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Yoko Bakesを立ち上げたきっかけ

そもそも「立ち上げ」てない

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ヨーコベイクスは、「立ち上げた」というより、自然発生的に、私の人生から(ものすごいスピードで)絞り出されたような感じです。

やりたい気持ちがパンパンに詰まっていて、それが「作る場所+売る場所+自信の三つがない」という理由(フタ)によりふさがれていて、そのフタが外れた瞬間、パーーーン!と出てきた感じです。

そもそも、お菓子作りが小さいころから好きだった私。とにかく作ることが好きで、小学校は手芸部、中学校は美術部。芸大に進もうとするも、友達の「あんた頭いいから勿体ない!」というたった一言で、軽く方向転換し、言語学を学びに東京の大学へ。

その後イギリスで言語聴覚士の資格を取り病院に就職するも、お菓子作りは私の人生で一貫してずっとやり続けていることだと気づいたのは、つい最近のこと。全ては私の人生が物語っていたのです。

「趣味」から「仕事」へ

さて、そんなお菓子作りですが、ずっと趣味としてやっていくつもりでした。本職は言語聴覚士、趣味はお菓子作り。それが大きく方向転換したのが、ロンドンで就職した先の病院で過ごした三年ほど。そこで色んなことが連鎖的に起こり、「お菓子作りを、人の役に立つ仕事にしたい」と思うようになりました。

まず最初に起きた変化。それは、「カフェを営業して、脳障害の後遺症のせいで仕事に戻れない働き盛りの世代に仕事を与えたい」という想い。

当時、言語聴覚士として働いていた私は、若くして脳に病気を持ち、ほんの少しの後遺症のために仕事に戻れない方を何人も病院から自宅へと送り出していました。「ちょっとサポートがあれば、仕事が出来るのに!」と、何度も同僚と悔しい思いをしました。

「だったら、サポート付きの仕事場を作って、そこで好きなお菓子焼いて、カフェやろうよ!」と。それが、「好きなことを誰かの役に立つ仕事にする」という最初の思いつきでした。

とは言えあくまで趣味の範囲のお菓子作り。いきなりビジネス化する自信など当時の私にはなく、病院で仕事をこなす日々が続きます。そんな中、「私のお菓子作りって、趣味以上の何かがあるのかも」と自信に繋がる出来事が、連鎖的に発生します。

ケーキの力ってすごい!

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まずは3.11。当時はイギリスにいたので、BBCニュースで津波の映像を見てショック状態。涙を流し、ロンドンに住む日本人の友達と、「私たちに出来ることは?」と居ても立ってもいられない状況。これは何かしないと!と思い、ひらめいたのがケーキを売って寄付金を募るイベント「CAKE SALE - Tsunami Fundraising-」

当時は言語聴覚士としてさえ自信のなかった私が、どうやってこぎつけたのかは今となっては謎ですが、まず上司に相談、そして部長に許可を得て病院のトップに持ち掛け、OKを得えました。

病院で知ってる人全員に「寄付金を募るイベントやるからケーキ焼いて!」とメールを送り、当日、受付近くに集まったケーキの量は、長いテーブル4つ分にも収まりきらなかったほど。日本人の友達と一緒に、そのケーキやスコーンを一つ1ポンドとか2ポンドで売って、総額600ポンドくらいの売り上げを出し、赤十字に寄付。この一連の出来事で、「ケーキの力って凄い!」とお菓子のパワーを感じました。

はじめて作ったウェディングケーキ

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その後私は娘の出産と共に産休に入るのですが、その産休中に、上司のキャサリンが「Yoko、私結婚するから、ウェディングケーキお願い!」と言うので、「OK!」と何も考えず二つ返事(笑)。

イギリスでは、結婚式は新郎新婦が全て「手作り」するので、日本のようなパッケージはありません。ドレスから料理からケーキまで、全て個別に外注するのが普通です。

引き受けたものの、ウェディングケーキなぞ作ったことのなかった私は、ハイハイする娘を傍らに、試作に奮闘。本を読み漁り、YouTubeを見まくり、練習を繰り返し、なんとか仕上がったケーキは、大満足の仕上がり。

ゲストも大喜びの大絶賛で、その時、これまで経験したことのなかったような満足感と達成感を味わうことに。その時、「ケーキ作りを仕事にする方法」的な本を初めて買って読んだのを今でも鮮明に覚えています。

