情報を投げるつもりで感情を投げるなど

会話を、共感型と情報型(論理型)に分けて考えてみる。

「この前の日曜日に見た映画がとても面白かった」と話し相手から言われたとして、「休みの日に面白い映画を見られてよかったね」などと返すのは共感型だ。
それに対し、「何の映画を見たの? どこが面白かった?」と質問するのは情報型、という区分だ。
共感型の場合、お互いの「感情」を共有することが会話をする上での目的だと思う。
親しくない人と交わされる天気についての当たり障りのない会話なども、適度な好意を示すために行われるから、共感型に入るだろう。

言うまでもないが、わたしは共感型の会話が苦手だ。
常に相手の言っている事実やロジック、考え方、意見を追ってしまう。
自分と異なる意見をもつ人に、その詳細や、なぜそういう意見にたどり着いたのか、理由を訊いてしまう。
自分の知らないことを知っている人からは、事細かにその知識を分けて貰おうと試みる。

殆どの人はどちらかだけの会話をしているわけではなく、TPOに合わせてその配合を調整しているようだ。
わたしもそうありたいと願い、適切な混合を試みるが一時間も持たない。
最終的には火を近づけたら燃えそうなほどに情報濃度の高い会話をしてしまっている。
例えばいわゆる雑談は、共感型の割合が多くを占める会話であり、そこで何かしらの意見や事実が話されていてもそれはコミュニケーションの主役ではない。
例え、「上司は面倒見が悪くて、部下の教育を全部、自分に押しつけられるのに納得がいかない」などと、内容のある言葉が交わされる会話だとしても、もしそれが共感型を指向しているのならば、組織における適切な教育・管理体制について議論を始めることには何の意味もない。

わたしが否応なく情報型の会話しかできない人間であるかぎり、せめてスムーズに情報の交換が進むよう、相手の言っている内容を素早く正確に理解し、それに対する自分なりの意見をわかりやすく返せるよう心がけたいとは思っている。
思ってはいるが完璧にできているはずもないので、そのことは一度、棚に上げてから周囲を見渡すと、情報型の人間であるはずなのに情報を交換する気のない人の存在に気がつく。
その気のない人には、一方的に理屈を押しつけてくる人も含まれるが、その手の人間とはそもそも仕事でもない限り話したくはない。
問題は、情報型の会話を志し、こちらの話も理解してくれているようだが、投げ返してくる球がどうもこちらに届かない人だ。
話題がずれたり、婉曲表現が過多だったり、論理が飛躍していたりする。

「今期の活躍を見ていると、八村累は今後もNBAに定着し、活躍できそうだと思う」と仮にわたしが言ったとして、
「八村の所属するワシントンっていうチームは、優勝していないらしいね」
という答えが返ってきたとする。
このくらいであれば、ぎりぎり相手の意図を想像することはできるかもしれない。
八村塁がNBAに定着しても、チームを変えない限りそれ以上の実績は残せないのではないか、とかそんな意味だろう。
あるいはもっと深読みすると、イチローのように、個人としては偉大だがチームとしての栄誉に恵まれない選手を見ているのはつらいと言いたいのかもしれない。
はたまた、NBAに定着できるのは議論の余地のないことで、その先のもっと偉大な選手になれるかどうかが問題だと思っているのかもしれない。

ところがこういった少しずれた返し方をする人は得てして、八村塁が活躍しているのは嬉しいがワシントンというチームは嫌いだ、ということを言い表そうとしていたりする。
「八村塁は好きだし活躍してほしいけれど、所属チームは嫌いだ。だからといって、所属チームのことを悪しざまに言うのは気が引けるので、優勝できるほどの強豪ではないという客観的な言葉によって、自分の相反する気持ちをそれとなく表現してみよう」というような、ちょっと複雑な無意識の思考回路を通って出てくる言葉に、わたしのリズムは大いに崩される。
勘のよい人は瞬時に答えにたどり着き、その先の会話を続けるのだろうが、それはどちらかというと共感型の会話に必要とされる能力だから、わたしにはとても難しい。

「優勝できるチームに移動すべきってこと?」とか「どこのチームだろうがまずは定着できていることがすごくない?」などと相手の言葉から読み取れる表面上の文脈にのって話を続けても、「まあ、そういうのもありますよね」的な返答があったりして、相手の本当に意図している文脈からはいよいよ離れてしまう。
結果、情報の交換が困難になり、情報型の会話が成り立たなくなる。
それならばいっそ、「優勝していない〜」のところで「そうですねー」と返しておいた方が、会話としての価値はよほど高い。

自分にとって何か嫌なものを回避したくて、わたしも上記のような会話を誘導してしまうことがある。
寝付けない夜にそうした記憶が突然よみがえり、二、三度、寝返りをうったりする。


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