誰かの笑顔の理由になりたい。

寺永有希

 こんにちは。

 私は、自分の目標を達成するために役者を志しました。『古典をたくさんの人に楽しんでもらいたい』。皆様が思っているよりもはるかに自己中心的人間なので、「誰かのため」とか「誰かに笑ってほしい」とか『なにそれ美味しいの?』って思うような人間でした。「ゆきはなんでお芝居してるの?どうなりたいとかある?」と聞かれても、「わかんない、やりたいから……」としか答えられませんでした。


だけど、実際に舞台に立ってみて。
カーテンコールでお客様の顔を見てみて。
仲間と一緒に舞台を創り上げてみて。
SNSで感想を拝見して。
私のなかに新しい気持ちが芽生えました。

誰かに、笑ってほしい。

 私を昔から知る人に聞いたら100人中100人が驚くであろう言葉が生まれました。
誰かのために何かをするって、正直苦手でした。こんなことを書いたらまた嫌われてしまうのかもしれないですが……。
 舞台に役者として立ってみて、何かを伝える側になって、初めて自分の気持ちが変わりました。物語を通して自分の気持ちが変わったのも大きいけど、誰かに何かを伝えたいという気持ちが芽生えてきました。誰かの笑顔って、自分が思っているより元気をもらういうことに気がつきました。自分のお芝居で、自分の仲間のお芝居で誰かが笑ってくれたら嬉しい。自分のお芝居で、自分の仲間のお芝居で誰かが涙してくれたら嬉しい。誰かに何かを届けられるって嬉しいんだなって思いました。

 私はnoteを始めたての頃に“誰かに認められたい”と書きました。生きていていいんだよって言われたいって思っていたし、今もそう思っています。でもそんな私の気持ちを、「それって笑ってほしいってことじゃん!」って言ってくれた仲間がいました。その時はよく分からなかったけど、今となってはその気持ちが分かるようになりました。

目の前のあなたに、笑ってほしい。
目の前のあなたに、涙してほしい。
目の前のあなたに、私達の精一杯を届けたい。

これが今の私が役者を目指す根本なのかなと思います。

 昔は笑ってもらうことって苦手でした。それはポジティブな意味の笑いでなく、ネガティブな意味での笑いをよく目にしてきたからだと思います。失敗した人を笑うとか、他人を馬鹿にして笑うとか。だから、笑われることは苦手でした。でも板の上に立てば、「笑われる」の意味合いが変わってくることに稽古を通して気がつきました。楽しいと思ってもらえた、良いと思ってもらえた。それが密かに嬉しかった。

 私は目立ちたいとか、たくさんの人に評価されたいとか(正直少しはあるけど)、主役をやりたいとか、そういう気持ちは今のところありません。でも、自分の言葉が誰かに届いていたら。自分のお芝居が誰かに届いていたら。これほど嬉しいことはないんだろうなと思います。

 うーん、こんなはずじゃなかったんだけどな。笑 私ってもっと醜くて、性格が悪くて、最低な人間だと思っていたけれど、案外マシな一面も持ち合わせていたみたいです。それに気がつけただけでも私は幸せ者です。
 誰かに笑って欲しいって、誰かの笑顔の理由になりたいって、心の底から思えている自分のことが大好きです。

 数日このnoteを温めてみましたが、私の気持ちに変わりはありませんでした。
 だから私は、明日もお芝居と向き合います。今よりもっともっとお芝居と向き合う時間を増やして、より良い役者になれるよう精進します。
 そしてあなたの笑顔の理由のひとつに私がなれるように、あなたの人生に1mmでもいいから私が生きられるように、努力します。

 見ていてね。

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