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褒めないということ

Aさんと一緒に仕事をして褒められた記憶が全くといっていい程ありません。ですが褒めないということが承認欲求の呪縛から開放される数少ない手段ではないでしょうか。

当時Aさんに心酔していた私は、早く認めてもらいたいと必死で仕事に食らいついて、精力的に業務に取り組んでいました。
Aさんからの承認欲求が抑えられないと言った感じでしょうか。

ですが、毎日のように課題と問題を対処していると『褒められたい』という承認欲求よりも、目の前の仕事に向き合い会社をより良く運営する手伝いをいかに完遂するかに意識が向きます。

Aさんの仕事の振り分けは絶妙で、音を上げるほど辛くはないが、油断をすると崩壊するくらいの仕事量で忙殺してくるのです。(笑)
そんな中で仕事をしていると、上司と部下と言うより、親と子、師匠と弟子のような親近感で仕事を進めていたのです。
仕事を辞めるまでずっと同じで、最後の方は私自身が仕事を探し取り組み提案し進めるところまで成長できたと認識してます。


在籍3ヶ月目のAさんがもたらす改革に反対する方が多かったため、かなり冷やかな雰囲気で業務を進めておりました。

Aさんは基本外面がよく、温和で柔和なおじいさんではありますが、私相手だとべらんめえ口調で、周りがパワハラと疑うくらいの口ぶりで話します。
師弟?関係も出来上がっていたため、お互い【Bestを尽くす】という目的に対しての話になると、自然と口論のような場面となります。
周囲からすると取締役と平社員が口論しているのですから、奇異な目で生暖かく見守られます。
オーナー会社でしたから、経営陣とざっくばらんに話し合える環境がなかったため、致し方ありません。

仕事は進んで、目の前に大きな変化の結果が並び始めて、会社の雰囲気が変わっていきます。

Aさんが偉い人でも平社員とがっぷり四つで意見を交換している様が周囲に伝わり興味を持ち始め、徐々に人が集まってくるようになります。

仕事を手伝った協力者の方々は、自分のやった仕事が形になっていくにつれて、充実感を感じているように見えました。

その際にふと感じたこと

Aさんは褒めるという行為を行わず、感謝の言葉から話を始める


後々書籍等で『嫌われる勇気』や『アドラー心理学』などを読んだ際、これを実践していたのかと感嘆しました。

一個人としてリスペクトするのであれば、褒めるという行動は上下関係を生み出すため対極ではないか。
私自身が承認欲求に縛られずのびのび仕事ができたのは、褒められなかったからだと今なら確信できます。



褒めずに認めること、『ありがとう』だけで十分である。


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ここまで読んでいただいてありがとうございます。
20代のころを思い返しながら書いております。
誤字脱字等読みづらいところも多々あると思いますが、
よろしくお願いします。

よろしくおねがいします!