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『さよなら、意識高い系(仮)』 第1話「謝罪ポエム問題」


「誠に申し訳ございません・・・」

 HRテックベンチャー企業、株式会社ハタライジングの代表取締役社長、前原茂は記者たちの前で深々と頭を下げた。一斉にカメラのフラッシュが光った。パシャ、カシャという乾いた音。約20社分重なると、かなりの威圧感だ。

 ダークスーツに身を包み、七三に分けた黒髪で頭を下げる前原はいつもとはまるで別人だった。今日はいかにも謝罪会見モードだった。まるでお通夜のようだった。

 「しげるん」の相性で知られ、まるでロックミュージシャンのような出で立ちで、自由奔放に振る舞っていた前原。彼のトレードマークといえば、白に近いほどの金髪だった。大きめのゴロゴロとした指輪、耳にはピアス。シルバーのアクセサリーで身を固めていた。人前に出る際もライダースジャケットを羽織っていた。その言動、いや存在自体がときに「意識高い系」と揶揄されつつも、注目を集めていた。

 ハタライジングは、HRテックの急成長企業だ。就職先、転職先とのマッチング度を判定する「デキルヤメナーイ」という診断プログラム、AIを駆使した面接代行サービス「メンセツカン」、スカウト型のマッチングシステム「エリートカモン」、退職率予想サービス「ヤメナイデ」、OB・OG訪問マッチングサービス「シャカイジンドア」などが注目を集めていた。これまでの大手人材ビジネス企業では実現できない、テクノロジーを駆使した「働き方応援企業」として注目を集めていた。ちょうど半年前に、新興市場に上場した。

 同社は社内の「働き方改革」でも知られていた。まるでリゾートホテルのようなオフィス、副業応援制度、リモートワーク推進などに取り組んでいる上、残業が少ない、働きやすい企業としてメディアでも取り上げられていた。社長の前原のイクメンぶりにも注目が集まっていた。

 しかし、アクシデントが起こった。10万人分の個人情報が漏洩した。

 問題はそれだけではない。ユーザーの情報を、適切な手続きを踏み、承認を得ることなく、クライアント企業に提供していたことが発覚した。

 これらの問題については数ヶ月前からネット上で疑惑の声があがっていた。ハタライジングは同社のサイトで事実関係をほぼ認め、謝罪声明を掲載した。

 しかし、SNSを中心に批判の声があがった。「しげるん、謝れ」「うそつき」「会見をひらけ」など、怒りの書き込みが殺到した。

 火に油を注いだのが、前原のブログだった。ある日、彼の「渋谷で働く金髪社長しげるんるん日記」に、「ごめんなさい」というタイトルのエントリーが投稿された。長いエントリーだった。一部を抜粋する。

 僕が「社長になる」と決意してから、15年が経ちます。おっさん風に言うと「15の夜」ですね(笑)。当時、僕は高1で、まだ小便臭いガキでした。

   地元では「神童」と呼ばれていた僕ですが、進学校に入った瞬間、普通の人になってしまったのでした。しかも、金持ちの子もたくさん。僕はいつか全員見返してやると誓いました。いま思うと、かっこ悪いですね(笑)。

   東大に受かるくらいじゃだめだ。いや、第一、受かりっこない。最短距離で社長になる。そうして、こいつらを見返す。僕はそう誓ったのでした。
(中略)

 でも、大学に入って、「見返す」って、なんて小さいことを僕は言っているんだろうと反省しました。「ああ、ちっちゃい」って。サークルやゼミでたくさんの社会人の方と会う中で、「社長になる」のは手段です。自分は「社会を変える」ために「社長になる」と誓ったのでした。そして、見返すのではなく、見返されるわけでもなく、尊敬される人と会社を目指したいなと思ったんです。
(中略)

 僕は新卒で、大手広告代理店に入りました。ただ、業界の体質も古いし、働き方も「ブラック企業」そのものでした。 人気企業であるにも関わらず、合わずにやめる人がいました。僕もその一人でした。大学の仲間たちもそうでした。

