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国税庁がサケビバをやるのは税収目的?

国税庁主催のビジネスコンテスト、サケビバが、「税収増加のために若者に酒を飲ませる企画」として批判を集めていることについて。ボリューミーな記事ですが、読んでいただければと思います。およそ、20分程度と予想されます。

また、最初にポジションをはっきりしておくと、私は、種麹という日本酒や焼酎、泡盛の製造に欠かせない麹菌を商品化したものを販売する事業を600年ほど家業で行っている、従業員30名以下の小規模な工場経営者です。日本酒業界の中といえば中なので、一定のポジショントークの要素は、議論をフェアにするため、明言しておきます。

批判の多くは、依存症などの問題もあるアルコールを「国税庁」が「若者」に飲ませようとしている、というところです。アルコールによる健康被害は世界保健機関(WHO)などでも指摘され、世界的な取組がなされています。

そのため、ついには、企画の中止を求めて様々な団体から要望書が提出されています。

若者を対象にした「 サケビバ!日本産酒類の発展・振興を考えるビジネスコンテスト」 の中止を求める 緊急 要望書

ところで、批判の中心は、上記要望書にも「私たちは、国が酒税確保のためにわざわざ税金を使 って、リスクが高い若者の飲酒需要を喚起すべきではないと考えます。」と、あるように、「国税確保のために、若者の健康を犠牲にする」というロジックです。が、このロジックは、妥当なのでしょうか?

そこで、国税庁が、なぜサケビバを実施することになっているのか、政策的文脈をみたいと思います。

そもそも、酒類産業の振興が国税庁の役割である

これは、意外と知られていないことですが、酒類産業を管轄し、健全な発達を促すのが、そもそも国税庁の役割です。

国税庁のホームページには国税庁の組織理念として

任務
・ 内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現
・ 酒類業の健全な発達
・ 税理士業務の適正な運営の確保

https://www.nta.go.jp/about/introduction/shokai/sosikirinen/index.htm
国税庁の組織理念

「酒類産業の健全な発達」が、税金徴収とは独立する形で掲げられています。

酒類産業の唯一の監督省庁が国税庁であり、また、国税庁が監督する唯一の監督産業は酒類産業です。

学者のロバートキャンベルさん、戦史/紛争史研究家の山崎雅弘さんや、ジャーナリストの清水潔さんなどが、国税庁が酒類産業の発展を行うことに対して、批判をされています。

サケビバを実施するのは、まずは、企業でいうとこのミッション/ビジョン/パーパスでいえば、理念、ビジョンど真ん中の行動です。実施するに当たって、国税庁が「酒類業の所轄官庁として、業界の健全な発達のための事業」と応えるのは、当然といえます。「なぜ」といわれたら、「それが任務だから」以上のものはないでしょう。

もちろん、「では、なぜ、その任務を国税庁が引き受けることになったのか?」という問いは成立します。それこそ明治時代からの歴史で、過去には酒税が日本の税収の半分以上を占めていた時代があり、当初は徴税の観点があったことは事実です。

円滑な徴税のために、アルコールを測定する技法や、アルコールの生産量のコントロール、流通の管理など、周辺技術、周辺環境も、自然と所管対象になっていきます。同時に、例えば、メチルアルコールなどの人体に特に有害な密造酒の取締など、国民の健康や安全面についても所管範囲が広がり、現在に至ります。

国税庁は、文化施策も技術政策も行っている

さて、国税庁が酒類産業についてどのような振興策を行っているか、具体例を見てみましょう。

国税庁のYouTubeチャンネルがあります。

e-taxの説明や、インボイス制度の説明に混ざって

日本の伝統酒造りの紹介動画や

https://www.youtube.com/watch?v=hB2bLx-m4HM

アルコール分分析の方法を紹介する技術動画

酒類の地理的表示(GI)についての紹介動画

など、酒類産業の動画が国税庁制作にてアップロードされていたりします。

また、文化的な活動だけでなく、技術的な指導も行っています。担当する部署は「鑑定官室」といいます。

鑑定官室の業務については、こちらの資料がよくまとまっています。

令和2酒造年度の鑑定官室事務について

どのような業務が挙げられているか見出しを抜粋すると

1 新型コロナウイルス感染症に関連した技術相談
2 HACCPに関連した技術相談
3 夏期における貯蔵清酒等の品質及び安全性の確保に関する技術相談(呑み切り)
4 酒類製造技術相談
(1)電話による技術相談
(2)臨場による技術相談
5 技術講習会等への職員派遣
6 アルコール分の分析技術指導
7 カルバミン酸エチル低減技術指導
8 市販酒類の品質改善技術指導

https://www.nta.go.jp/about/organization/kantoshinetsu/sake/kouwakai/r02/pdf/file01.pdf