イギリスの人気番組「GBBO」の出演をかけて

産休後、言語聴覚士としての仕事に戻った私ですが、お菓子作りへの想いは強くなるばかり。仕事中に次に焼くケーキのことを考えることも、しょっちゅうありました(患者さんよ、ごめんなさい)。

そんな中、イギリスでは空前のお菓子作りブーム。お家でケーキやパンを焼くことが、以前にも増して人気になった火付け役が、「The Great British Bake Off」略して「GBBO」というテレビ番組です。

この番組、イギリス全土から、お菓子作りが好きなアマチュアを12人選出して、番組上で競い合うというものなのですが、最高潮の時は平均視聴率が20%を超え、放送の翌日の新聞の見出しは必ずGBBO関連という、社会現象を巻き起こしました(平和なイギリスです)。

もちろん私も毎回逃さず観ていたのですが、ある時、「GBBOに応募しようかな」と思いつき、遊び感覚で応募してみたところ、電話選考→一次オーディション→最終オーディションとまで進んでしまったのです!最後の12人には行きつけなかったものの、それでも「4万人の応募者の中から、50人の最終オーディションまで生き残れた」ということは、大きな自信となりました。

「ヨーコはお菓子を焼く」と決意したものの

ここまでくると、私の「お菓子作りを仕事にしたい」という想いはかなり明確になってきます。言語聴覚士として働いているときに感じる「違和感」はだんだんと大きくなり、それが大きな苦痛に…。

そんなとき、キャリアコーチングをしてくれた友人ニッキーが、「Yokoはお菓子作りをしなさい。名前は決まってるの?Yoko Bakesとか?」と言うので、それをそのまま採用して名前が決まりました。直訳すると「ヨーコはお菓子を焼く」。ほんと、ただそれだけなんです(笑)。

さて、一度「お菓子を焼いて仕事をする」と決めた私ですが、第二子を授かり、狭くて高いロンドンから、広くて安い郊外へと、ロンドンからイギリス南西部のBath(バース)に引っ越します。バースは鎌倉みたいな観光地なので、イギリスを訪れたことのある方は、ツアーなんかで行ったことがあるかも知れません。コッツウォルズの端っこにある世界遺産の街。そこで息子を出産し、その後はお菓子作りを始めよう!と意気込んでいました。

が、人生そんなに甘くない…。待っていたのは、旦那の仕事がない、そして住んでいた家の大家に反対されるという二重の逆風。収入がなければ仕方がない、新生児と3歳児を抱える私は言語聴覚士として再就職。そして、私の収入だけではとうてい払えない家賃を軽減すべく、さらに田舎のFrome(フルーム)という小さな街へ引っ越すことになったのです。

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フルームに引越して2週間後に、大人気のマルシェに出店

このフルーム、イギリス南西部にある小さな街で、激寒の冬以外、毎月第一日曜日に、大きなマルシェが開催されます。その名も「The Frome Independent」

その日は街全体が歩行者天国になり、イギリス南西部のあちこちから参加者が訪れる、一大イベント。大変人気があるので、出店者はキャンセル待ち状態。そんなマルシェに、友人アビーが、「Yoko、お菓子で応募してみなよ!」と言うので、これまた冗談半分で応募してみたら、見事にアマチュア部門で受かってしまったのです!

こうとなったらやるしかない。引っ越した先の大家には一言も申さず(バースの大家には反対されたので)、自宅のキッチンで製造許可を取り、急遽出店準備。フルームに引っ越した2週間後にマルシェを控え、チラシ、サイト、パッケージなどをドタバタと用意して、そこからはダダダダー!とヨーコベイクスは広がって行きました。

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なので、手間暇かけて「立ち上げた」と言うより、「もうとにかくやるしかない状況になったので今まで溜まってたやる気や想いが一気に出てきた」という表現の方がしっくりきます。

こうしてフルームで「産まれた」ヨーコベイクスですが、圧迫早産かつ低体重で出てきてしまったようなところがあります。次のステップ、日本への引っ越しを機に、成長は一時期停滞するのですが(その話はまた今度)そんなヨーコベイクスを、今、もう一度「産み直している」というのが現在のヨーコベイクス。

なぜ一時停止したのか。なぜ産み直しているのか。その理由とプロセスを、引き続き綴っていけたらと思います。



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