 「一人ひとりがヤバいくらい活躍できる社会」をつくるために、僕はハタライジングを起業しました。一人ひとりがイキイキと働くことができる社会をつくる。その社会をつくる会社をつくる。それが僕の、いや僕たちハタライジングのビジョンでした。仕事を楽しめる人を、一人でも多く、地球上に増やしたかったからです。働いた分だけ、いやそれ以上に笑える社会をつくりたかったんです。
(中略)

 今回、取り返しのつかないことをしてしまいました。10万人の方の個人情報流出という問題は、いくら謝罪しても、十分ではないことは、僕自身がよくわかっています。10万人の方に、一人ひとり謝罪してまわりたいくらいです。僕たちが個人情報を流出しなければ、幸せに暮らせたのに。働く人を応援する前に、基本ができていないと反省しました。

 登録者のデータを活用していた件については、誤解をよんでしまい、もうしわけないです。皆さんに、本当に合った企業を紹介するため、しょうがないことでした。「データを勝手に使った」「個人の情報で金儲けして」というご批判を頂きました。規約には一応、書いていたっぽいです。わかりづらくてすみません。
(中略)

 もう一度、僕を、人間前原茂を、ハタライジングを信じてください。お願いです。今回の件で、僕自身、責任を感じました。やめてしまおうかと思いました。会社を、社長を。いや、人間すらも。首都高を走るたびに、このまま楽になれるかな、アクセルをべったり踏んでしまおうかと思ったことは一度や二度じゃありません。

   でも、やりたいこと、自分に合った会社が見つからなくて困っている人のことを考えると、僕は社長を、ハタライジングをやめられないんです。

   ハタライジングは僕の夢じゃない。

   みんなの夢なんだよ。

   そして、この会社は、日本に、世界に、宇宙に必要な会社なんだよ!

 少なくとも、僕と社員(クルー)たちはそう信じています。

 SNSでたくさんの厳しいコメントを頂きました。すべてのコメントを読みました。中には、僕の容姿などに関する誹謗中傷まがいの批判も頂きましたが、それも含めて熟読しました。

   でも、その中に「ハタライジングのおかげで本当にやりたい仕事が見つかりました」「しげるんさんの生き様に惚れました」という声を多数頂きました。たくさんの経営者の方々からも「しげるん、反省しろ。そして、またぶちかませや」というエールをもらいました。

 もう一度、チャンスをください。まだまだ僕のビジョンにたどり着けていないんです。必ず挽回します。もう少しだけ、ハタライジングの社長のしげるんでいさせてください。

   お願いします。


 このエントリーは、SNSで拡散した。「しげるん信者」からは絶賛された。「エモい!さすが、しげるんさん」「読んでいて泣けてきました。ハタライジング、応援」「働くっていいなと思いました」などの好意的な声も集まった。

 一方、「謝罪になっていない」「単なる自分語り」「謝罪ポエム」という批判も殺到した。「こいつの愛車ってVOLVOだろ?首都高で事故っても死なねえだろ」というネット民からの皮肉たっぷりのツッコミもあった。

   情報漏えいや、個人情報の不適切な利用についても、説明は十分ではなかった。何ら解決策を示したわけではなかった。「ちゃんと謝れ」「説明しろ」という声が湧き上がっていた。前原は自分に対して好意的なツイートばかりリツイートし、批判的な声はスルーし続けた。

 しかし、前原は謝罪会見をせざるを得ない状況に追い込まれた。「週刊文潮」が前原のスキャンダル記事を書き立てた。「文潮砲」だ。

「個人情報漏洩のハタライジング カリスマ金髪社長しげるんの正体 就活を食い物にした出会い系ビジネスでボロ儲け 記者とゲス不倫三昧 イクメンの正体は今日もホテルに行くメン」

つづく

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

なお、この物語は正式タイトルを構想中です。皆さんからのご意見をお待ちしております。

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