と、パッと見て分かるように、技術指導です。この技術指導をするのも、国税庁の職員である鑑定官の皆様の重要なお仕事です。

鑑定官室の業務については、就職用サイトの方が一般向けで分かりやすいかと思いますので、人事院の参考リンクを張っておきます。白衣姿の技術者の皆さんのご活躍がよく分かります。

また、現在は独立行政法人ですが、以前は国税庁が直接所管しており、現在も非常に強い結びつきがある機関として、独立行政法人酒類総合研究所があります。

ホームページのトップだけでもご一読いただければ、国税庁の酒類産業の技術支援の状況が、一般の方にとっても、雰囲気だけでも分かるかと思います。

個人的には、「麹菌のゲノムデーターベース」を管轄している官庁が、文部科学省や経済産業省でなく「国税庁」というのは、なかなか面白い行政分担だと思います。

そして、仕事柄、鑑定官室の皆様には大変お世話になっておりますが、皆さん、日本産酒類の健全な発達のために、熱く情熱を燃やされている皆様です。酒類の品質向上に向けての、日々のご尽力には心から敬意を表します。

今後フードテックにおいて、日本の発酵技術の果たす役割は大きいといわれています。医薬創薬などの分野でも、世界人類の健康に貢献するライフサイエンス技術が生み出されることに大きく期待したいところです。その末端に当社も関わらせていただければと思っています。

「ストロング系」酒類は、酒類の想定対象ではない

ところで、動画や、鑑定官室の仕事紹介、酒類総合研究所のサイトなどから、勘の良い方はお気づきと思います。

「国税庁が想定する酒類産業は、概ね、日本酒(清酒)や焼酎、味醂、小規模な事業者によるクラフトビールや国産ワインなど」です。

もちろん、国産酒もアルコールですから、健康面への影響はあります。しかしながら、アルコール依存症により直接に関わる、高アルコール濃度の手軽に酔える缶チューハイなどの「ストロング系」と呼ばれる大量工業生産品や、工業的に生産される、いわゆる大手メーカーのビールなどは、酒類産業支援としてのメイン対象にはなっていない、ということです。

ここで、国税庁の酒類行政のレポートを見てみましょう。(正直、これを見れば、私がnote書く必要は無かったのですが)

https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2022/pdf/002.pdf
酒類行政の基本的方向性 ~主に産業振興の観点から~ (概要)


上図の、より詳細な国税庁のレポートはこちらです。

酒レポート 令和4年3月

https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2022/pdf/001.pdf

このレポート、及び上図をご覧になれば分かるとおり、いわゆる、安価な高濃度リキュールについては、「なお、令和2年度における酒税収入の内訳を見ると、3割超がビール(約3,831億 円)であり、発泡酒(約813億円)、チューハイや新ジャンルが大部分を占めるリキュール(約2,394億円)を合わせると、これら低アルコール飲料でおよそ3分の2を占めています。」と、わずか3行程度触れるだけです。

そして、レポートの大半を「清酒」に割いていることがよく分かるかと思います

「酒税の徴収」を目的としているのであれば、酒税の3分の2を占める、ビール・発泡酒・チューハイなどの新ジャンルの方に、政策の重心が置かれるのが自然です。

しかし、そうなっていない。

酒税としては、むしろ少数割合の、「清酒」に圧倒的に紙面も、施策数も割かれているわけです、

ほぼほぼ、国税庁の想定する酒類産業とは「日本酒や焼酎、国産ワインやウイスキーなど」であり、想定する企業規模は「中小企業」を想定しているといってよいでしょう。

ちなみに、じゃあ、その、3分の2を占める、ビールやリキュール系飲料はどこが管轄してんだ?となると、大手ビールメーカー4社+オリオンビールで構成される、ビール酒造組合は、監督官庁が「消費者庁/公正取引委員会」であり、国税庁ではないのです、、、

