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変更解約告知

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 昨日から黄砂が酷いのか、喉の調子がおかしいです。
 このご時世で喉の調子がおかしいと少し焦るのですが、においは嫌というほど感じるので、大丈夫なんでしょうね。

 調子のおかしいのは喉だけでなく、世の中の景気もおかしくなっています。

 ニュースによると、緊急事態宣言の延長による経済損失は約1兆620億円で、失業者は約7万人増加する見込みとのことです。

 また、ニュースの数字には表れていませんが、解雇するまでには至らないものの、労働条件の変更を余儀なくされている経営者も多いのではないでしょうか。

 そこで、今日は、解雇それ自体を目的としているわけではなく、労働条件を変更するための手段として解雇する、いわゆる変更解約告知が有効かどうかについて、簡単に見てみたいと思います。

変更解約告知の種類

 変更解約告知は、解雇をちらつかせて労働条件の変更を半ば強要する、というものです。ですから、そのやり方は、使用者のキャラによっていろいろですが、大きくは以下のように分けて考えられています。

① 労働条件変更の申込みをし、労働者が労働条件の変更を受け容れれば、労働契約の解約はしないこととし、労働者が労働条件の変更を受け容れなければ労働契約の解約をする方法。

② 新しい労働条件での再雇用を申し込むと同時に、労働契約の解約をする方法。

③ 第1ステップして労働条件の変更の申込みをし、労働者がこれを拒否したら、第2ステップとして、拒否したことを理由として労働契約の解約を行う方法。

④ 新しい労働条件で募集するのと同時に解雇を行い、応募者の中から厳選して再雇用する方法。

 いずれの方法も、使用者としては、必要な労働力を失うことを覚悟の上で行う必要があります。
 つまり、労働条件を変更してもらえなければ雇用し続けることが不可能だ、というほどの追い込まれた状況にあるのでなければ、利用することはなかなか難しい方法です。

「とりあえず承諾しますが、労働条件の変更は合理性がないと思うので裁判で争います」と言われたら?

 裁判になった事例で、労働者が労働条件変更の合理性については争うが、暫定的に変更後の労働条件に従って就労する、という方法の有効性が争われたものがあります(日本ヒルトン事件(東京地方裁判所平成14年3月11日判決)。

 ヒルトンホテルの経営が悪化したので、スチュワード(ホテル内の宴会場及びレストランの銀器を含む食器の洗浄と管理、ゴミの回収等の衛生面を担当する者)の労働条件を変更しようとしたものの、それに従わなかった原告らを雇止めしたという案件です。裁判所は以下のように述べて、労働条件の変更には合理性があるが、雇止めは理由がないとして、変更後の労働条件に基づいた賃金の支払いを命じました。

 本件雇止めを正当化するに足りる合理的な理由とは、景気変動等によって被告の業務量が低下し、労働力の過剰状態を生じたといった社会通念に照らして原告らを雇止めすることもやむを得ないと認められる相当な理由をいうと解されるところ、被告は、本件通知書に基づく労働条件の変更に同意した配膳人に対する就労をその後も継続しつつ、・・・本件雇止め以後、原告らが従前に行っていた仕事を行わせるために新たに請負業者から配膳人を受け入れていることが認められるところである。そして、これらの事実及び証人P5の証言によれば、被告が、原告らに対して本件雇止めをした理由は、業務量の低下等のために、原告らスチュワードを就労させる必要がなくなったことによるものでも、被告の経営状態の悪化を理由とするものでもないのであって、原告らが本件通知書に基づく労働条件の変更に同意をしなかったこと(すなわち、被告の経費削減に協力しなかったこと)、及びこの労働条件の変更について争う権利を留保したうえで被告のスチュワードとしての就労を認めるときは、仮にこの労働条件の変更が許されないとの裁判所の判断等がなされた場合に、この変更に同意したスチュワードと原告らスチュワードとの間の労働条件が異なることになって相当ではないとの理由によるものであると認められる。そして、もし、本件における事実関係の下で、このような理由に基づく雇止めが許されるとするならば、被告は、ヒルトンホテルに就労する配膳人に対し、必要と判断した場合には何時でも配膳人にとって不利益となる労働条件の変更を一方的に行うことができ、これに同意しない者については、これに同意しなかったとの理由だけで雇用契約関係を打ち切ることが許されることになるのであって、このような理由は、社会通念に照らして本件雇止めをすることを正当化するに足りる合理的な理由とは認め難いのである。
 以上のとおりであるから、結局、本件においては、本件雇止めをすることを認めるに足りる合理的な理由があるとすることはできないし、他に、本件雇止めについて社会通念上相当と認めるに足りる合理的な理由の存在を認めるに足る証拠はないと言わざるを得ない。
 ・・・原告らは、被告に対し、本件通知書に基づく労働条件の変更の効力について争う権利を留保しつつ、本件通知書の内容に基づいて変更された労働条件の下での就労に同意する旨の通知をしたことが認められるのであって(本件異議留保付き承諾の意思表示)、この事実によれば、本件通知書に基づく労働条件の変更に伴う紛争の解決を裁判所等による判断に委ね、変更後の労働条件に基づく労働契約の締結の申入れをしていたものというべきであり、被告は、原告らが本件労働条件の変更を争う権利を留保したことを理由に本件雇止めをし、原告らとの間で日々雇用契約の更新(締結)を拒否することは許されないというべきである。

