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誕生日は誰のため

ゆこ@至心舎

明治生まれだった祖母の誕生日は1月5日だった。

寡黙な人で身の上を自分から話すことはなかったが、何気なく生まれを聞いたら教えてくれた。当時は誕生日の記録がなかったため、数え年の倣いで正月生まれにされたのだそうだ。では5日になった理由は?

「いつか生まれたんだしということで、適当に決まった」

駄洒落かい! と大笑いしたことを覚えている。
私がまだ学生のころだった。

自分が誕生したときの記憶をもっている人はいない。通常であれば人の誕生はまず周囲の記憶に残され、その記憶が語り継がれて本人の記憶に刷り込まれていく。

祝福と共に語り継がれれば、愛されている実感も共に刷り込まれるだろう。記憶が重なるにつれ、生かされた歳月への感謝も深くなるだろう。

元旦を迎え一斉に年をとるにせよ、誕生当日の記念日にせよ、誕生日というのは周囲がその人と出会ったことを想起し祝福する日。そして本人がそれまでの祝福を感謝する日なのだ。

つまり、娘たちよ。

「お誕生日は狙っていた何かを買ってもらえる日」でも「24時間わがままを聞いてもらえる主役の日」でもないのだよ。まず感謝だよ、感謝。


とはいうものの。

もしかしたら誕生日というのは、この世に彼女たちを送り出した母のほうが祝福されているのかもしれないと感じることも多くなっている。

★★

28年前。
長女は4週早く、がんばって生まれてきてくれた。

産休をとった直後に様子がおかしくなり、あと少しおなかにいてもらうのか出てきてもらうのか、ぎりぎりまで判断できない状態が続いた。心構えもできず体のもっていきかたもわからず、人生始まって以来の大混乱の中、長女は生まれてきてくれた。

あとからわかったのだが母体の状態がよくなかったようで、無理やりもたせていたら危なかったらしい。産休を取る前の無理が祟ったのか。
低体温で保育器に入った小さな体を眺めながら、よくがんばって出てこようとしてくれたと涙ぐんでいた。


24年前。
次女はきっちりと生まれてきてくれた。
助産師が「教科書に載るような典型的なお産です」と太鼓判をおしてくれたほどだった。

ちょうど看護の実習生が病院に入ってきていて、見学の許可を求めてきた。すでに痛みでそれどころでない状態だったけれど、せっかくなのでどうぞと言ったら、助産師が学生に向かって授業を始めた。現在の進行状況、中で起きていること、用語解説から問答まで。そうか私が教科書なのね。ふむふむと冷静になれた。

いよいよ生まれるというとき、館内放送で他の学生たちも呼び集められた。ずらりと並ぶ白衣の人たちに見守られながら次女は生まれた。
廊下で待っていた夫は、何人もの白衣の人が次々と走り込んで分娩室に消えていくので、何が起こったのかと心配していたらしい。ごめん。


21年前。
三女は母の命をつなぎながら、生まれてきてくれた。

予定日前に微弱陣痛が散発したため、陣痛促進剤を使って計画的に進めていたのだが、あとわずかというところで点滴が外れ血液が逆流していた。医師たちが気づかず、しばらくすると痛みのリズムが消えてしまった。
半分意識朦朧としていた私の耳に、医師たちと助産師の密かな声が届いた。
「あれ?」「おい」「うわ」「うわ」「ちょっと」

なんかあったんやなぁ・・・これで終わるんかなぁ・・・
助産師が私の肩を軽く叩いて「おかあさぁん、聞こえてますかぁ」と話しかけるのを遠くに聞いた。へえ、ドラマみたいやねぇ。そんなふうにのんびり呼びかけるときはやばいときやんねぇ。

ちょうど夫は上の子を学校まで迎えに戻っていた。誰もいないんだよねぇ。私ひとりなんだよねぇ。まずいねぇ。でもまあ、もう、いいかなぁ。

前身の力を抜きかけたとき、遠くの声が届いた。
「赤ちゃんは、まだがんばってますよぉ」

視界が明るくなり、焦点が合った。天井が見え、点滴を再セットしようとする医師の姿が目に入った。
数時間のやり直しに耐え、三女は生まれてきてくれた。


17年前。
四女は賑やかを呼び、生まれてきてくれた。

前回で凝りたので陣痛は夜から始まっていたが翌日まで粘った。休日だったこともあり、家族全員が家にいた。昼食を食べさせ終わったところで限界になった。家族みんなが車に乗り込み、大騒ぎしながら病院に向かった。

「4人めだし、お母さんのほうがどんなようすかご存知でしょう」
生まれそうになったら呼んでくださいねと医師はおおらかな笑顔で言った。

病院到着後2時間で四女は生まれてきてくれた。
入院手続きも途中だったと夫が笑っていた。上の子たちはちっちゃい赤ん坊を見てきゃあきゃあ騒ぎ、ファミレスでお祝いしてくるねーとVサインを出しながら帰っていった。


★★★

娘たちの誕生日がくるたび、本人の記憶にはないそれぞれの情景が私の脳裏に甦る。そして、それからの歳月の重なりが胸のうちに積もっていく。

もしかすると誕生日の祝福は、彼らというつながりを得た私にこそ注がれ、その感謝が彼らの成長を寿ぐ気持ちになっているのかもしれない。

生まれてきてくれて、ありがとう。

生きていてくれて、ありがとう。



まもなく年が明ける。

またひとつ歳月を重ね、祝福と感謝の層が増える。


どうか、ひとりひとりの上に、幸いがありますように。





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