国税庁は健康被害対策にも取り組んでいる


多くのサケビバ批判者が懸念している、健康被害についても、国税庁より対策がなされています。先のレポートから文章を抜粋します。

・また、公正な取引環境の整備、20歳未満 の者の飲酒防止、アルコール健康障害対策 等について、関係法令のコンプライアンス の確保等に努めています。

・20歳未満の者の飲酒防止、アルコール健康障害対策等への対応といった関係法令のコンプライアンスの確保等は、酒類業の健全な発達のために極めて重要である

・関係省庁、酒類業団体とも連携・協力しながら、20歳未満の者の飲酒防止対策やアルコール健康障害の発生防止等に向けた取組を推進します」

酒レポート 令和4年3月(国税庁)
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2022/pdf/001.pdf

このように、アルコール健康障害対策についても、国税庁は対策をしています。実際、私も小売り販売免許を取得する関係で、免許の講習を受講したことがあります。

そのかなりの時間は、未成年飲酒の防止(販売しない)に割かれていました。近年はアルコール依存の問題も取り上げられています(動画教材などは見た記憶があります)。

これは、国税庁が作成したテキストの一部です。

また、国税庁から、酒類販売の業界団体に対して、未成年に酒類を販売しないように毎年要請を行っています。

特に、近年の”「無人レジ」などのIT技術が、20歳未満の酒類購入を容易にする可能性”については、国税庁は明確に懸念を表明しています


 なお、昨今、社会経済環境の変化に伴い、酒類の小売販売業者において、店舗内のセルフレジの導入等、デジタル技術の活用による省人化に向けた店舗運営への取組が進められています。
 こうした技術を用いた酒類の販売につきましても、これまでと同様、20 歳未満の者への飲酒防止に資する取組が確実に講じられる必要があります。

酒類小売業界等に対する20歳未満の者の飲酒防止のための取組の要請について

このように、国税庁としては、酒類産業の健全な発達のため、酒類販売を促進するだけでなく、規制するべきところは販売にブレーキをかける施策も行っているということが、分かるかと思います。

酒類産業の適切な発展への個人的な思い

さて、ここからは私の個人的な思いですが、酒類産業の適切な発展には、健康との両立の視点は欠かせないと考えます。

リスクを伝える適切な飲酒教育はもちろん必須です。

アルコール依存で身体や生活を壊されるかたが生じたり、痛ましい一気飲みによる事故、飲酒運転による事故などは、酒類製造関係者の誰も望んでいません。

そんなことのために、大切に酒を造っているわけではありません。

強いていえば、飲む人に、幸せになってもらうために、お酒を造っています。

アルハラという言葉があります。しかし、私が公私にわたって経験した中で、もっともお酒を大切にする飲み方をするのは、酒類関係の飲み会です。

私、個人としても、青年会議所で理事長になった年度に、「せめて、今年度だけは、俺の目の前だけでも、一気飲みは辞めてくれ」と伝えました。

一気飲みで、お酒が床にボタボタと粗末にこぼれるのを見るのは、種麹メーカーという造り手に近い立場で、造り手の皆さんの情熱を知っているからこそ、辛いものがあります。

酒を粗末にして欲しくない、1滴でも、誰かの幸せにつながる飲み方になって欲しい、というのは、酒類関係者共通の思いではないかと思います。

物質としてのアルコールの流通量の増大は企図されていない


さて、ひるがえって、「サケビバ」ではどのようなビジネスプランが期待されていたのでしょうか。

再掲しますが

同じ国税庁の企画なので、基本的には、この取組の延長線上にあるプランが期待されていると考えられます。

ここで、注目して欲しいのですが、「商品の差別化・高付加価値化など」が筆頭に来ているように、

もはや、国税庁の施策でも、アルコールの物質的な生産量を増やす施策は目標としていない、ことが読み取れます。

これは、食生活の変化、さらには、アルコール健康障害対策などの世界的な潮流もあり、これ以上、物質としてのアルコールの流通量・生産量を拡大するのは目標には出来ない、という考えの裏返しでしょう。

健康への影響が軽微な数量しか流通できない中で、どうやって、高付加価値にして経済的な継続性を保つか、に、施策の方向が大きく切り替わっていると考えられます。

この点では、「需要の喚起」とは、「ガンガン飲んでもらおう」というものではなく、「少量でも利益が上がるための高付加価値化」を狙っていると考えられます。

大企業の大量生産品でなく、中小企業のブランディングがメイン

実際に、国税庁が補助をする事業の具体例としてあげられているものの多くが、ブランディングによる高付加価値化を意図したものとなっております。

令和4年の国税庁の酒類業者への補助事業でも、特に「サケビバ」と装丁が被っているであろう、「商品の差別化」「販売手法の多様化」の事業タイトルだけいくつか列挙します。狙っている雰囲気が分かるかと思います。

