見出し画像

最も凹んだ地点を探して右往左往する

説明しきれないことだけ残り続ける。
noteを初めて2年ちょっとたって、科学的事象を自分の説明できる範囲で書いてきた。
しかし、最近書くことがないと思うようになった。
トピックは思いつくのだ。
だから正確には、書けることがなくなり、書けないことが残り続ける。

たとえばタンパク質のフォールディング。
ひとつの分野を形成する、大切な生命科学のトピックだ。
興味もある。

比喩などを用いず定義すると、
「遺伝子のDNA配列にしたがいポリペプチド鎖が生成され、
そのポリペプチド鎖が機能を持ったタンパク質に成熟する際に、
立体的に折り畳まれる現象のことをフォールディングと呼ぶ。
通常、エネルギー的に最も安定した立体配置をとる。
またフォールディングを助けるためのフォールディングタンパク質が存在する」

細かいことは抜きにすると上記のように説明できるのだけれど、
業界外の一般的な言葉で書け、と言われると尻込みしてしまう。
自分の語彙力や表現力ではうまくできる自信がないからだ。
試しに少し書いてみる。

遺伝子うんぬんの説明は飛ばすとして、とにかくアミノ酸がつながった、ポリペプチドと呼ばれる鎖状の分子ができる。
この状態ではただの1本のながい分子で通常は機能を持たない。
ポリペプチド鎖がらせん状になったり、コードをまとめるように一定間隔で折りたたまれて柵状になり、
そこからさらに折りたたまれ、立体的な構造を呈する。
雑な例えをすれば、折り紙のように調和の取れた美しい立体になる。
どのような折り紙になるかは、20種類のアミノ酸の並びによってあらかじめ決まっている。
他の構造は基本的にとらない。
ポリペプチド鎖は一次構造、
らせん状や柵状にまとめられた状態を二次構造、
それらが立体的に折りたたまれた状態を三次構造と呼ぶ。
複雑に入り組んだ立体構造によって、ある特定のタンパク質とだけぴったり結合するようになる。
一般的に「鍵と鍵穴」のようだと生物学の中では例えられている。

これだと教科書的な説明と大して変わらない。
だとすれば教科書を読んだほうが、正確で丁寧で、よほど良い。
元より、説明がしたいのではなくて個人的に高まるポイントを話したいだけなのに、そこへ到達する前に挫折しそうだ。
「好きな映像作品があって個人的に推したいシーンや登場人物がいるのに、
前提となる作品自体の説明をうまくできなさそうだから黙り込む」
の、科学バージョンが自分の中でよく起こっている。

フォールディングについていうと、
アミノ酸配列によって立体構造が一意的に決まるそのエレガントさ、
エネルギー的に局所安定にはまり込まないようサポートするフォールディングタンパク質が存在するという生命の用意周到さについて話したい。
あるいは、タンパク質の折り畳み予測をシミュレーションしたときの結果が、はたして大域安定なのか局所安定にすぎないのか、の見極めが難しいという話をしたい。
エネルギー的に安定かどうかという話をまた雑な例えで説明すると、
スコットランドの丘陵地帯のような地面でボールを転がすイメージだと思ってもらえばいいかもしれない。
ある地点を適当に選んで、前後左右、いろいろな方向に転がしてみる。
ボールは坂をくだり、窪地の底で止まるだろう。
ここが安定な地点。
凹んでいるところが安定で、丘のてっぺんは不安定だ。
しかし、その凹んでいるところは、果たして最も凹んでいる場所なのだろうか。
その窪地を越えた向こうには、さらに凹んだ地点があるのではないだろうか。
丘陵地帯全体で最も凹んだ地点を大域安定、ある狭い区画の中で最も凹んだ地点を局所安定と呼ぶ。
つまりシミュレーションを開始するときに選んだ場所が適切でないと、周辺のわりと凹んだところでボールが止まってしまい、本当に安定なところにたどり着けない。
しかししばしば、適切なスタート地点がどこなのかはやってみないと分からないというジレンマが存在して、計算科学をやっている人たちを苦しめているらしい。

今日も結局いつもどおり、書きたいことを書いている。
しかし、自分が興味を惹かれた点が読んだ人に伝わっているのか、いつも以上に心もとない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?