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なぜDiversity&Inclusionがプロダクト開発組織を強くするのか?

みなさんこんにちは! Engineering Manager Advent Calendar 2021 の6日目としてこの記事を書きました。

Diversity&Inclusion (以下D&I) が世の中で重視されるようになって久しいです。この記事では、D&Iがプロダクト開発組織を強くする理由について3つのポイントにまとめて説明します。

3つのポイント:
1. 人材採用の母集団拡大
2. 目的不確実なプロダクト開発における視点の増加
3. 憲法第13条「幸福追求権」

*Disclaimer: この記事は私の所属組織を代表する意見ではありません。プロダクト開発組織におけるコンテクストと私の視点を付与した意見になっています。3つのポイントも網羅性を求めたものではありませんし、別の切り口で分類することも可能です。

Diversity&Inclusionとは

はじめにD&Iについて簡単に説明します。日本語と英語の情報を調べたところD&Iの唯一の定義はないようですが、基本的に以下を表す概念です。

Diversity (ダイバーシティー = 多様性): 多様なバックグラウンドを持つ人が組織にいる状態を表します。性別・ジェンダー認識・身体的特徴・人種・民族・国籍・言語・年齢・ライフスステージなど表層的なDiversityと、価値観・宗教・性格・習慣・職歴・スキル・得手不得手など深層的なDiversityがあります。

Inclusion (インクルージョン = 包括・包含): 組織で個人ひとりひとりが受け入れられ認められ、能力を発揮できて活躍できる状態を表します。個人がただ居るだけでなく、価値を生む活動に参加できている状態です。

D&Iは組織を構成する人に多様性があるだけではなく、多様性が組織の活動に活かされている状態を言います。

それでは、D&Iがプロダクト開発組織を強くする理由を説明していきます。

1. 人材採用の母集団拡大

経済産業省とみずほ情報総研の調査 (報告書概要文) によると、2018年においてIT人材の需要125万人に対し、供給は103万人で22万人の供給不足でした。そして今後も需給ギャップは拡大する見込みです。プロダクト開発に必要な人材はいわゆるIT人材だけではないかもしれませんが、実際に採用に関わっている方は採用の難しさを実感しているのではないでしょうか。組織の強化に人材採用は不可欠ですが、それが困難な状況なのです。

会社を新しく立ち上げる際は、過去の同僚など自身と比較的バックグラウンドが近い人で組織を構成することはよくあります (職種のバックグラウンドは補完する形で)。一方で、その後は社員数を数十人、数百人、数千人と増やすどのフェーズでも人材採用の課題に直面する会社は多いでしょう。

このような状況なので、求めるポジションに関係ない特徴でフィルタリングしていては、ただでさえ難しい採用がさらに難しくなります。逆に言えば、今まで意識的に・無意識的にかけていたフィルターを外すことにより、採用母集団を広げて採用の可能性を上げることができます。

Diversityに関わるフィルターとしては、日本語能力を要件から外すという組織改革として投資が必要になるものから、特定企業 (自社と近い業界) の就業経験を要件から外すという比較的簡単にできるものまであります。

*補足: 男女雇用機会均等法や雇用対策法により、性別や年齢などフィルターにすることが禁止されている項目もあります (特定のケースを除く)

2. 目的不確実なプロダクト開発における視点の増加

現代のプロダクト開発は、何を作れば正解か未知である目的不確実な活動です。そのため仮説と検証による探索的なアプローチを取ることが必要となります。その方法論について、Productivityの観点では以下の記事に書きました。

D&Iの観点ではどうでしょうか。一方向に突っ走るのでなく、様々な方向を試しながら正解を探索する過程で、多様な視点が強みとなることは想像できるでしょう。もう少しロジカルに考えるため、デザイン思考イノベーター理論に当てはめてみます。

デザイン思考は未知で正解がわからない課題に対して解決策を見つけていく手法です。Empathize (共感)、Define (定義)、Ideate (アイディア出し・概念化)、Prototype (施策)、Test (テスト) の5つのステップからなります。デザイナーの思考プロセスを一般化し、様々な業種や職種に広まった手法です。

1つ目のEmpathizeは、ユーザーやお客さまが実際に何に困っているか、何を根源的に欲しているかを直近で見て理解していく過程です。開発チームが持つ勝手な思い込みでプロダクトをつくるのでなく、実際に使う人の立場で何のためにプロダクトをつくるべきか理解するのです。Diversityの高いチームは、1人の思い込みにチーム自身で気づくことができるので、Empathizeのステップの質を高めることができます。

