noteを更新し始めて100日後の自分
今日の投稿で連続投稿が100日目のようです。変わったことがあるとすれば、手の抜き方を少し理解できたと思っています。
記事のアクセス数を頻繁に見てきましたが、PV数が取れたり継続的に読まれる文章は、ストーリー立てがきちんと出来ていて、その時に抱いた感情や体験がしっかりと書かれ、人に読ませる文章になっています。
こんなストーリー展開を、意識せずに息を吸うレベルでかけるようになれば、noteに限らず物事を相手に伝える行動すべてにおいて役に立つでしょう。
ストーリーで伝えるとなると、ある程度の文章量が必要になります。結果的に長文になってしまう、と言った方が正しいかもしれません。それだけ感情が乗っかって文章を書き起こせているってことだと思います。
例えば部下と話すとついつい熱くなって長話しをしてしまう先輩がいます。
今なら彼らの気持ちと理屈がよく分かります。
なぜなら、きっと目の前にいる後輩や他人が過去の自分のように見えて、一生懸命伝えたいこと、想いがそこにあるのでしょう。だからついつい時間を忘れて話し込んでしまうんですね。
仕事は簡潔に物事を伝えた方が効率良いのはよく分かります。でも人の心を短文で動かすのは難しく思います。
例えば文章のタイトルをキャッチーにすることで、本文を読んでもらいやすくする工夫はこの100日間でつねに考えてきたことでした。
そのタイトルは本文を読んでもらうために存在するのであって、一言で人生を変えられるかと問われたら、まあ無理な話しだとは思います。
例外があるとすれば、「おい、小池」でしょうか。なかなかキャッチーですよね。こういうタイトルを付けられるようになると、より文章を読まれやすくなり、伝えたい想いが伝わりやすくなるフックになることでしょう。
少し話しが逸れましたが、とにかく100日継続してわかった事は、知ってもらわなければ、どんなに良い物でも埋もれてしまうのがインターネットの特性であること。
知ってもらうには文章のタイトルを工夫して惹きつける必要がある。
そして人の心を動かすには、感情と経験が裏打ちされたストーリー調で文章をこしらえていく事。
毎日改善を続ける事。
こうして書き出してみると簡素ですが、この一文一文は100日間の僕なりの経験と思考の果てに生まれた文章です。
そう考えてみると、偉人たちの言葉がなんで心に響きやすいのか、見えてくる気もしますね。
僕が偉人になるかどうか分かりませんが、人の心を動かし、行動につなげるというのは非常に醍醐味のある事なので、これからもnoteを更新していければ、と思います。
これからも宜しくお願い致します。
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