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「イシューレイジング」の先を描く

「イシューレイジング」という言葉がある。

NPO業界でよく使われる「ファンドレイジング」は、寄付を集めることを言うのに対し、「イシューレイジング」は、その「イシュー=テーマ」を世の中に認知してもらうことを指す。

「誰かにとっての問題」を「社会としての問題」に変換すること、とも言えるかもしれない。

「イシューレイジング」という言葉は、以下の記事でフローレンスの駒崎さんにインタビューしたときに知り、個人的にとても気に入っている言葉だ。

もともとこの記事を企画したのは、本来「書き手」ではない人たちが「書く」という行為を通じて何かを伝える際に、そこにどんな「意志」を込めているのかという問いからだった。

駒崎さんの場合は、社会問題の現場からメディアに“バトン”をにつなげ、問題解決の流れをつくるために記事を書いていると言っていた。

そんな意志を込めて日々記事を書くことが、「イシューレイジング」の一環なのだと。

記事にもあるように、たとえば、いまや社会問題(イシュー)として日本中に認知されている待機児童の問題も、ほんの数年前はほとんど知られていなかった。

それが、「保育園落ちた日本死ね!!!」といったブログ記事をきっかけに社会問題として表面化した。

こうした「イシューレイジング」には、社会的影響力の大きいメディアの力は欠かせない。

待機児童の問題も、ブログ記事がバズったのはあくまできっかけであり、それがネット空間だけの嵐で終わらなかったのは、さまざまなメディアによって取り上げられ、社会に提起されたからだ。

そんなケースを見ていると、メディアに関わる人たちの役割は「矢印をつくること」なのかもしれないなと思う。

矢印の意味は、多くの人が望む社会(あるいは望まない社会)を指し示すことにある。それは「イシューレイジング」の先を描くことでもある。

「社会がこうなるといいんじゃないか?」とか「誰かが嬉しかったりするんじゃないか?」とか、あるいは「こっちに向かう社会は嫌でしょ?」とか。

矢印のつくり方は多様で、その問題を取り上げて社会に提起すること然り、話題になった記事の文脈をつくるような発信でもいい。

僕自身、一人の矢印の作り手として、自己責任論に象徴されるような「誰かが悪者にされて排除される社会」とは逆を向くような社会になればと思っている。

それは、「誰かがつまずいてしまうようなバグを取り除く社会」を向く矢印とも言えるかもしれない。

その思いは、1年前に「リディラバジャーナル」というメディアに移籍したときから変わっていない。

だからこそ、さまざまな社会問題と言われるものの構造を読み解き、問題の根幹には「自己責任」ではなく「社会システムの欠陥」があることを解き明かそうとしている。

そして、それが少しでも「イシューレイジング」の一助になればいいなと思っている。

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雑誌『編集会議』編集者▶︎社会問題専門サブスクメディア記者/編集者▶︎オンライン動画ディレクター。テキストから動画領域に移籍し、新しい「伝え方/伝わり方」を追究中。心のクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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