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忠臣蔵の好きなところを熱く語りたい!【後編】

どうも!じょんがら兄弟のあぶらでごんす!

今日3月14日は討ち入りのきっかけとなった松の廊下での刃傷事件があった日。
浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)の命日でもある。

今回は昨日の続きで、忠臣蔵の好きなエピソードを書いていこうと思う。

昨日の記事はこちら↓


好きなエピソード③垣見 五郎兵衛(かきみ ごろべえ)

垣見五郎兵衛は日野家という公家の用人。
日野家の荷物を京都から江戸へ運ぶという情報を得た赤穂浪士のリーダー大石内蔵助(おおいし くらのすけ)は江戸へ行く道中で関所での荷物チェックをパスするため(公家の荷物はチェックされない)に、荷物の輸送係の垣間五郎兵衛の名前をつかって旅をしていた。

途中まで順調に進んでいたが、ある宿場町で本人とばったり出くわしてしまう。

怒った本物の垣見五郎兵衛は偽名をつかっている大石内蔵助の部屋に踏み込む。
部屋には内蔵助ひとりが残り、あとの浪士たちはふすまの奥に隠れて身を潜めていた。

五郎兵衛に通行手形を見せてみろと言われた内蔵助は「これが通行手形だ」と言って白紙を出した。
五郎兵衛は驚いたが、その白紙を包んでいた布の家紋を見てこの偽物が赤穂の浪士で討ち入りのため江戸へ向かっているのだと察する。

すると五郎兵衛は自分が偽物だと頭を下げ「これは私が偽造したニセの通行手形です」と持っていた本物の通行手形を内蔵助に渡した。

堂々とお礼をいう訳にもいかない内蔵助は「武士は相身互い。何か余程の事情があったのだろう」と言って頭を下げる。

垣見五郎兵衛が帰ったあと、内蔵助と身を潜めていた他の浪士たちは五郎兵衛からのまさかの厚意に涙を流して感謝した。

本物の通行手形をもらった内蔵助たちは、その後はスムーズに江戸へ向かうことができ、無事に討ち入りを果たすことができたのでした。




かっけーよ。

最高だよ。五郎兵衛さん。
この場面は「大石東下り」っていう名前で、有名なエピソードのひとつ。


次!




赤穂浪士は47人いるけどやっぱり一番好きなのは、浪士たちをまとめあげ計画をやり遂げたリーダーのこの人!

好きなエピソード④大石 内蔵助

討ち入り当日、内蔵助は浅野内匠頭の正室の瑤泉院(ようぜんいん)へ別れの挨拶に行った。

その日は雪が降っていて、こんな雪の中わざわざ会いに来たということは、ついに討ち入りを決行するのかと瑤泉院は喜ぶ。
討ち入りの話をしようとした内蔵助だったが、女中の中にスパイが潜んでいることに気づき、スパイに怪しまれないよう咄嗟に「新しく仕える先が決まったので、その挨拶にきました」とウソをつく。

討ち入りがあると信じていた瑤泉院はショックで怒り悲しみ、内蔵助が内匠頭へ線香をあげることも許さず退室してしまう。

内蔵助は瑤泉院の側近に「これは江戸までの旅の途中で書いた歌集です」と言って巻物を渡し、肩を落として帰っていく。

内蔵助が帰ってからしばらくして、潜んでいたスパイは内蔵助が置いていった巻物を盗もうとする。
警備に見つかりスパイは捕まるが、その争いの際に盗もうとした巻物が落ちて中身が見える。
それは討ち入りメンバーの名前が入った血判状だった。

内蔵助がスパイに気付いてウソをついていたことを知った瑤泉院は、冷静さを失い仏壇へ線香もあげさせずに内蔵助を追い返した自分を悔やみ「許せ。許せ内蔵助…」と涙を流すのでした。




切ないよー!

これも「南部坂雪の別れ」っていう有名なエピソード。
雪の中しょんぼりして帰っていく内蔵助が切な過ぎるんよ!




どう?昨日と合わせて4つエピソード紹介したけど、何か気になるものはありましたか?

確かアマプラとかにも映画入ってたと思うから、気になった人はぜひ映像で見てみてね!


はぁー。
こんなに長いこと忠臣蔵について文章書いたの初めて(笑)
今までずっと、どこかで書きたいと思ってたからスッキリしたー!

好きなことについて思ったまま文章書くって楽しいんやな!
これからもいろいろ書いて紹介したい!
まだまだ好きなことは山ほどあるからね。


最後に浅野内匠頭と大石内蔵助の辞世の句を紹介して終わろうと思います。
この2つも比べるといいんだよなー!



浅野内匠頭の辞世

風さそう 花よりもなお 我はまた 春の名残を いかにとやせん

風に吹かれ散っていく花も春を名残惜しいと思うが、それよりも春を名残惜しく思う私はどうすればいいのだろう。


大石内蔵助の辞世

あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし

思いを晴らして死んでいくのは、何と楽しいことだろう。 見上げる月に雲がひとつもかかってないように、私の心は澄み切っている。








おわり!

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