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からくりサーカス/フェイスレス

今回はお話しするのは相手の気持ちを考えない独りよがりな人は相手を笑顔にできませんよという内容です。

漫画『からくりサーカス』に登場するラスボスである白金が反面教師としてうってつけなので、彼の人生を振り返りながら説明していきます。

ちなみにこの漫画の作者は藤田和日郎さん。『うしおととら』を描いた人と言った方がピンとくるでしょうか。

興味がない方にはまったく面白くない話なので、離脱するなら今この瞬間をおススメします。

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『からくりサーカス』をご存じない方のために先ずはあらすじをかいつまんで説明しましょう。

主人公は3人。他人を笑わせなければ死んでしまう奇病「ゾナハ病」にかかった拳法家「加藤鳴海」、莫大な遺産を相続したことから身柄を狙われる少年「才賀勝」、そんな勝を守る人形使いの少女「エレオノール」。

彼らを中心に、人類の敵である”自動人形(オートマータ)”と自動人形の破壊者である人形使い”しろがね”との間で繰り広げられる、200年にも渡る戦いの歴史を緻密かつ壮大なストーリーで描いた一大巨編です。

「サーカス編」「からくり編」など物語は5つの章に区切られていて、日本、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、中国などなど世界(果ては宇宙まで!)を舞台に主人公たちは縦横無尽に駆け巡ります。

細部まで設定が練り上げられていて、また物語世界の全体像を見通すことが容易ではない非常に複雑な構造を持っていることも特徴で、蜘蛛の巣のように張り巡らされ伏線が、地引網を引くように一気に回収されるところも引き込まれるポイントとなっています。

独特な絵のタッチなので好き嫌いが分かれるところですが、興味のある方はぜひ原作をご覧ください。ただし全43巻かつ情報量も非常に多いので心してかかってくださいね。

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さて、今回このコラムで取り上げるのは主人公3人の共通敵であり、いわゆるラスボスの「白金(バイ・ジン)」です。

白金は他人を笑わせないと永遠の苦しみが続く奇病「ゾナハ病」をばらまき、”しろがね”と”自動人形”の争いの発端を作った諸悪の根源です。

初恋の人「フランシーヌ」の愛を勝ち取るために200年にわたり人間たちを不幸に陥れてきた非常に独善的かつ粘着質な男として描かれています。

白金は1700年代中ごろの中国に生まれ、錬金術を習得するために兄の「白銀(バイ・イン)」とともにプラハへと渡りました。

彼は非常に才気走る有能な若者で、兄よりも技術に長けた錬金術師へと成長します。そして明るく優しい性格も手伝って自然と町でも人気者となるのでした。

ところが、あることがきっかけで彼の性格は豹変してしまいます。

失恋です。

彼は同じ町に住む聖母のように優しい女性フランシーヌに恋をしていました。しかし三角関係の末、フランシーヌは白金ではなく彼の兄「白銀」を選ぶのです。

偶然プロポーズの場に立ち会ってしまった白金は兄とその妻に同時に裏切られ、絶望の淵へと叩き落されてしまいます。

その嫉妬心から仲の良かった兄に対して憎悪を燃やします。兄に裏切られたことと、プロポーズの場面で彼女が自分には見せたことがない幸せそうな笑顔を浮かべていたことが彼の心を苛み、狂気へと走らせました。

性格が豹変してしまった彼は、フランシーヌを兄から略奪しフランスへと連れ去り監禁、さらにはそのことがきっかけで彼女を死に至らしめてしまいます。

フランシーヌは最後まで白金のことを好きになるはずはなく、夫である白銀を愛し続けました。

その後、白金は死んだフランシーヌにそっくりなからくり人形を作り共に生活するのですが、フランシーヌ人形は本物とは違い笑うことができません。

白銀はそのことに絶望してフランシーヌ人形を遺棄し、愛情の対象をフランシーヌの面影をまとう別の女性に移します。

そして、「フランシーヌ」 ⇒ フランシーヌの遠縁にあたる「アンジェリーナ」 ⇒ アンジェリーナの娘「エレオノール」へと時代とともに愛情の対象を変えながら200年にもわたり初恋の人(とその面影)を執拗に追い回すのです。

その間彼は、「白金」⇒「ディーン・メーストル」⇒「才賀貞義」⇒「フェイスレス」⇒「才賀勝」(未遂) と別の人間に自分の意志と記憶を転送(ダウンロード)させることで生き続けるのでした。

いかがでしょう。

気持ち悪くないですか?