(1)商品の差別化による新たなニーズ獲得事業
・高付加価値な搾りたて微発泡清酒の開発
・ジンの特許製法と多品種展開で提案する新しい地産蒸留酒製造体制
・オーガニック市場に寄り添う、「自然酒」の価値を高める取り組み
・海外市場に向け、福岡県産の農作物を活用した新たなスピリッツを展開する
・新たなニーズを獲得する、差別化されたペアリングとフライト体験を通じたポストコロ ナの新規市場開拓事業
(2)販売手法の多様化による新たなニーズ獲得事業
・テイスティングアプリによる雪室熟成酒の海外ブランディング事業
・QRコードと連動した視覚的な商品情報を提供するブランド再構築事業
・AI・QR・ソムリエ活用でストーリーを味わう「体験型ワイン」事業
・香港における日本産酒類拡販の専用試飲コーナー新設の設備投資

令和3年度補正予算「新市場開拓支援事業費補助金(フロンティア補助金)」採択事業者の決定等について
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/boshujoho/pdf/0022006-143_j.pdf

これを見て分かるとおり、「高付加価値化」「海外への文化浸透」「コト消費」というような方向性であり、生産余力の無い中小企業の生き残り策という側面が強いことが分かります。

繰り返しになりますが、生産能力のある大企業支援や、ストロング系とよばれる、高アルコールリキュールのような大量消費品は、事業支援の対象として想定されていないことが分かります。

つまり、「サケビバ」に反対する人が唱える「若年層の飲酒量を増やす」という方向性ではないことが分かるかと思います。

むしろ、「サケビバ」は、「お酒のこれからを自分たちで考えよう」とトップにあるとおり、個人的な欲求だけでなく、地球上で起こっている環境問題や社会問題などにも関心が高く自分の意見を持つといわれている、今のZ世代の若者が、

・アルコールによる世界的な健康被害の潮流
・ライフスタイルの変化、嗜好の変化
・酒類産業に紐付く、日本の自然環境や固有の文化、技術の持続的な継承
・継承していくには、中小事業者が多く、経営体力が無い企業体が多い

という課題をどのように捉えているのか、というコンテストだと思慮します。

Z世代が繰り出す捉え方には私自身、大変興味があることですし、

・AI、IoTなどの新しいデジタル技術

を用いて、どのような未来を若者が構築し、どのような潜在需要ー繰り返しますが、量的な需要ではありません、ノンアルコール飲料や、アリコールによらないコト消費・体験消費の喚起も需要の一つですーをするのか、それは大変楽しみなところでもあります。

海外政府も、酒類産業は保護している

さて、国税庁が、「少量・高付加価値化」を推し進めているということを見てきましたが、その中でも「酒蔵ツーリズム」は独立した項目として施策を行っています。

今回の「サケビバ」批判において、「政府がアルコールの飲酒を勧めるなんて世界では有り得ない」という批判が見受けられました。


酒文化は地域や国の文化を象徴するコンテンツ


しかしながら、酒文化は地域や国の文化を象徴する重要なコンテンツです。この話をすると大変長くなってしまうのですが、その土地の、土、水、により、穀物、果実などの農産物が生まれ、その農産物を利用して、その土地の酒が出来ます。

これらは一朝一夕では出来ません。酒米などの水田は、1年でも休めば、土壌が変わってしまいます。当然、地域の、水や微生物などの生態系も変わります。それらを維持するためには、一定の製造量がなくてはなりません。

酒米などの水田の保護や、木桶の伝承技術などは、一般の方でも直感的にイメージしやすいところかと思います。土、水、微生物を中心とした物質循環などの思想は、近年のSDGsなどとも連携する話です。

文化/自然を守ってきたのは地域の中小酒蔵

酒類産業の周辺には、設備、放送、流通などにも技術や雇用が生じ、一大文化圏、エコシステムを作り上げていきます。これらの事業主体の多くは、資本力の無い中小個人事業者であり、経済的持続性が課題となっています。

中小企業の酒蔵は、家業形態をとることが多く、経営形態上、株主と経営者が一致しています。これは、株主利益や短期的利益を追うことなく、長期的な視点で地域貢献を考えることが出来るというメリットがあります。

