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ムスタファ・カンドゥラル

トルコ:ターキッシュ・クラリネットの名手(2)

クラリネット・エンターテイナーの巨匠

歴史に残るターキッシュ・クラリネット名プレイヤー紹介。第二回目は、この楽器のエンターテインメントを代表するムスタファ・カンドゥラル(Mustafa Kandirali)だ。

ロマの血をひくムスタファは、1930年イズミットで生まれ、13歳頃には演奏で身を立てるべく、徒歩でイスタンブールに入ったという。10代から20代前半、カジノで歌やダンスの伴奏、冠婚葬祭などのパーティー演奏で生活をささえた。

その後1957年にはトルコ放送局(TRT)で番組プログラムを担当する機会を得る。その番組はおよそ20年間続き、休日の定番となったそうだ。

また、1954年にイスタンブールを訪れたジャズの巨星ルイ・アームストロングは、ラジオで彼の演奏を耳にしてセッションを申し込んだ。「ジャズもハートと創造で演奏される」と話したという。

1960年代の始めにはベイルートの有名ナイトクラブにレギュラー出演、1969年にはトルコ出身ながらアメリカで活躍するベリーダンサー、オゼル・テュルクバシュの教則レコード『夫をスルタンにする方法』(ライス TCR-5211)に中心人物として参加。

このレコードはアメリカで15万枚、トルコではミリオンの大ヒットとなった。アメリカから、インド、オーストラリアへとツアーを敢行し、彼の名は一躍世界中に知られることになる。

その名声は不動のものとなり、生きる伝説とさえ呼ばれた。生涯で150以上という膨大なレコードを残したが、2020年12月27日惜しまれつつ90歳で亡くなる。

というわけで動画は、ベリーダンスで知られていると思うものを。

記事冒頭の動画は「バフリエ・チフテテリス」。19世紀に初めてクラリネットをトルコに広めたクラルネトジ・イブラヒム・エフェンディ(Klarnatci İbrahim Efendi, ?-1925)の曲だ。

そして以下「アジーザ」「ルメリ・カルシラマス」を紹介。


ムスタファ・カンドゥラルのターキッシュ・クラリネットは、倍音成分の多い、明るい音色がなんといっても特徴である。

どこか民族楽器のズルナ(チャルメラのような楽器、トルコ軍楽隊メフテルでの演奏で有名)の"辛い"音を連想させる。実際、ズルナからクラリネットへ持ち替えたプレイヤーも多いようだ。

極端に明るい音は短時間なら出せるが(口をイの形にするのがコツ)その音のまま、フレーズを綴っていくのはかなりの修練が必要となる。

彼のフレーズは歯切れ良く軽快であり、浮遊感さえ感じさせる。上昇音形でのポルタメント、下降音形での独特の装飾音。いずれもターキッシュ・クラリネット独特の奏法だが、明るい音色で難なく吹き鳴らす。

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〔参考文献〕

Mustafa Kandıralı'ya veda https://m.haberturk.com/mustafa-kandirali-ya-veda-mustafa-kandirali-kimdir-2919822-amp?fbclid=IwAR2DbaLq4ryhjizlOhBHw1vvPaymProXNaEUIqGIr9pZJ5TuUYr7JyJStlM

(昨年亡くなった後にたくさんの訃報記事が出た。上記のものは筆者が最初に見たものである)

Boja Kragulj『The Turkish Clarinet : Its History, an Exemplification of its Practice by Serkan Çağri, and a Single Case Study.』(2011) https://libres.uncg.edu/ir/listing.aspx?id=7442

Sarah Elizabeth Korneisel Jaegers『Turkish Classical Clarinet Repertoire: Performance, Accessibility, and Integration into the Canon, with a Performance Guide to Works by Edward J. Hines and Ahmet Adnan Saygun.』(2019) https://etd.ohiolink.edu/apexprod/rws_olink/r/1501/10?clear=10&p10_accession_num=osu1555635997664089&fbclid=IwAR26b2n86jW117T-inmn2ViSKWTdaPPOn0qwm7G_dkhb4uQCh7d0xmngWK4

関口義人『トルコ音楽の700年 オスマン帝国からイスタンブールの21世紀へ』 2016年 DU BOOKS ISBN 9784866470061

関口義人『オリエンタル・ジプシー』2008年 青土社 ISBN 9784791764297

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(1)バルバロス・エルキョセ(Barbaros Erkose, 1936-)
(2)ムスタファ・カンドゥラル(Mustafa Kandirali, 1930-2021)
(3)セリム・セスレル(Selim Sesler, 1957-2014)
(4)番外:ターキッシュ・クラリネット前史
(5)シュクリュ・トゥナール(Sukru Tunar, 1907-1962)
(6)セルカン・チャウリ(Serkan Cagri, 1976-)
(7)ヒュスヌ・シェンレンディリジ(Husnu Senlendirici, 1976-)


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