彼は非常に自分本位かつ自分の価値観を押し付けるタイプで、ぜんぜん相手のことを考えません。

だから200年間も自分の愛する人を笑顔にすることができないし、それどころか嫌われ続けています。

白金は最高の技術者ではありますが、人間の心や精神に対しての学習能力が低く、そして彼が作った人形もまた彼の精神の幼さを引き継いでいて、心のどこかしらに欠陥を抱えています。

①フランシーヌ人形 ⇒ 初恋の人「フランシーヌ」に瓜二つのからくり人形。人間とは違い笑うことができない。

②しろがね-O(オー) ⇒ しろがねの強化版。楽観的かつ自信家で協調性に欠ける。

③O(オー) ⇒ しろがね‐Oの強化版。機械に人間の意識を投影させていて性格はしろがね-Oと大差ない。

自動人形(オートマータ)たちは全てフランシーヌ人形を笑わせることを目的に製造され、女王の命令に従うことを行動原則としており絶対に背くことはありません。

迷惑なことに、彼らは「真夜中のサーカス」と称して練り歩いては世界中にゾナハ病をまき散らしていきます。そんな空気の読めなさと自分の目的のためなら他人の迷惑も顧みない態度は父白金譲り。

フェイスレス(白金)は新型の自動人形「最後の四人(レ・デルニエ・キャトル)」を作ったあとも、「最古の四人(レ・キャトル・ピオネール)」のパンタローネ、アルレッキーノ、コロンビーヌを配下に置き続けますが、その理由は「自分達が仕えていたフランシーヌ人形が途中から影武者に摩り替わっていたのに気づかず、忠誠を捧げていたことが滑稽」というひどいもの。自分が作った子供に取る態度ではありません。根性がスクリュー状にねじ曲がっています。

フランシーヌ人形や最古の四人、しろがね-Oのジョージなど、 しろがねサイドの人物たちとの争いのうちに最終的に人間的な心を見出す者もおり、こういった弱い立場に陥った者たちに救いが示される場面が時折挿入されることによって作品世界は少年漫画の領域にとどめられています。

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「夢はいつか必ず叶う!」

これは白金(フェイスレス)が物語の終盤で主人公の一人、才賀勝に言い放ったセリフで、ネットなどでは名言認定されています。

ただ、これは少年ジャンプに登場する類のピュアな少年主人公が瞳をキラキラさせながら発言しているものとはわけが違います。

むしろそのアンチテーゼとして、ゆがんだ愛を200年も追い求めている”狂人の咆哮”と呼んだ方がしっくりくるほど彼の性格を端的に表しています。

この名台詞に象徴されるような身勝手な態度だからフランシーヌにもアンジェリーナにもエレオノールにも振られてしまうのですが・・・こんな調子で、相手が嫌がることを200年間もピュアに繰り返しているというまっすぐさはある意味少年主人公的です。

『からくりサーカス』を読み進めていると、相手のことを考えられない人間は、どれだけ権力、財力、能力があっても最終的には誰にも受け入れてもらえない、心を通わせることはできないまま孤独に陥る、ということを壮大な歴史と激烈なアクションを通じて説得されている気持ちになってきます。

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これは漫画だけには限りませんが、悪役の存在感が際立っている作品は得てして名作ぞろいです。

『からくりサーカス』も後世に名を残す名作であることは疑いようはなく、”しろがね”と”自動人形(オートマータ)”の争いを生み出した元凶である白金は、この作品を名作たらしめる一番の功労者とも言えます。

その卑劣さと、執着心、無頓着さ、動機のしょぼさ、内面的なキモさにおいては彼の右に出るものはいないのではないでしょうか。ある意味尊敬できるレベルです。

そんな彼を反面教師として、われわれは相手の気持ちを考えて笑顔に溢れる関係を作っていきましょう。

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