5954. 社会科学に潜む別種の「フラットランド化」:「発達は一概に善ではない」という主張に留まることの問題

時刻は午前11時を迎えたが、依然として肌寒い。今日は厚手の長袖に長ズボンを履いて過ごしている。先ほど、昨日考えていたテーマに対してまた少し考えていた。

イギリスの哲学者デイヴィッド·ヒュームは、「である(is)」から「べきである(ought)」を導き出すことはできないと述べたが、それではそもそも「べきである」という主張はどこから来るのだろうか?ということについて考えていた。

自宅の目の前の通りには美しい花々が咲いていて、それらを見て私は「あれらの花々は美しい(Those flowers are beautiful)」と思った。そして、「私はあれらの花々を大切にするべきだ(I ought to value or protect them)」という思いが芽生えた。

そこから、私たちは何かしらの「である」ことからしか「べきである」という主張を導き出すことはできないのではないだろうかと思ったのである——「である」の中には、「あれらの花々には生命がある(Those flowers have life)」という「is」以外の一般動詞形で表現される事実も含まれる——。

そうした疑問と同様の問題意識を哲学者のロイ·バスカーも持ち合わせており、バスカーはまさにヒュームのそうした発想を否定する形で、「説明的批判(explanatory critique)」という方法を用いて、「である」から「べきである」を導く道を見出していった。この方法は、発達科学の発見事項に留まらず、霊性学や美学に関する事柄にも適用することが可能であろうし、適用するべきだと思う。そうでなければ、科学的な発見事実が実践につながっていかず、両者が分断されたままになってしまう。

ヒュームの事実と価値を分けるべきだという主張は、どこかデカルト的な二分法的思考のようにも見えてくる。バスカーが指摘するように、とりわけ社会科学の対象は内在的に価値負荷的(value-laden)であるという点を見落としてはならない。

社会科学の価値負荷的な特性を見逃してしまうと、例えば、Aという人間が何者かによって殺された場合において、本来は「Aは殺された」と述べるべきところを「Aは息をすることを止めた(あるいは心臓を停止させた)」というような形で記述されることに留まり、殺人に対して、法律学(刑法)、心理学、社会学といった社会科学の観点から議論する余地が喪失してしまい、生物学的な観点からしか議論ができなくなってしまう。

端的には、社会科学から「べきである」という観点を奪ってしまうことは、別種の「フラットランド化」なのではないかという問題意識がある。とりわけ発達理論は、人間や社会の健全な発達を実現することを目指し、解放をもたらすことを希求しているものであるから、尚更そうしたフラットランド化現象を乗り越えていく必要があるだろう。発見事項から規範的要素を汲み取ること及び作り出していくことを怠れば、健全な発達や解放をもたらす実践を導くことなどできない。

発達理論のコミュニティーの一部の中では、科学的な発見事実と価値を分けるべきであり、発見事実に対して価値的評価を下してはならないという風潮が見られる。これは、発見事実と価値をごた混ぜにするコミュニティーの中に蔓延している発想(例:「発達は善である」という発想)よりも成熟していることは確かであり、事実と価値を分けるべきなのだが、そこで議論をやめてはならない(例:「発達は一概に善ではない」という主張をするだけで終わってしまう発想)。重要なことは、事実と価値の対話であり、発見事実からいかような価値や評価を下すことが求められるのかを議論しなければ、何らの救いも解放も私たちにもたらされないだろう。

発達理論が私たちにもたらしてくれる叡智を実践につなげていくためには、「発達は善である」という短絡的な発想を超え、「発達は一概には善ではなく、事実と価値を分けるべきである」というべき論をさらに対象化させ、それを乗り越える形で、より高次元のべき論を模索していくことが要求されるだろう。

そして、新たな形で生み出されたべき論が、どのような世界観や価値観に立脚して生み出されたものなのか、それを生み出す社会文化的なコンテクストを含めて、絶えず自覚的であるという姿勢が求められる。そのようなことを考えてみると、発達について議論するというのは、絶えず内省的(reflective)であり続ける必要があり、同時にそうした内省に耐え続けるという意味で「内省的耐性(reflective patience)」のようなものが求められるように思う。自らの思考を他者や社会に無防備に委ね、自律的思考ができなくなっている現代人にとっては、こうした耐性を獲得することは容易でないのは確かだが。フローニンゲン:2020/7/3(金)11:20

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