この点は、東京農業大学木原教授の論文に詳しいです。以下、アブストラクトを引用します。

地方企業の地域社会における役割に関する一考察-清酒製造業を事例にして-https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010814060.pdf

同族企業が多い地方企業の場合,その特徴として,有機的組織の積極面を生かした従業員志向の経営,顧客満足を目指した技術,販売,組織面でのイノベイティブな取り組みに見られる消費者志向の経営,株主への配慮を必要としない長期的な経営志向と地域社会への積極的な貢献意欲などをあげることができる。地方企業は地域社会との共生を基盤として共存共栄をしているが,そのガバナンスの基礎は地域社会を基礎とした多様な信頼関係に求めることができる。また,地方企業の諸活動は,地域社会の人々の生活実体を財やサービスの供給,雇用の受け入れ,地域貢献活動等の多様な側面から支えており,逆に地方企業は地域社会に存在している様々な資源や人間関係により支えられている。その相互のコミュニケーションを支える信頼関係の構築こそが,地域社会における地方企業の役割や存立意義につながるものである。

地方企業の地域社会における役割に関する一考察-清酒製造業を事例にして-
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050282811205663744



このように、中小零細の酒蔵は、経営環境が厳しくなる中でも、代々住んできた地域の未来のために、地域社会と手を取り合って、長期的な目線で、自然、文化、地域コミュニティ、雇用の維持、様々な形で貢献してきました。

しかしながら、状況は厳しく、私どものような種麹メーカーも、全盛期には30社ほどありましたが、現在、企業体として継続しているのは6社ほど。私が業界に入ってからも、3社が廃業している先細りの業界です。

それでも、日本の発酵文化、発酵技術を残し、また、発酵文化や技術が、新しい価値を世に生み出すために、「絶滅」しないようにと、なんとか、種麹業として経営を成り立たせながら、伝承に精進しています。

その、監督官庁が国税庁です。

例えば、神奈川の酒蔵さんの水田造りの指導をしている技術者は国税庁の職員です。(記事中では元職)

そして、そのような思いで活動をしてきた企業が、果たして、「アルコール依存症の発生させるほど若者の健康を犠牲にして経済的利益を優先しよう」などと思うのでしょうか?

そのような目線で見られていることを大変悲しく思います。

そして、そのような事情を知らずに、そのような目線で見ている抗議しているとしたら、抗議相手の業界に対して、余りにもデリカシーに欠ける行為と、私は判断します。

(抗議をされるのは言論の自由がありますので、抗議する権利を私は全力で保護します。だからこそ、「デリカシー」という語彙を用います。)

「自分たちが地域に果たしてきた役割に向き合い、これからも地域の未来のために、厳しい状況や環境、課題を乗り越えて、経済的に安定し、長期的な信頼関係を醸成して継続していく、そのために、これからの時代を担っていく若者の発想があれば教えて欲しい」と思うことは、罪なのでしょうか?

フランスでは政府を挙げてワインツーリズムを拡大しようとしているのに、、、


一方、フランスでは、政府がワインツーリズムの振興に余念がなく、むしろ国の象徴的文化として、関係する複数の省庁を挙げて、保護発展しています。

2009年3月には、観光省と農林漁業省が、フランスのワインツーリズムを開発・発展させるための団体として「ワインツーリズム評議会」を設立。ワインツーリズム評議会は、ワイン生産者と観光業者の橋渡しを担う組織で、ワイン生産者・流通業者の業界団体、宿泊施設の業界団体、観光関係団体で構成され、フランス観光開発機構(ATOUT FRANCE)が事務局を担っている。国からは観光省、農林漁業省、文化省がオブザーバー的な役割を担っている。

たとえば、2019年には、フランス大使館で、観光局を挙げてのワインツーリズムのイベントが開催されました

これまで、紹介した、サケビバに批判的なアカウントも、海外酒類については、その文化的価値を認めるご発言をなさっています。

なぜ、日本政府が酒類産業の振興を企図すると『世界の潮流に反してる』となってしまうのか、私にとっては、非常に疑問のあるところです。

「増税のために若者飲酒」イメージが、海外に広まってしまった問題

このように見てくると、「サケビバ」に対する、

「国税庁が酒税増収のため、若者の健康を犠牲にしてまで、大量に飲酒をさせようとしている」という前提は

・そもそも、国税庁が、徴税業務とはかなり独立した形で、酒類産業の監督省庁である
・国税庁の施策にも依存症対策が入っている
・国内市場への量的な需要拡大ではなく、海外進出、もしくは、少量での高付加価値化が国税庁としても施策の中心
・国税庁の施策の対象となる酒類は、清酒/焼酎を中心とした「国産酒類」であり、アルコール依存症の原因として特に影響の大きい「ストロング系」などは対象となっていない
・大量生産能力がある大企業ではなく、生産能力に劣る中小企業対策がメイン

