きみへ またてがみをかきますね

 やあ。やっぱり僕はね、文章を書くために生まれてきたと思うんだよ。君もそう思わないかい?……おや、なにやら怪訝な顔をしているね。僕だよ、僕。どうしたんだい、さっきからそんなに不思議そうな眼で僕を見つめて。もしや、僕のことを知らない君なのかい?
 それは参ったな。折角書いた先週の続きを読んでもらおうと思ったのに、知らないんじゃあ意味がないじゃないか。何って、そりゃあもちろん僕が刊行している『兎奔走物語 薄紅の林檎を添えて』に決まっているじゃないか。おっとそうだった、君は僕のことを知らないんだったね。こりゃ失礼。

 まずは僕について説明しようか。僕は「僕」。名前なんてない、姿形もない。君が僕に名前をつければそうなるし、容姿を想像すればそうなる。つ、ま、り。創造上の人物だということさ。僕はこの世に存在しないけれど「僕」はこの世に存在する。どうだい、面白いだろう。そして僕は文筆で生計を立てているんだ。生まれた時から筆を取り、親先生の話には耳も傾けず文章を綴り……これまで書き上げてきた子供とも言える物語は『濃淡』『一筋縄で極彩色』にはじまり一番手に取られたのは『華村家と妖が織りなす天変地異集 地獄の果てまで私を運ぶ』……おや、なんだって?もう僕のことは十分わかったから自分のことを教えてほしい、と?それは残念。まだまだ語り足りないが、君の願いとあらば仕方ない。
 君は、「君」だ。僕と同じように創造上の人物であり想像をなすことができる。それ以上でもあり、それ以下でもない。……なんだいその目は、何か不満でもあるのかね。良いではないか、自由とは非常に素晴らしいものだよ!君が好きな名前で、君が好きな容姿で、君が好きな背丈で、君が好きな衣服で、君が好きな声で生きていける!これほど素晴らしいことがあると言えるのだろうか!
 ……僕には、ない。僕はこの世に存在しないから自分で自分を操ることができない。僕はこの物語の登場人物の1人でしかなく、僕が話した僕の人生も僕以外の誰かが僕に与えた物でしかないのだから。だけど君は違う。君は君だ、自分を好きに動かすことができる。君の行先だって、運命だって。君がその手で決めることができるんだ。

 ちょっと難しかったかな、少し瞼が重いようだね。……君はこのまま眠りにつくといいよ。次に目を覚ました時は、そうだな、僕に名前を寄越してはくれないだろうか。
 それじゃあ、おやすみ。

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