 しかし、控訴審は、この判決を否定し、経営状態が悪化したホテルが示した労働条件変更の申入れを拒否した配膳人に対する雇止めには合理的理由があり有効だとしました(東京高等裁判所平成14年11月26日判決)。

・・・本件労働条件変更は、大幅な赤字を抱え、ホテル建物の賃貸人から賃料不払を理由とする明渡請求を受けるという会社の危機的状況にあって、会社の経費削減の方法として行われたもので、その労働条件変更の程度も、同様に不況にあえぐ他のホテルにおいても実施されている程度のものであって、会社の危機的状況を乗り切るには止むを得ないものと認められ、したがって、本件労働条件変更に合理的理由があること、一審被告は本件雇止めに至るまでに約半年前から組合と交渉を開始し、一審原告らに対して繰り返し本件労働条件変更の合理的理由を説明したこと、一審被告は正社員の組合に対しても人件費削減のため賞与の引下げ等を提案し、同組合もこれに同意していること、一審原告らは正社員になると身分は安定するものの勤務時間が拘束されることなどから正社員となることを希望せず、あえて日々雇用関係という身分に甘んじてきたこと(これは正社員ないし長期間の雇用契約を希望しながらも採用されないため、月単位ないし1年単位の雇用契約を長期にわたって更新している場合と根本的に異なる。)、そのような雇用形態にある一審原告らの本件異議留保付き承諾の回答は、一審被告の変更後の条件による雇用契約更新の申込みを拒絶したものといわざるを得ないこと、それにもかかわらず、そのような意思表示をしている一審原告らの雇用継続の期待権を保護するため一審被告に対し一審原告らとの日々雇用契約の締結を義務付けるのは、今後も継続的に会社経営の合理化や経費削減を図ってゆかなければならない一審被告にとって酷であること等との事情によれば、本件雇止めには社会通念上相当と認められる合理的な理由が認められるというべきである。
 したがって、本件雇止めは有効であると認められる。

 自分たちの都合で正社員になることを希望しなかった(ある意味自分勝手な)労働者と、危機的な経営状況にあり合理的な範囲内で労働条件を変更しようとした(しかも労働者に対して真摯に説明を続けてきた)会社とを比較した時、会社を勝たせるべきだという結論に至ったのでしょう。

 個別の事情に関わらず、留保付き承諾が有効とされるかどうかについては、判例上まだ確定しているとは言えませんので、今後の動向が気になるところです。

変更解約告知の効力

 変更解約告知も、解雇であることに変わりありません。

 そのため、その解雇が有効かどうかについては、解雇権の濫用でないといえるかどうかで判断されます。

 ただし、変更解約告知は、普通の解雇の場合と違い、労働条件変更のための解雇ですので、解雇権濫用かどうかの判断は、①労働条件の変更の必要性や相当性があるか、②労働条件の変更を解雇という手段によって行うことは相当か、という観点で判断されるべきであるとされています。