ということから、「酒税増収のため」という観点からも、「若者の健康を犠牲にしてまで」という観点からも、「大量に飲酒」という観点からも、失当に近い前提といえるのではないでしょうか。

しかしながら、立場のある人の批判の影響力は大きく、海外では、このサケビバ葉「国税庁が酒税増収のため、若者の健康を犠牲にしてまで、大量に飲酒をさせようとしているキャンペーン」というレッテルが、ほぼ、確定してしまいました。

以下はCNNのリンクです

https://www.nytimes.com/2022/08/19/world/asia/japan-alcohol-contest.html

ニューヨークタイムズには、経済学者の田中秀臣さんがコメントを出したようです。

既に、大きく広がったレッテル貼りを剥がすことは、もはやできません。今回の騒動を通じて、日本、そして、日本産酒類に対し、世界から大きくマイナスイメージがついてしまったことは、大変悔しい思いで一杯です。

国内ニュースにおいても

いわゆる「販促企画」として、紹介されたことは、大変遺憾に思います。

需要喚起を、ブランド化による高付加価値化で行うことは、単なる販促とは異なり、腰を据えた長期的な施策が必要になるものです。フランスのシャンパーニュを見ても分かるとおり、何世代、何百年にも亘る歴史の積み上げがあってこその高付加価値化となります。

その挑戦を、近視眼的な「販促」として捉えられたことは、個人的には、本当に悲しく思います。

同時に、何世代にもわたってきた歴史を背負い、また、その歴史を何世代後のことも考えていかなくてはならない、歴史ある蔵元の時間軸、見据える範囲の世界の広さと、

1クールの視聴率に一喜一憂し、日々の刹那的なニュースを追いかけ消費していく、テレビマスメディアが見据える世界観の視野範囲との間に、大きな埋めがたい断層を、個人的には感じます。

最後に抗議を提出されたみなさんに質問

最後に、抗議を提出されたみなさんに、以下の質問を投げかけて終わりたいと思います。
※複数団体からの提出のため表現を変更しました(8月29日追記)

===

日々、アルコール依存症の本人、ご家族、ご友人の悲しみとつらさに寄り添われている皆さんから見ると、大変、心理的に違和感、不快感のある企画であったとは思いますが、抗議文において、いくつか質問があり、記載させていただきます。

===
1:「私たちは、国が酒税確保のためにわざわざ税金を使 って、リスクが高い若者の飲酒需要を喚起すべきではないと考えます。」

「若者」とは、主として国内の日本の若者を想定していると思いますが、本施策が、アルコールを少量販売する代わりに高付加価値にすることで経済的に自立するという可能性を考慮せず、「若者の量的な需要」を対象とした施策だと判断された根拠をご教示ください

2:「国税庁としては、酒税の確保だけではなく、社会的損害の減少も含めた総合的な視野を持っていただきたいと思います。」

と、ありますが、「サケビバ」が酒税の確保を目的とした施策だと判断した根拠をご教示ください。

また、「国税庁が社会的損害の減少を含めた総合的な視野を持っていない」と、判断した根拠をご教示ください

3:酒類業界では消費者の動向や世界的な傾向を見据え、飲まない層や少ししか飲まない層のニ ーズに沿った商品開発をする動きも出ています。これらは公衆衛生上好ましい傾向で、このような動きをこそ推進していただきたいのです

少量高付加価値化、酒蔵ツーリズムによるコト消費など、必ずしも大量の飲酒を伴わない付加価値付けに対しても、既に、国税庁は推進していますが、推進されていないと判断された根拠をご教示ください

4:全体として、「若者がアイデアを出す」ということと、「若者が消費者としてターゲットになる」ということの間には乖離があります。本企画は、「若者のアイデアを募集する」企画であり、「若者を市場ターゲットとして想定」している企画ではありません。

