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言葉の宝箱1325【どうやら幸福というものは、ひどく平凡なことの中にある。静かな眼、おだやかな心、健やかな体、平穏な日々、そうした状態以外の何ものでもないらしい】


『欅の木』井上靖(文春文庫:1975年7月25日)


・栄達は栄達、幸福は幸福、全く別のものだ。
それなら幸福とは何であるか。誰も幸福の正体を見た奴はいない。
幸福を追い求めているが、なかなか幸福はつかまらない。
栄達は手にはいるが、幸福の方はそう簡単には行かない(略)
メーテルリンクの“青い鳥“の話(略)
どうやらこの童話劇は子供のために書かれたのではなく、
大人のために書かれたものらしい(略)
幸福は身近いところにあった。他人を幸福することの中にあった。
――メーテルリンクはこう言っているのだ(略)
私はもっと簡単なことではないかと思う。
どうやら幸福というものは、ひどく平凡なことの中にある。
静かな眼、おだやかな心、健やかな体、平穏な日々、
そうした状態以外の何ものでもないらしい。
幸福は求めない方がいい。
求めない眼に、求めない心に、求めない体に、求めない日々に、
人間の幸福はあるようだ P92

・幸福とは、足るを知ることだ(略)
幸福というものは、人それぞれで異ると思うね。
君たちは食うに困らんから、
足るを知ることだとか、求めない心だとか言う。
しかし、
貧しさに追いかけられている者にはそんないい方は通用しないだろう。……
俺が、いま幸福とは何かと訊かれたら、
子供に先立たれぬこと、胃が丈夫なこと、
恩を忘れない心を失わないでいられること……
この程度のところに線を引くね P106

・あまりあくせくしないで生きることだね、
人生の片隅で、無名に死ぬように心掛けることだね P252

・紀行は自分が行ったことのないところへ連れて行ってくれるし、
随筆は随筆で、
人間はいろいろな考え方をするものだといった思いを持たせられる。
感心することもあれば、反撥することもある。
しかし、たとえ反撥する場合でも、相手の立場に立って考えてやると、
相手がそのような考え方をする理由が判る。
なるほど、この人物はこういうわけで、
こういう考え方をしているのかと思う P367

・自分の信念のためには、
決して妥協しない人間は、たとえ数少なくとも、この世にいるのであり、
そういう人間の立派さに比べると、
ほかの人間的美徳など影薄いものになってしまう(略)
清濁あわせ吞むとか、包容力があるとか、
あるいは大器、あるいは融通無碍――
いずれも妥協以外のなにものでもなさそうである。
自分の信念をあくまで押し通すだけの潔癖さがなかったら、
ものは主張するな(略)
自分自身に言わざるを得ない気持だった P381


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