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「こんな台風のとき、ホームレスの人たちはどうしているんだろう?」という想像力の行方

猛烈な台風に襲われた日の前日、「台風のとき、ホームレスの人たちはどうするんだろう」というツイートをいくつか見かけた。

夜になると、「台風のときにホームレスに欠けているのは、家だけはなく情報も。それは各市民ができることでもある」といったツイートも見かけた。

そうか、たしかにホームレスの人たちは猛烈な台風が来るという情報すら持っていないのかもしれない。

ふだん社会問題についての記事を書く仕事をしていて、ホームレスの人たちにも何度か取材したことがある。

彼らにとっての差し迫った危険があるかもしれない状況なのに、何もしないのは個人的にいたたまれない。

その日の夜はちょうど浅草で飲み会だったこともあり、浅草駅から片道20分ほど歩いて、ホームレスの人たちが集まる山谷に行ってみることにした。

公園にいたホームレスの人に「すごい台風が来ますけど、ど、どうするんですか?」と聞くと、「そらお前、どうしようもねーがな」と言われた。

「どこか避難したほうがいいんじゃないでしょうか……」と言っても、「おれは古屋があるからさ、どこへも行けないのよ。なるようにしかならないし、大丈夫じゃろ」と言う。

「でも今回はすごい勢力の台風みたいですよ」と念押しすれば、「ラジオで聴いてるけど、なんだか狩野川台風よりすんげえらしいな!」と、とても同調してくれるものの、「なるようにしかならん」の一点張りだった。

「だってな、前回の台風も凌げたんだからよお。まあでもな、あんまりにもひんでえなら、いざとなれば安宿とかいけばいいんだあ」

「お金、ありますか?」

「そらお前、そんくらいあるわ」

一応、僕が山谷に行ったのは、個人的に「もしお金がなくて避難さえできない人がいたら」と思ったからで、事前に万札を崩して財布に入れていた。

その公園には10人ほどのホームレスが暮らしていて、「避難するお金ない人とかいないですか」と聞いても「みんな、自分でどうにかすっべよお」と言われ、そうしたことを必要としていないようにも思えた。

それに突然現れた僕がいくら避難を勧めてもどうにもならないと思い、数十分立ち話した後、「じゃあ、ほんとにヤバい台風ですし、危険になる前に避難してくださいね」と言ってその場を後にした。

翌日。

予想されていた通り、猛烈な台風が日本各地を襲った。台風が強まるにつれ、「こんな台風のとき、ホームレスの人たちはどうしているんだろう」というツイートをさらによく見かけるようになった。

台風が去って数日後、多摩川の河川敷でホームレスの遺体が発見されたというニュースがあった。

山谷のホームレスの人たちは大丈夫だったのかな……。

もう一度、山谷の公園に行ってみることにした。

あいにく前回話をした人は古屋のなかで寝ていて、話せなかった。別のホームレスの人がいたから「台風、大丈夫でしたか?」と聞くと、「大丈夫じゃなかったべよ!」と言う。

「台風のときはどこにいたんですか?」

「ここ(公園)とか、あんまりひんでえと公衆便所のなかでずっと立ってたらあ」

「どのくらい?」

「十何時間はいたかもな」

「え、ずっと立ってたんですか?」

「狭いところに3人いたし、座ると水がすんげかったから」

年齢を聞くと80歳近くだという。80歳にもなる人が十何時間も立っているとか、想像するだけで顔が歪んでくる。

他の人にも「台風は大丈夫でしたか?」と聞くと、「おう、全然。その辺の建物の屋根の下にいて雨だ風だはしのげたからなあ。台風はいいでけど、これから寒くなるのが嫌でなあ」と言っていた。その人は意外とあっけらかんとしていた。

その公園で暮らす10人ほどのホームレスの人たちはみんな無事で、それぞれになんとかやり過ごしていたのだという。

ツイートで流れてくる「こんな台風のとき、ホームレスの人たちはどうしているんだろう」は、台風のたびに想像力として発動されるけど、台風が過ぎ去ればいつもどこかに行ってしまい、行方不明になる。

以前誰かが「みんなそういうときにホームレスを心配するような自分でいたいし、というかそれ以上にそう見られたいだけでしょ」と言っていた。

だけど、今回、こうした想像力は、台東区の避難所でホームレスの人の入所が断られたことが大きな話題になったとき、「それはおかしい!」と声を上げる下地になっていたんじゃないかと思う。

その想像力のもとにあるのは、たぶん関心であって、一つ一つは小さな関心であっても、それらが集結すれば、大きなうねりになる。

そんな想像力が豊かな社会ほど、やさしい社会でもあると思う。そのために、僕も微力ながらこんな特集記事を書いたりしている。

ちなみに、80歳近いホームレスの人は、台東区であったホームレスの避難所への入所拒否の話題を知らなかった。

「そういうことがあって、ニュースになっていて」と伝えると、「へー」と、興味のなさそうな、それでいて何かを悟ったような表情をした。

「でも、その対応がものすごく非難されていて、台東区はめちゃめちゃ叩かれていますよ。ネットとかでも批判がすごかったですから」と伝えたとき、また「へー」という反応だったけど、ほんの少しだけ驚いたような表情をしていた。

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