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賃金を減額したいときはどうするか

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 昨日、とある経済団体の方とお話しをしました。

 少しずつリアルな場での会合が増えてきたものの、最近になって会社の業績が急激に悪化して全く会合に出て来られなくなっている経営者もいるとか・・・

 いつの時代にも、一定数の会社はなくなっていくのでしょうが、ここ数年の世界情勢は全く予期しないところからの大打撃を食らってしまった企業が少なくないと思われます。

 経営状態が悪化した場合に一番大きくのしかかる費用は、固定費で出ていく人件費です。
 そこで、整理解雇を検討することもありますが、今後業績が回復する可能性が残っている状況の下で、今までがんばってくれた従業員を解雇してしまうことは得策ではありません。 

 ということで、人は残しつつ各人の賃金を少しずつ減額して窮状を凌ぐ方法を検討するのですが、賃金の減額もそんなに簡単にはできません。

労働者の同意をとって減額する場合に注意すること

 賃金の減額は、労働条件を不利益に変更するものですから、原則として、労働者の同意が必要です。

 しかし、雇われている立場にある従業員が、使用者からの減額要求を簡単には断れないことは容易に想像できます。
 会社の業績が悪いことは薄々感じているし、もし減額に応じなかったらクビになるかもしれないし・・・ということで、渋々減額に応じることになるでしょう。

 給料を減額されるっていうのに、「喜んで!」と同意する方が稀ですよね。

 実際、形式的には同意したのに、自由な意思で同意したものではないとして同意の有効性が争われた裁判があります(山梨県民信用組合事件(最高裁判所平成28年2月19日判決))。

 この訴訟で最高裁判所は、労働者が同意したという形式的な事実だけでなく、賃金減額により労働者にもたらされる不利益の内容・程度、労働者が同意をするに至った経緯と態様、同意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点も踏まえて、真の同意であったかどうかを判断すべき、としました。

黙示の同意もあり?

 「同意します」という意思表示がある時ですら、上記のように、その意思表示だけで有効な同意があったと断定することができないのですから、「同意します」という明確な意思表示がない場合は、賃金減額に対する同意があったと判断することは難しいでしょうね。

 例えば、一方的に賃金の減額を告げたものの、労働者側からは特に反論もなく、その後減額した賃金を支払っているが異論を唱えられたことがないような場合に、黙示の同意があったとして賃金減額を有効にすることができないか争われた裁判があります(ゲートウェイ事件(東京地方裁判所平成20年9月30日判決)。

 東京地方裁判所は、労働契約において賃金の合意は最も基本的な要素であるから、賃金減額については、ただ単に異議を述べなかったというだけでは十分ではなく、これを承認する積極的な行為が必要であるとしました。


 このように、賃金減額について労働者の同意があるというためには、積極的な同意の意思表示を得ることが必要であるだけでなく、全ての事情を納得した上での同意であることを示す必要があるので、使用者は減額手続きには十分注意を払うことが大切です。

 なお、降格や配置転換、人事考課などにより、賃金の減額をすることは、従業員の同意なくして可能です。
 ただし、降格や配置転換が有効であることが前提です。
 就業規則に降格による降級に関する規定があり、降格処分に合理性があり、聴聞の機会を与えるなど手続きの公正性があり、これらの仕組みに沿った措置であり、不合理・不公正な事情がないこと、という要件を満たした時に降格・配置転換による減給が可能になりますので、注意が必要です。

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