パラリンピック 銅メダルまでの道     二人で乗り越えた「感動エピソード」
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パラリンピック 銅メダルまでの道     二人で乗り越えた「感動エピソード」

森田ゆき*渋谷区議会議員

こんにちは、渋谷区議会議員の森田ゆきです。
先日、「五輪・パラリンピック特別委員会」の研究会にて、パラリンピック・トライアスロン選手をゲストに迎えて、銅メダル受賞までのエピソード、苦難乗り越えた道のりをお聞きしました。とても感動したので、皆様にもシェアします。

⭐︎米岡聡選手プロフィール⭐️(トライアスロン男子PTVI)
1985年9月6日生まれ
視力右0、左光を感じる程度
生後間もなく右目失明
10歳で網膜剥離、左目も弱視、その後徐々に視力低下25歳で全盲
20歳の時にマラソンを始め、25歳で競技者に転向。27歳でトライアストンの大会に初出場。以来、マラソンとトライアスロンの2種目で挑戦を続ける

⭐︎椿浩平選手プロフィール⭐️(米岡聡選手ガイド)
幼少期から水泳始め、中学校では陸上競技部で長距離選手として活躍。同時に始めたトライアスロンでもジュニア時代から好成績を収め、U19 日本選手権4連覇、U23日本選手権3度の優勝など若手のエース選手として活躍。
オリンピックに執着して活動していた選手選手生活が一変、髄芽腫を発症。治療を経て、ガイドとしてパラリンピックにチャレンジする

◉米岡聡選手
1)パラリンピック出場に際し、得たもの
なぜメダルにチャレンジしたか?
最初行き当たりばったり、取り組み方がわからなかった。なりたい自分のイメージもできずに、互いに苦しくなった時期もあった。

メダルにチャレンジするにあたり、どれだけのパフォーマンスがいるか、計画がいるか、それに沿って頑張るってことが必要だったと感じている。最初はできなかったけど、2018年からトライアスロンに取り組んでいたけど、自分自身が何のためにやっているのか?わからなかった。

苦しい時期もガイドの力、取り組む姿勢をそばで感じ、少しずつ変化ができた。もともとは支援してくれる人たちのため、恩返しという意味でメダルが欲しいと思っていた。。が、そういう気持ちは今でもあるが、自分が何をしたいのか?!がしっかりないとダメだと感じていく。
「自分のために取り組んだ」自分の夢、目標達成のために、最初から最後まで全身全霊で取り組めたという経験が欲しかった。ガイドの力を借りて目標、パラリンピックのメダルに挑戦。エンジンがかかる。
ガイドの競技力、経験、取り組む姿勢
・計画、準備、実践の一連の過程で全身全霊で取り組んだ経験。
・チームで戦うということの意義
・全力で目標に取り組んむことの面白さ
徐々に計画を立てて実践することで、目的をもって一つ一つ取り組んでいくようになった。目標を最後までブラさずに取り組めた。。。

チームで戦うということの意義
たくさんの支援が必要が必要で、全てはチーム力だった。
表に出ているのは自分自身でも、このチームがあっての結果である。
ガイド、監督コーチ、トレーナー、スポーツ心理の専門家、スタッフ、支援者の多岐にわたる支援により今がある。
練習も、自信のスケジュール希望を出して、それに対する指摘、アイデアでブラッシュアップをしながら準備を重ね、各所での合宿、練習、暑さ対策の準備も経験につながっていく。
最後は、総合力で勝ち取ったメダルだと実感している。

◉椿浩平
髄芽腫から学んだこと
そもそも選手としてオリンピックに執着して幼少期から活動を続けていた。
ある日、髄芽腫であることが分かり、その時に考えたことは、この病気になってこれを乗り越えたら強くなると思った。きっとこの経験が武器になると感じた。治療を続けて復帰していく中で変化した考えは、病気をしたから強くなるのではなく、支えられていること人の想いをより知ることができて強くなっていけと思った。何よりトライアスロンが好きで強くなりたい!と実感していく。

パラスポーツから学んだこと
パラアスリートを引き算で見ていたところがある。パラアスリートと関わりを持ち、引き算ではないことを知っていく。徐々に病気を言い訳にしていた自分が変わっていった。今感じることは、自分達だけではメダルを取れなかった、支援をしてくれた人、日の光が当たらない多くの方の力で成り立っている。東京都トライアスロン連合からも戻ってきてという期待をしてくれたいたことに感謝している。

最後に伝えたいこと。
病気や障害は決してハンデではない。夢を持つことは人生に於いて、何より大切である。本気になれば世界が繋がるということ。
これからは、2024パリオリンピック出場を目指し、「最強の男」になりたい。オリンピックがゴールではなく、最強の男になることである。________________________________________

最後に議員から質問をしました!
○社会資源で物足りないところは何ですか?
パラトスロンにチャレンジしたいと思った時に、「道具」について入手する方法がもっとわかりやすくなるといい。

○椿選手!最強の男って具体的にどんなことゴールですか?
今後、ジュニア育成にも努めていきたい。子どもたちから「椿コーチでよかった」って言ってもらえる指導者になりたい。

○大会を観戦する際に、応援する人にはどんなことを期待したいですか?
これは二人から、
『下の名前で呼んで欲しいですねー。聡!!!浩平!!!!と大きな声で声援をお願いします。』とリクエストをいただきました〜。

お二人の謙虚さと、仲間を大切にする思いと感謝。
何より障がい、病気はハンディではない。という強い気持ちを教えていただきました。これからもお二人を応援していきたいと思います♫

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森田ゆき*渋谷区議会議員
渋谷区在住、2児の母。 盲導犬育成支援団体にて視覚障がい者の社会進出や自立促進をサポート。その後、子育て世代が多様な働き方を選択できる社会の実現を目指し「NPO法人代官山ひまわり」を創設。7年間の代表を経て、令和元年5月より渋谷区議会議員。co-ba ebisu入居中。