折り畳みは、念のため【短いお話】
折り畳みは、念のため
放課後の学校。校舎の出口に一人の女子生徒が立っていた。外にはしとしとと雨が降っている。
彼女は緊張していた。待ちに待った、雨の日。
「今帰り?」
投げかけられたその声に、彼女は一つめの賭けに勝ったことを確信した。声の主は優しそうな、それでいて少し気弱そうな男子生徒。彼に気づかれないように、彼女は軽く深呼吸をした。そして、彼に振り向き、努めて平静な声で言う。
「ああ、うん。そうなんだけどね…」
言いながら、彼女は雨空を恨めしそうに見上げる。…少しわざとらしいだろうか?
男子生徒の緊張も高まる。もしかして、これはチャンスなんじゃないか。いや、でも勘違いかもしれない。念のため、彼は聞いてみる。
「帰らないの?」
「帰るけど、傘が、ね…」
やっぱりそうだ。彼は意を決した。
「よ、よかったら、送っていこうか?」
…思うように話せない。彼は取り繕うように付け足す。
「あ、ほら、僕の傘、大きいし」
彼女は嬉しくて、飛び上がりそうだった。いや、心の中では飛び上がっていた。彼女は自らに言い聞かせる。落ち着け…一旦、遠慮するの。がっついちゃダメだって、親友のマミも言っていた。
「え、でもそんな、送ってもらうなんて悪いよ」
彼はそれを聞いて、少し残念そうな顔をした。
しまった、がっついた方がよかっただろうか。
「悪いなんて、そんなことないよ。でも、迷惑だったらやめておくけど…」
彼女はそれを聞いて、内心安堵のため息を漏らす。
「迷惑じゃないよ、嬉しい。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「あ、もちろん!」
彼の顔がパッと笑顔になる。この笑顔にやられてしまったのだ、と彼女は改めて思う。
彼は急いで傘を広げて、彼女の方に傾けた。二人は一緒に傘の下に入るが、微妙に距離があって、どちらも少し恥ずかしそうにしている。
「ありがとう、助かった。」
彼女はにこりと笑い、彼に少し近づいた。
「うん。雨、強くなってきたし、濡れないように」
夢のようだった。これを機に、なんとか距離を詰めたい、と彼は考える。しかし、話したいことはたくさんあるはずなのに、言葉は一向に出てこない。
「ねえ、実は…」
女子生徒が何か言いかけたその時、彼女のバッグの中からちらっと何かが見えた。
「あれ?それ、折り畳み傘じゃない?」
彼が驚いて言う。しまった、と彼女は思ったがもう遅い。彼女は慌てて言い訳を考えた。頭の中の引き出しを次から次に開けてみるが、ろくな答えが入っていない。
「折り畳みの…傘だね。これは、なんていうか、その…念のため」
「念のため?」
「だから、だから、でもないけど…このまま入れてくれないかな」
彼女は耳を真っ赤にしながら答えた。彼はそれに気づき、微笑む。
「もちろん。僕の傘でよければ」
「…僕の傘が、だよ」
彼女はとても小さい声で呟く。しかし、彼の耳に届いていたようで、今度は彼の耳が赤くなる。
二人はそのまま並んで歩き続けた。
「実は、何?」
「え?」
「さっき、何か言いかけた」
「ん、なんでもない」
そんなふうに、時折、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら。
できるだけ、できるだけゆっくり歩く。
雨は優しく二人を包みこむ。