3つ目のIdeateは、たくさんのアイディアを出しながら開発するプロダクトの方向性を決めていく過程です。Brainstormingの手法を使うこともよくあります。均質な考え方の人だけで集まってアイディア出しするよりも、多様な視点でアイディア出しする方が良いのはすぐにわかりますね。

5つ目のTestは、実際につくったものをユーザー (の一部) あるいは将来のユーザーに使ってもらい効果を検証する過程です。効果検証は実は難しいプロセスです。得たいと思っていた効果が得られなくても、間違いを認めずに自分は正しかったとするバイアスが働きがちです。この際に、Diversityの高いチームでは、誰かが間違いを指摘してチームが学習していく可能性を高めることができます。

さて、イノベーター理論の方はどうでしょうか。これは、プロダクトが普及する過程を以下の5つのグループに分類したマーケティング理論です。

1. イノベーター
2. アーリーアダプター
3. アーリーマジョリティ
4. レイトマジョリティ
5. ラガード

最初の2つが初期市場で全体の約15%、残りの3つがメインストリームで約85%を占めると言われています。プロダクトの初期段階では初期市場 (特定セグメント) にだけ受け入れられれば良いですが、プロダクトを成長させるにはメインストリームに受け入れられる必要があります。つまり、特定セグメントでなく多様な人々からなるメインストリームに受け入れられる必要があるのです。日本全体がターゲットであれば日本全体のDiversityに、世界をターゲットにするのであれば世界全体のDiversityに合わせていくのです。

*補足: そしてこの初期市場とメインストリームの間にはキャズム (ギャップ) があることが有名です。キャズムを超えるためにもD&Iが必要になるのです。

3. 憲法第13条「幸福追求権」

人材採用や目的不確実なプロダクト開発におけるD&Iの価値はわかりましたが、それ以外に「なんとなくD&Iは良いもの」「D&Iが実現される方が良い社会になりそう」と思う方はいるのではないでしょうか。

そのような良いというイメージはどこから来るのでしょうか?これは私の意見ですが、D&Iは憲法第13条の幸福追求権で保障されるものだからと考えます。

憲法第13条は以下のように規定されます。

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

そして具体的な人権の内容が第14条以降に順に規定されています。ただし、その人権規定は1946年当時の社会情勢における課題認識を前提としたものでした。

その当時は課題認識されておらず憲法で規定されなかったけれど、その後の社会情勢の変化に応じて主張されるようになった権利は「新しい人権 」と呼ばれています。具体的にはプライバシー権、知る権利、自己決定権などがあります。これら憲法に明記されていない権利の根拠は第13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」であるとされ、これを幸福追求権と呼んでいます。

*補足: 脱線しますが新しい人権に興味がある方には、衆議院憲法審査会事務局の「『新しい人権等』に関する資料」がおすすめです。第I部が「新しい人権」、第II部が「教育を受ける権利」、第III部が「婚姻制度 (同性婚)」で、憲法制定当時の前提で憲法条文に入った言葉の背景と、現代における本質的解釈の議論が読み応えあります。

さて、現代の人にとって幸福を追求するには何が必要でしょうか?特に組織で働く人においては、良い仕事ができるというのが不可欠です。有名なマズローの自己実現理論 (欲求5段階説) では5段階目に自己実現の欲求があります。人は自身の能力を発揮して価値を生み出したいのです。Googleのre:Workでも同様に効果的なチームの因子として「インパクト = 自身の仕事に意義があると主観的に思えること」を5番目に見出しています。つまり幸福追求のためInclusionされた状態になりたいのです。

プロダクト開発組織にいる人がInclusionされた状態で幸福追求できている状態であれば、逆に言うと組織の人がプロダクトとして意味のある価値を生み出せている状態です。そして幸福追求権は多様なすべての人 (Diversity) が持っています。

憲法第13条の幸福追求権で保障されているからD&Iは良いものと言えるだけでなく、実はD&Iを推進して組織の人が幸福追求できていればプロダクト開発組織も成果を生み出す良い結果になるのです。

ではどうするか

以上のように、D&Iを推進することでプロダクト開発組織を強くできることがわかりました。では、プロダクト組織でD&Iを推進するにはどうすれば良いのでしょうか?

