いのかどうかよくわからない。
取り敢えず左の女性もボルディーニのモデルをしたことがあるとだけ言っておこう。
結局ボルディーニが何を描きたいのか不透明である。
二人の女性の友情か、或いはただ単にこの頃流行ったカフェを描きたかったのか?
 
私にとってはどちらの説も有力である。

二枚目の<田舎でのベルト>には別タイトルがついていてそこには<ウェイティング(待ち姿)>とある。
誰を待っているのかはっきりしないが、2枚ともに絵の中の若い美しい女性からは紛れもなく恋をしているオーラが溢れ出ている。

それに対してカフェの中のモリゾの様子は明らかに違うようだ。
冷めたような気さえするのは私だけ?
先述のように1878年にはモリゾは娘のジュリーを産んでいる。
だとしたら幸せの頂点のはずだからやはりもうボルディーニとモリゾは仲の良い友人に落ち着いた後だったのか?

ここでハッキリさせておかなくてはいけないのは、例えば1874年と一言で言っても1月と12月では違う。また12月1日と31日でも違うかもしれない。
ましてや人の気持ちなんて一日で変わってしまう場合もある。
このことに気づかずに後で苦い思いをしたことがあるのはおそらく私だけではないはず。
このようなどんぶり勘定は時には大失敗に繋がることがあることを肝に銘じておこう。

いずれにしてもモリゾはいつも、どの絵の中でも正面を見ていない事だけは強調しておこう。

また、もう一つ言っておきたいのは、
今回のボルディーニが描いたモリゾの絵は個人所蔵ばかり。
また、モリゾがモデルとして多くの画家と交流があったのは知られているが、その内容について深く追求している記事をマネ以外あまり知らない。ボルディーニについても名前は出てくるものの、モリゾとのストーリーに触れている文は少ない。

だからこの企画展の始まりからモリゾをモデルとして描いた作品が数点出てきたのに驚いたわけ。

ボルディーニは多くの著名人との交流があって、なのにモリゾが初っ端から…、これは最初のうちは主催側の意図がよくわからなかった。

最後の方でモデルになった有名女優の着ていたドレスまでドドーンと登場させたところでやっと、なるほど、この展覧会の凄さがわかりかけたところ。

大抵の人はこのあたりではもうモリゾの事なんか忘れているかも知れない。
何故かというと、1890年代からボルディーニは主に女性を、しかも上流階級限定で描く画家になる。モデルになった美しい装いで、綺麗に化粧もしたお金持ちの女性達…。そう、彼は確実に変わった。

そうなってくるともう女性を見る目も変わってくるのでは無いかと思うけれどね。例えばすべての美しい人は花に見えてしまうとか?
要するに心を持たない、微笑んでいても何を考えているのかわからない、いや理解したくない、モデルとして以外興味の持てない対象?

そう言えばこんな話もある。
2010年、パリのとあるアパートメントが解体された際にボルディーニと恋愛関係にあった女優のマルト・ド・フロリアンの住んでいた部屋からボルディーニの作品が発見されて170万ユーロという高額で競り落とされたという。
こうなってくると、もう映画のストーリーの一部でも良いな。

ところでもう一つ気になったのが、やはりここでエドゥアール・マネとの関連である。

というのはやはりモリゾがモデルとして活躍した絵が知られているのはマネの作品であるが、これらの中のモリゾの髪の色は黒い。が、ボルディーニにとっては上の絵のようにブロンドである。ほぼ同じ時期なはずなのに、そんなに頻繁に染めたのだろうか?

これはマネかボルディーニのどちらかがイメージで髪の色を変えたのかと思うのが妥当だけど。

何れにせよ、モリゾはボルディーニと知り合う前からウジェーヌともう付き合いがあったはずだから、解釈に多少のズレはあったとしても他人の私がとやかく言うことではない。

<ボルディーニ対マネ一族、ベルト・モリゾをめぐって>
今回の私のタイトルはこれでもよかったかなとも思った。

今回の特別展に行っていなかったらまた今まで知らなかったモリゾの一面発見なんて夢にも思わなかったかも知れないと思うと私の展覧会好きもまんざら悪くないなと思うのであった。

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