 週3日の勤務をしていた医局員に対し、財政難の病院が毎日勤務を命じたものの、拒否されたので解雇したという事案において、大阪地方裁判所は、以下のように述べて、単なる整理解雇ではなく、“労働条件変更のための整理解雇“の有効性を判断しています。

 ところで、講学上いわゆる変更解約告知といわれるものは、その実質は、新たな労働条件による再雇用の申出を伴った雇用契約解約の意思表示であり、労働条件変更のために行われる解雇であるが、労働条件変更については、就業規則の変更によってされるべきものであり、そのような方式が定着しているといってよい。これとは別に、変更解約告知なるものを認めるとすれば、使用者は新たな労働条件変更の手段を得ることになるが、一方、労働者は、新しい労働条件に応じない限り、解雇を余儀なくされ、厳しい選択を迫られることになるのであって、しかも、再雇用の申出が伴うということで解雇の要件が緩やかに判断されることになれば、解雇という手段に相当性を必要とするとしても、労働者は非常に不利な立場に置かれることになる。してみれば、ドイツ法と異なって明文のない我国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知という独立の類型を設けることは相当でないというべきである。そして、本件解雇の意思表示が使用者の経済的必要性を主とするものである以上、その実質は整理解雇にほかならないのであるから、整理解雇と同様の厳格な要件が必要であると解される。
 そこで、以下、検討するに、被告は、本件解雇当時、被告の経営は極めて苦しい状況にあり、人件費の負担の大きいことが経営悪化の重要な要因であり、その中で優遇を受けている原告の扱いを変更する必要が生じた旨主張し、・・・被告における病院経営は、平成元年、平成2年とその営業損益にいわゆる赤字を計上し、平成3年以降もその赤字は増大し、平成4年3月期には2億5000万円の赤字を計上するなど、極めて苦しい状況にあったこと、その経営悪化の直接の原因は入院患者が激減したことにあったが、それとともに、患者数に比して従業員の数が多く、人件費の負担が大きいことも経営悪化の重要な要因であったことを認めることができ、これらの事実は被告の右主張に沿うものである。しかしながら、右各証拠によれば、平成3年9月に、小竹源也が院長に就任し(右就任は当事者間に争いがない。)、種々の改善策を実施して病院の建て直しに腐心したこと、そして、右改善策により、平成4年3月期を底に被告の再建策は軌道に乗り、その経営収支は相当程度改善されていたことを認めることができる。そして・・・本件解雇当時の原告の基本給は月額18万円台であって、その職種に照らせば、勤務日数が限定されていることを考慮しても、さほど高額とはいえないものであり、原告のように勤務形態が週3日に限定された従業員は臨時雇用の従業員以外になかったことでもあり、被告の経営状態が原告の雇用条件を変更しなければならないような状況にあったとは認められないところである。
 また、被告は、原告が常勤従業員に比して優遇を受けているのでこれを是正する必要があった旨主張するが、勤務形態が週3日に限定されている点はこれを優遇されているといっていいかもしれないが、前述のとおり、その賃金が高額であるといったこともないし、他の従業員の原告に対する不満によって被告の業務が阻害されているといった事実も認められないところである。
 以上によれば、原告を解雇しなければならないような経営上の必要性は何ら認められないから、それにもかかわらず、労働条件の変更に応じないことのみを理由に原告を解雇することは、合理的な理由を欠くものであり、社会通念上相当なものとしてこれを是認することはできない。したがって、被告による本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効である。

解雇の有効性は具体的な事案によって変わりうる

 以上見てきたように、労働条件変更のための解雇の有効性は、それぞれの事案における使用者と労働者の具体的な事情と利益の比較によって変わりうるものです。

 絶対に有効ですよとか、絶対に無効ですよなどと断定できない複雑な問題です。

 ですから、会社としては、労働条件の変更を余儀なくされるほどの危機的な状況に陥っている時にも、真摯に労働者に説明をしたり、労働条件をできるだけ合理的な変更に留めるなどして、誠意を示し続けることが大切です。

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