この方法論はいろいろあって良いですが、私は以下のように社員の入社前後でDiversityに対する視点を反転させることが重要と考えています。

社員の入社前: 個人のバックグラウンドを意図して意識から排除する
社員の入社後: 個人のバックグラウンドを価値あるものとして引き出す

社員の入社前 (採用プロセス) においては、個人のバックグラウンドを意図して意識から排除する状態にします。そのためのコミュニケーションやトレーニングを実施します。

たとえば、採用マーケティングでは「認知→興味→応募→選考→内定」と言うファネルがあります。各段階ごとに整理して何ができるか考えることができます。以下に例を書きます。

・認知→興味: 今までは特定プログラミング言語のセグメントのみを対象にPRしていたが、他の言語のセグメントにもPRしてみる。

・興味→応募: 社外リクルーター (エージェント) の協力を得る場合、特定バックグラウンドに絞るのでなく広く候補者リサーチするよう説明する。

・応募→選考: 書類選考の際、どの会社に勤務していたか見るのでなく、何を経験したか、どんな成果を出したかを見る。

・選考→内定: 面接担当者が無意識 (アンコンシャス) バイアスで間違った判断をしないよう事前にトレーニングする。

*補足: 対比のために「バックグラウンドを意識から排除」と書きましたが、採用イベントの際に少数派になるジェンダーや子育て世代の人が参加しやすい環境にするなど配慮すべきこともあります。

次に、社員の入社後には、個人のバックグラウンドを価値あるものとして引き出す状態にします。これは自然とできるものではなく、リーダーやマネージャーが意識してコミュニケーションとったり仕組みを導入したりなど努力が必要なことです。

たとえば、すでに一般的に言われることですが、心理的安全性が高いチーム文化をつくります。心理的安全性とはチームが仲良しでいることではありません。Google re:Workの「効果的なチームとは何か」には以下のように定義が書かれています。

心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。

*補足: もっと理解したい人には、心理的安全性のオリジナル提唱者エイミー・C・エドモンソン著「恐れのない組織」がおすすめです。

異なるバックグラウンドを持つ人がそのバックグラウンドを活かした良いアイディアを持っていても、「こんなアイディアは非常識では?」「このアイディアは既に常識で意味がないのでは?」と不安に思って発言できなければDiversityの意味はありません。Diversityが価値を出すためには、どのような発言も安心してできる心理的安全な環境が必要なのです。

心理的安全性を作る手法について、メルペイVP of Engineering hidekさんのEngineering Managementモデル「Hiring → Training → Evaluation → Retention → PR」を作って説明します。特に、ここでは入社後のTrainingからRetentionの部分を使って例を書きます。

・Training: 入社した人へのオンボーディングとして、新しく入ってきた人の多様なバックグラウンドからなる意見に価値があることを明示的に説明する。既存のチームにはD&Iの意味と価値を学ぶトレーニングを実施する。これにより誰でも心配せずに意見を言える環境にする。

・Evaluation: 行動評価のフォーマットとして、心理的安全なチーム環境づくりへの行動指標を入れる。フィードバックでは、SBI (Situation, Behavior, Impact) など本人が理解して行動を変えるような伝え方を用いる。

・Retention: 1on1では各チームメンバーが普段言いづらい問題を聞き出す。それを元にチームで解決できるよう変化を促す (心理的安全性は個人の問題ではなくチームの問題なので)。例として、ミーティングで発言しづらいことが課題なら、発言する人を順に回すなどファシリテーションを改善する。

以上のように、社員の入社前後で多様なバックグラウンドへの意識を反転させる重要性を説明しました。実際に各組織で課題は様々です。その際、上記の例のように何らかのフレームワークを用いると、全体を俯瞰して漏れなく課題を洗い出すことができます。これにより、より大きな課題で解決のインパクトが大きなことから着手するなど優先づけもできるようになります。

さいごに

D&Iがプロダクト開発組織を強くする理由について、採用母集団の拡大、目的不確実な開発での視点の増加、幸福追求権の3点で説明しました。

最近では、Diversity, Inclusion and Belongingと言われるようになってきています。頭で客観的に良いと理解する職場より、心で主観的に好きな職場 (Belongingがある状態) の方が生産性が高いと認識されるようになってきました。ぜひそのようなプロダクト開発組織で世の中やお客さまに価値を届けたいですね!

今回の記事を書いた私自身、メルカリのD&Iの方針や活動から影響を受けました。もっとD&Iを学びたい方はぜひ以下のメルカリの記事・公開資料をご覧ください。

さらに以下の動画・記事も学びになります!


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