ぐうたら日記7~一人っ子 煮ても焼いても 食えやしない 特におっさん 調理法無し

私は苦手な人間の分類分けをし、何故苦手なのかを日々分析している。私は人の好き嫌いが激しい。

その中のひとつに、「一人っ子のおっさん」というカテゴリーがある。私の知る「一人っ子のおっさん」は、大抵が厄介である。

「一人っ子のおっさん」は産まれた時から、一人の世界で生きている。自分vs親、から始まり、自分vs 友達、自分vs先生、自分vsあらゆる他人……が基本。舞台上のスポットライトは常に自分に当たっている。まるで市原悦子さんが、ひとり芝居をしているかのように……。

行動を見ていると、やはり主語は自分。人との兼ね合いなど、気にした事はない。
お兄ちゃんでもなく弟でもない、IとHe以外に呼び方がない。家族の呼び方って、その家の一番小さい子供からみた呼び方を使う家が多いらしい。だから、誰にも名前以外、何の呼ばれ方もせず、育ってきている。

例えば食事をするとき、食卓に料理が並ぶ。すると、何の迷いもなくすぐ食べ始める。誰が座ってないなど考えない、目の前に出てきたら自分のもの。

かつてベビーチェアに座る位の小さな子供がいたが、おっさんは相手が誰であろうと食べ始める。子供が大皿から、自分で取り分けれるはずはない。子供はおっさんをみている。おっさんは自分の皿をみている。

大皿に乗った料理を食べる時、何となく回りの人の数や、好き嫌いなど考えたりするもんだが、おっさんは、目についた一番いいところを、躊躇なく自分の皿に移す。食事のメンバーによっては、見ている方が恐縮する。

それとは逆に、冷蔵庫に美味しそうなスイーツが入ってたとする。おっさんは、今日の夜食べようと会社に行く。その日は忘れて翌日冷蔵庫を開ける。スイーツのないことに、本気で驚いたりする。

24時間ほど様子を見ていた家族は、おっさんがスイーツの権利を放棄したものと見なして、既に食べている。おっさんは、自分が食べていないから、いつまでもスイーツが冷蔵庫に存在すると信じている。普通子供の頃、兄弟でおやつや親を取り合ったりするが、その経験が全くない。家庭内での摩擦を知らない。

休日、家族で出掛けたとしても、基本的には一人で動きたいようだ。自分の関心のないものは、できればskipして飛ばしたい。
家族にカフェに行こうと言われても、自分は喉が渇いてないと断る。なにも水分補給だけで、人はカフェにいくのではない。
そのうち、家族から誘われなくなるが、誘われなくなったことにも、あまり気付いていないようだ。いつもの自分に戻っているだけ。その方が心地良さそうに見える。

いつも一人が普通。友達がいなくても平気、自分がいるから。そういえば寂しいや楽しい、と伝えてこないな。そもそも、なにか感情を人に伝える習慣がないのかもしれない。

両親とは距離が近い。父と母と自分、という三位一体型家族。
普通は、親チーム、子供チームという形になると思うが、三人でトライアングルを形成している。三人はそれぞれが同じ距離で結ばれている。お母さん経由お父さん、という、よくあるパターンはあまり感じられない。

そして受け身である。イメージとしては、赤ん坊が椅子に座って、あーんと口を開けて、母にスプーンでご飯を食べさせている感じ。何事に対しても、両手を下にぶら~んと落としたまま、口をあ~んと開けている。

よって「一人っ子のおっさん」は使いものにならない。煮ても焼いても食えない代物であると、私は勝手に決め付ける。受け身であるし、闘争心もない。女の子なら、かわいい、守ってあげたい、と思わせるのだろうが、おっさんだしな…(-_-;)

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短歌や詩、エッセイを書いています。 親としての葛藤や反省、自分の親との関係、そして恋愛のこと等書いています。各賞に応募したものは、削除していきます。神戸在住。
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