当然ながら、「海外の舌の肥えた海外富裕層を呼び込むための、国内ツーリズムのコンテンツ整備のための若者のアイデア」などもビジネスプランとして考えられます。

しかしながら、「若者がアイデアを出す」ことと「若者に酒を飲ませる」ことを、同一視された根拠をご教示ください。

5:酒類産業の課題には、当然ながら、アルコール依存症への対応、特に若年層の飲酒による健康リスクへの対応、アルハラのような好ましくない飲酒文化への対応なども含まれます。また、これまでの国税庁の施策でも、この点は含まれた酒類産業政策が行われております。
酒類産業に関連するこれらの課題、アルコール依存症になる人の減少、健康リスクと向き合った商品開発、好ましくない飲酒文化の払拭と、自然保護や文化保護、地域雇用やコミュニティの維持との両立を、未来を担う若者が当事者として、経済的に持続性があるビジネスのスキーム、社会的起業のスキームなどで解決していくことは、社会にとっても良いことかと思います。その際には、アルコール依存症への対応されてきた、皆様の知見も有用になると思われます。
それを踏まえた上で、その可能性を選択せず、一足飛びに本企画「中止」を求めることを選択された理由をご教示ください。(8月29日追記)


===

繰り返しになりますが、私も、酒類産業に関わるものとして、アルコールで不幸になる人を一人たりとも出したくありません。

何百年の長い伝統、何千年と培われてきた豊かな自然を元に、農家の皆様、当時など技術者の皆様の日々の努力が注がれた商品は、人を不幸にするものでなく、世の中の幸せに繋げていき、健全な社会に繋がるものでなくてはいけません。

一方、アルコールは依存症や急性アルコール中毒、飲酒運転などのリスクをはらむ物質です。だからこそ、適切な知識と取扱方が重要になります。

未来の若者が、適切な知識と取扱いを身につけ、酒類産業、ひいては、酒類にまつわる自然や文化といったところまで、新しい時代なりにアルコールが抱える課題を解決し、今現在の想像力では、全く想像出来ないような、新しい地平を開いていって欲しいと、切に願います。

非営利法人アスク様、日本社会福祉会様から回答をいただきました


8月31日に、質問に対しご回答をいただきました。

この企画が、中小酒蔵を想定し伝統文化としての酒類産業の保護育成を目指すものであり、「税収ために若者に飲酒勧奨」という主旨ではないことについては、一定のご理解を得たと思います。

また、いたずらに酒類産業に反対するものでもなく、日本の伝統文化としての酒類が果たした役割や、アルコールの弊害を踏まえた上での、中小規模の酒蔵の活動に対しては、ご理解と、立場は違えども、敬意を頂戴したと認識しています。

#サケビバ !コンテストが各地でふんばっている小さな蔵元さんを応援するものであるなら、国税庁はそのように記載すればよかった。蔵元さんに、君たち若者の知恵を貸してほしい、と。そうすれば、このような批判にさらされることはなかった」というご指摘もいただきました

これは私の印象ですが、アスク様とのやりとりで、 「日本の伝統文化を維持継承し、各地で踏ん張る小さな蔵元が発展していくこと、及びそれを支援する政府施策」までを、一概に否定するものでなく、 むしろ、ご理解、敬意と尊重の気持ちを感じ取りました。

その点については有難く思うと共に、「本来の主旨を適切に表現していない、現実に、多くの人々が誤解しているメッセージを受け止めている、現状のアウトプットでは、反対、中止を求めざるを得ない」という団体の立場も理解しました。

その上で、私なりに感じたこと

常識的に考えて、今の世界の潮流で、「政府が増税のために若者に飲酒を勧める」なんてこと、あるわけないんですよ。明らかにおかしい。 ここで、問われるのは、「明らかにおかしなことをいってる」相手に出くわしたときの態度です。

不信を前提にすると「おかしなことを言うお前を正してやる」になり、直接的な『批難』になります。

信頼を前提にすると「私の解釈が違うのかもしれない」になり、真意を確認する『質問』になります。

『批難』と『質問』、どちらが建設的な社会に資するでしょうか。

私が心掛けている言葉に、 「明らかな正義が、自分の側にあると思っているときの言動にこそ、人間の本性が現れる。」という言葉があります。

この社会を、出来るだけ、信頼を前提にした社会にしていきたい。 私が拘るのは、そこです。


最後までご覧いただきありがとうございました。 私のプロフィールについては、詳しくはこちらをご覧ください。 https://note.com/ymurai_koji/n/nc5a926632683